《自由騎士》の忠告
「……なるほど。それでタツミやカルセがこの町にいたのか」
辰巳から彼らがここにいる理由を聞いたモルガーナイクは、納得したとばかりに大きく頷いた。
もちろん、依頼主であるジョルトやイエリマオから、彼らの本当の身分や目的を話してもいいとの許可を得てから、辰巳もモルガーナイクに説明している。
「一応、俺たちは目立つわけにはいかないからね。そのつもりで接してくれないかな、《自由騎士》?」
「承知しました……では、しばらくは失礼ながらタツミと同じようにジョルトと呼ばせていただきます」
「うん、それでいいけど……あまり改まった態度もだめだからね?」
苦笑を浮かべながら、ジョルトはそう付け加えた。
「では、私のことも気軽にイエリマオと呼んでください。私も君のことはモルガーくんと呼ばせてもらいますので」
イエリマオが差し出した右手を、モルガーナイクが握り締めた。
「それで先程も話したように、俺たちはこれからカルセの故郷であるラギネ村へ行くんですが……モルガーさんって、今後の予定はどうなっています?」
「俺の予定などあってないようなものさ。この辺りでしばらく狩りをするつもりだったが、その狩り場がもう少し北になっても何も問題はないな」
モルガーナイクがそう言った途端、辰巳の表情が明るくなる。
「じゃあ、俺たちと一緒に来てもらえますか?」
「ああ。ただし、俺への報酬は安くはないぞ?」
「そこは、依頼主であるジョルトかイエリマオさんに直接交渉してください」
互いに真面目な顔でそんなことを言い合った後、二人はどちらからともなく笑い声を上げた。
「いいよ、いいよ。名高い《自由騎士》が同行してくれるのなら、報酬はいくらでも払うよ。ね、イエリマオ先生?」
「ええ、ジョルトくんの言う通りです。信頼できて腕も立つ護衛は貴重ですからね。報酬は弾みますよ」
こうして、《自由騎士》モルガーナイクが辰巳たちの一行に加わることとなった。
イエリマオが言うように、信頼できて腕も立つ魔獣狩りの参加に、辰巳たちの誰もがその表情を明るくする。
ただし。
「……また後から出てきて、旦那様の信頼を全部持っていって……」
なんてことを、某《聖女》が心の中で呟いていたとか、いないとか。
モルガーナイクを加えた一行は、食事を終えた後は明日に備えて休むことにした。
席を立ち、二階に取った部屋へと向かう辰巳を、なぜかモルガーナイクが呼び止める。
「タツミ……少しだけ付き合ってくれないか?」
まだ席から立ち上がっていないモルガーナイクは、空のジョッキを掲げて見せた。
「いいですけど……俺だけですか?」
辰巳は、ちらりと背後のカルセドニアを見た。
「ああ。できれば、君と少し話したいことがある」
「分かりました。カルセ、悪いけど、先に部屋へ戻っていてくれ」
「はい……」
辰巳に言われては、カルセドニアにそれに逆らうことはできない。
彼女は何度も何度も振り返り、階段を登って行く……かと思われたが、突然踵を返すと再び辰巳の元へと戻ってきた。
「旦那様はあまりお酒が強くないのですから、ほどほどにしておいてくださいね? それに明日も早いので、遅くまで起きていては駄目ですよ? 明日の旅程に影響してしまいますから」
「分かっているよ。モルガーさんとの話が終われば、すぐに部屋に戻るから」
カルセドニアに微笑んだ辰巳は、ぽんぽんと彼女の頭を叩く。カルセドニアも辰巳の掌の感触が嬉しいのか、目を細めてされるがまま。
それで満足したのか、ようやく部屋へと戻っていくカルセドニアを見送り、辰巳は再びテーブルに腰を落ち着けた。
「すっかり世話女房だな、カルセは」
「ええ。彼女にはいろいろと世話になりっぱなしですよ」
通りかかった女給に改めて酒を注文し、それが届くと一口酒を喉へと流し込んだモルガーナイクが口を開く。
「今回の件、本当に大丈夫だろうか?」
「もしかして……カルセのことですか?」
辰巳の問いかけに、モルガーナイクは頷いた。
「俺も彼女が故郷の村でどのように扱われていたか、過去に彼女から聞いたことがある。言ってみれば、故郷の村は彼女にとって心の傷だろう。そこへ再び舞い戻ることで、思わぬことから過去の傷口が再び開くとも限らないからな。まあ、俺が心配することではないかもしれないが、タツミとカルセ、二人の共通の知人からの忠告と思ってくれ」
モルガーナイクが心配していることは、辰巳にも理解できる。
心の問題は、決して簡単なことではないだろう。過去の故郷の村でのことがカルセドニアにとってトラウマであれば、故郷に戻ったことでそのトラウマにどんな刺激を与えるのか、心理学など学んだこともない辰巳に分かるわけもない。
「俺もかつてはサヴァイヴ神殿に籍を置いていたので、神殿内の内情は分かるつもりだ。今回、カルセ以外に派遣できる魔法使いがいなかった、という面があることも理解している」
サヴァイヴ神殿には、もちろんカルセドニア以外にも治癒系の魔法使いが存在する。
だが、今回は原因不明の病気ということもあり、少しでも高い実力を持つ魔法使いを派遣する必要がある。
実力が足りなくて病気が治せませんでした、では意味がないのだ。
しかし、現在のサヴァイヴ神殿において、カルセドニアと同等かそれ以上の治癒系の魔法使いとなると、ジュゼッペを筆頭に全員が高い身分にあり、なんらかの役職にもついている。
そのため、身軽に動けて尚且つ実力も高い魔法使いとなると、カルセドニアしかいないのだ。
「ともかく、こうして同行することになったのだ。何かあれば言ってくれ。どんなことでも力になるぞ」
「ありがとうございます、モルガーさん。村に近づいたら、カルセには注意しておきます」
「話はそれだけだ。時間を取らせて済まなかったな」
辰巳は立ち上がると、モルガーナイクに改めて一礼し、そのまま部屋と向かう。
その背中を見送りながら、モルガーナイクは残った酒を一気に喉へと流し込む。
そして自分も明日に備えて休むために、自らの部屋へと向かうのだった。
辰巳が部屋へ戻ると、カルセドニアが心配そうな顔で待っていた。
だが、部屋へと入った辰巳の姿を見た途端、彼女の表情から憂いが消え去る。
「……もうお話は済みましたか?」
「ああ、もう終わったよ」
「思ったより早かったですね」
笑顔でとことこと近づいてきたカルセドニアを、辰巳は軽く抱き締める。
「もしかして、モルガーと二人で私の悪口でも言っていました?」
「あれ? よく分かったね? 実はモルガーさんとカルセの悪口で盛り上がっていたんだ」
「もうっ!! 旦那様の意地悪っ!!」
もちろん、カルセドニアは辰巳たちが自分の悪口を言い合っていたなど信じてはいない。
彼女には、二人が何を話していたのかは分からない。
だが、自分に関係があり、そして必要なことならば、きっと辰巳が話してくれる。そう信じているカルセドニアは、敢えて二人が話していたことを聞こうとは思わない。
カルセドニアはわざとむっとした顔で辰巳の胸をぽかぽかと叩くが、辰巳の暖かさを感じてどうしても頬が揺るんでしまう。
背中に回された、辰巳の腕の暖かさが心地いい。
自分を見下ろす、優しげな眼差しが愛しい。
自分は今、「タツミ」という名前の幸福に抱き締められている。
心の底からそう思ったカルセドニアは、目を閉じて頬を彼の胸に密着させた。
カルセドニアの心境を感じ取ったのだろうか。
背中に回された辰巳の腕が、その力を増して更に強くカルセドニアを包み込む。
「………………ン」
可憐な唇から小さく漏れた声は、幸福の溜め息か、それとも官能の声か。
カルセドニアは閉じていた瞳を開き、改めて夫の顔を見上げる。
相変わらず優しげに見つめるその視線に満足そうに微笑み、彼女は再び目を閉じた。
そして、唇を辰巳に向けて差し出す。
妻が何を望んでいるのか、これで分からない辰巳ではない。
彼は愛する妻の望みを叶えるため、ゆっくりと頭の位置を下げていった。
蝋燭の灯りだけが光源の薄暗い部屋の中に、徐々に熱い息遣いが充満していく。
互いに互いを抱き締める腕に更に力が入り、息遣いだけではなく二人の気持ちもどんどん熱くなる。
立ったまま抱き締め合い、互いの唇を貪り合っていた二人は、どちらからともなく、寝台の上へと倒れ込んでいった。
翌朝。
「…………二人が仲がいいことはよぉぉぉぉぉく知っているけど、せめて旅の間ぐらいは少し自重してもいいんじゃない?」
と、ジョルトからベタなツッコミを受け、辰巳とカルセドニアは二人して真っ赤になるのだが、まあ、それもいつものことである。