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吟遊詩人、再び

 辰巳とカルセドニア、ジョルトとイエリマオという部屋割りでそれぞれの部屋に入り、旅装を解いて身軽になった四人は、宿の一階の酒場兼食堂で食事を摂ることにした。

 店の片隅でラライナを抱えた吟遊詩人が朗々とした歌声を披露している中、四人はテーブルの一つを占領して料理と酒などを注文する。

 しばらく待つと料理と飲み物が運ばれてきたので、四人は旅の初日が無事に経過したことと今後の道程の安全を祈りながら、木製のジョッキを打ち鳴らした。

「……へえ、美味しいな。当然だけど、エルさんの店とはまた違う味わいだ」

「この宿の店主さんが作る料理は、美味しいことで結構有名なんですよ」

「毎日カルセが作ってくれる料理ももちろん美味いけど、こういう別の味が楽しめるのも旅の楽しみだよな」

「本当ですね」

 和気藹々と会話を交わしながら、目の前の料理を味わう。

 そんな二人の様子を見て、イエリマオは隣に座るジョルトにこそこそと小声で話しかけた。

「……このお二人、いつもこんな調子なんですか? 今、私たちのこと、絶対に眼中にありませんよ?」

「うん、大体こんな感じだよ、この二人は。以前、俺の爺ちゃんと親父の前でも自分たちだけの世界を作り上げたし」

「…………陛下とアルジェント様の前で、ですか? それはまた、いろいろな意味で剛毅なことですね……」

 呆れ半分、感心半分といった心境で、改めて辰巳とカルセドニアの様子を伺うイエリマオ。

 今、二人は仲睦まじそうに、互いの注文した料理について語り合っている。

 時には。

「あ、カルセのその野菜の煮物、美味そうだな。一口もらっていい?」

「はい、どうぞ」

 辰巳に請われたカルセドニアは、二つ返事で自分の目の前の皿に盛られた野菜の煮物──見た目はカボチャに似ている──を一欠片、フォークで突き刺して辰巳へと差し出した。

 それを辰巳は、躊躇うことなくぱくりと頬張る。

「…………うん、美味いな、これ。俺も一皿頼もうかな?」

「それなら……もう一口、いかがですか?」

 カルセドニアは再び煮物を差し出し、それをまた辰巳がぱくりといく。

 そんな二人のやり取りを見て、イエリマオがげんなりとした表情を浮かべた。

「…………ジョルトくん。私、別の席に移動してもいいですかね? これ以上彼らと同じ席にいるのは、ひっっっじょぅぅぅぅぅぅぅぅぅに居た堪らないのですが……」

「ま、待ってよ、イエリマオ先生っ!! そんなことされたら、俺一人ここに取り残されちゃうじゃないっ!? そんなの俺だって耐えられないからっ!!」

 こそこそと小声で会話しながら、ジョルトはイエリマオの服を引っ張って必死に引き止めていた。




 やがて注文した料理や酒がテーブルの上から姿を消し、辰巳たちもそろそろ部屋は引き上げようかと考え出した時。

 不意に、彼らが占領するテーブルの上に追加のジョッキが置かれた。

 四人が顔を上げれば、そこには笑顔を浮かべた店主の姿が。

「これ、俺たちの注文じゃないですよ?」

「ああ、こいつは俺の奢りだよ。さっきは悪いこと言っちまったからな。そのお詫びさ」

 店主はぱちりと片目を閉じた後、ちらりと辰巳の右手へと視線を向けた。

 現在は辰巳も飛竜の鎧は脱いでいるが、念のために『アマリリス』だけは右手に装着したままなのだ。

「……そいつが飛竜を切り刻んだっていう噂の〈天〉の武器かい? 改めてよく考えてみれば、《自由騎士》の旦那は〈天〉の魔法使いじゃなかったんだよな。それをもっと早くに思い出していれば、俺もあんな早とちりをすることもなかったのに……ついつい、カルセドニアさんが結婚したのなら、相手は《自由騎士》の旦那だって思い込んじまってなぁ」

 がしがしと頭を掻きながら、店主が言葉を零す。

「先程も言いましたが、気にしないでください。でも、これはありがたく受け取っておきます」

 辰巳は目の前のジョッキを掲げると、そのまま中の液体を喉へと流し込んだ。

「おう、いい飲みっぷりじゃないか、タツミさん。何なら、もう一杯どうだい?」

「いえ、もう結構です。実は俺、あまり酒には強くなくて」

 実際、辰巳は酒にそれほど強くはない。こちらの世界に呼ばれるまで、酒などほとんど飲んだことがなかったのだ。

 カルセドニアに呼ばれてこちらの世界へ来た後も、慣れないせいなのか、それとも体質的に酒に弱いのか、どうも僅かな量を飲むだけで酔いが回ってしまう。

 今も合計でジョッキ二杯の酒を飲んだわけだが、すでに僅かな酩酊感を感じ始めているぐらいだ。

「そうなのかい? まあ、酒の強さは人それぞれだからな。飛竜より強くても酒には弱い、ってこともあるだろうさ。しかし、タツミさんが俺の謝罪を受け入れてくれてほっとしたよ。もしもタツミさんが本気で怒ったら、こんな店、あっという間に潰されちまうだろうからな。ずっと冷や冷やしていたんだ」

 店主はあからさまに安堵の表情を浮かべた。

 そして、ふと何かを思い出したのか、その声を小さくした。

「そういやタツミさん。あんた、気づいていたかい?」

 そう言いながら、彼は酒場の中を見回した。

 それに釣られるように辰巳たちも見回せば、酒場の中には数多くの客の姿がある。カルセドニアが言うにはこの宿屋は、この宿場町でもかなり評判のようなので多くの旅人たちが利用しているのだろう。

 そんな集まっている客の内、ちらほらと傭兵か魔獣狩りらしき者たちの姿もある。

 鎧などを着ているわけではないが、その独特の雰囲気や鍛えられた体つきから、彼らの区別は容易につくのだ。

 そして、その傭兵か魔獣狩りたちの中には、右手に鎖を巻き付けている者が幾人かいた。

「あれは(げん)(かつ)ぎらしいぜ。どんな由来で発生した験担ぎなのかは……言うまでもないよな?」

 彼らは、飛竜を倒したという《天翔》にあやかりたくて、そのような験を担いでいるのだろう。

 傭兵や魔獣狩りといった連中は、いわゆるジンクスというものになかなか敏感なのである。

 そんな彼らが「自分も飛竜を倒せるぐらい強くなりたい」とか、「飛竜を倒して大儲けをしたい」などと願い、実際に飛竜を倒した人物に少しでもあやかろうしたのが、右手に鎖を巻き付ける験担ぎの始まりであった。

 かつて辰巳がいた世界でも、「占い」や「縁起」というものは洋の東西、時代などを問わずに一定以上の社会的な地位を占めてきた。

 もちろんそれらを信じるか信じないかは人それぞれだが、それでも「占い師」という職業が歴史上から姿を消したことはない。

「……こちらの世界でも、やっぱり縁起ってあるんだな……」

 辰巳は右手の『アマリリス』が人目につかないようこそこそとテーブルの下に隠しながら、小さな声でそう呟いた。




 ──其は空から迫り来る

   赤き邪なる光を宿した黒き竜

   吐き出す炎は空をも焦がし

   鋭き牙は大地を穿つ

   巨大な翅が頭上を覆う時

   人々の心も闇に覆われん


   されど、光は差し込む

   闇を切り裂く()()の光

   一条の鎖となって竜を断つ

   翼なき背中に黄金の光集い

   竜よりも疾く空を(かけ)


   空を()び天を翔け

   黄金に輝きし鎖、竜を討つ

   《天翔》

   其は自由に天を翔けし黄金の翼持ちし者

   竜を地へと堕とし人々を救う


 どこの伝説の勇者様だろう、この歌の主人公は。

 思わず頭を抱えた辰巳は、そんな現実逃避をしてしまった。

「どうだい? あれがここ最近の一番人気の歌で、吟遊詩人の間でもあれが歌えないようじゃ三流、とまで言われているそうだぜ」

 頭を抱えている辰巳に向かって、宿の店主がにやりとした笑みを浮かべた。

 今も酒場の中に朗々と響く吟遊詩人の歌声とラライナの音色。

 歌が示しているのは、考えるまでもなく先日の飛竜との戦いであり、その主人公は辰巳本人である。

「……羞恥が人を殺せる凶器だって、今日初めて知ったよ……」

 辰巳は相変わらず頭を抱えたまま、必死にその凶器に耐えている。

 できるものならば、酒場の床の上をごろごろと転がり回りたいぐらいだ。

 やがて吟遊詩人の歌は終り、酒場は歓声と拍手に包まれた。

 なぜか、人一倍大きな拍手をしているのが、辰巳の横にいる女性だったりするが。

「……カルセの場合、吟遊詩人の技量とかじゃなくて、単に歌の内容に拍手しているだけだよね」

「ジョルトくんの言う通りですね。でも、歌の内容に嘘偽りはありませんし」

「多少派手な内容になっちゃいるけど、そこは仕方ないんじゃない?」

 ジョルトの言うことは辰巳にも理解できる。

 実際のできごとを歌や演劇として演じる場合、どうしたって「演出」は必要だろう。

 盛り上げるべきところをより派手に盛り上げた方が、聴衆や観客に受けがいいのは間違いないのだから。

 だが、当事者が受けるダメージはかなり大きいようで、辰巳はいまだに顔を上げることさえできない。

 「好奇心猫を殺す」ならぬ、「羞恥心《天翔》を殺す」といったところか。

 辰巳が立ち直れない間に、歌っていた吟遊詩人は投げ込まれた銀貨を広い集め、各テーブルを回って挨拶をしている。

 おそらくは、アンコールやリクエストなどがあれば、それに応じてくれるのだろう。

 やがて、吟遊詩人が辰巳たちのテーブルにもやって来る。

「今夜の素晴らしき出会いを与えたもうた、宵月神グラヴァビに感謝を」

 芝居がかった仕草で、吟遊詩人が一礼する。

「素晴らしい歌詞の歌でした! これからもこの歌を広く世に知らしめてください!」

 別の意味で歌に感動したカルセドニアが、数枚の銀貨を吟遊詩人へと差し出した。

 吟遊詩人もまた、嬉しそうに礼を言いつつ、カルセドニアから銀貨を受け取った。

 包み込むように、彼女の手を取りながら。




「おお、あなた様は……っ!!」

 突然、吟遊詩人が嬉しそうな声を上げた。

「まさか……まさか、このような場所で再び美しきあなた様と出会えるとは……これがグラヴァビ様の導き以外のなにものでありましょうや!」

 その声に、頭を抱えて内心で悶絶していた辰巳もようやく顔を上げた。

「あ……」

 彼はその吟遊詩人に見覚えがあった。

 以前、エルの店である〔エルフの憩い亭〕で出会ったことのある吟遊詩人。

 エルやカルセドニアに執拗に言い寄り、腹を立てた辰巳が全裸に剥いて店の外に放り出した、あの吟遊詩人だったのだ。

「このタランド、あなたのその美しい姿を忘れた日など、一日たりともありませんとも!」

 そう。確か、そんな名前だった。


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