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 城壁へと迫りながら、飛竜はそこに群れる小さな生き物たちを観察する。

 その生き物たちは、矢や炎、氷などを飛ばして必死に自分を攻撃してくる。

 どうやら、先程自分を傷つけた小さな生き物と同類の生物のようだ。

 人間が足元を動き回る蟻の個体をまず識別できないように、飛竜にとって人間は辰巳たちも他の兵士たちも、等しく「小さな生き物」でしかない。

 城壁に近づいたことで、その小さな生き物たちの攻撃は一段と激しくなる。中には大きな矢を飛ばしてくるものもいる。

 だが、それらは飛竜の機動性を以てすれば、全て躱すのは難しくもない。

 しかも、飛竜の翅が生み出す激しい気流は、撃ち出された矢や魔法を容易く翻弄し、その軌道をかき乱す。

 仮に命中したとしても、飛竜の強固な外殻が並の矢や魔法をあっさりと跳ね返してしまう。

 迫る矢や炎、氷などをひらりひらりと回避しながら、城壁に近づいた飛竜はその鋭い牙を備えた口を大きく開けた。

 途端、そこから迸るのは真紅の炎。見た目は巨大トンボであっても、「竜」の名に恥じることなく飛竜は炎を吐き出す能力を有する。

 飛竜が吐いた炎は城壁の上にいた兵士たちをあっさりと飲み込み、あっという間に炭の塊へと変えた。

 中には炎に煽られて、城壁の上から足を踏み外す者もいる。そして、地面へと落下する哀れな兵士の一人を、飛竜が小さな足で器用にからめ取った。

 地球のトンボの足には小さな無数の棘が生えている。それは空中で捕えた餌を逃がさないようにするためだが、この世界の飛竜にも同じものが備わっていた。

 飛竜の足に生えた硬質な棘は、兵士が身に着けていた鎧をあっさりと貫通。

「ぐあああああああああああああっ!!」

 上空に兵士の断末魔の叫び声が響く。全身の至る所を棘で貫かれ、兵士はそのまま死へと至る。

 だが、それはある意味で幸運だったのかもしれない。ここで命を断たれた兵士は、己の身体が飛竜にむさぼり食われることを自覚せずに済んだのだから。




 飛竜が城壁の兵士や魔獣狩りたちへと襲いかかるのを見て、辰巳は反射的に飛び出そうとした。

 だが、肩に置かれたブガランクの手が彼を押し止める。

「待て、タツミ! まだ完全には回復が終わっていない!」

 骨にこそ影響はなかったものの、辰巳が受けたダメージはかなり大きかった。

 飛竜のあの巨大な尻尾の一撃を受けたのだから、それも当然であろう。

 たった一度の攻撃を受けただけだが、装備していた盾は完全に破壊され、鎧もあちこちにガタがきている。この状態では次に同じ攻撃を受けたら命に関わるかもしれない。

「で、ですが──っ!!」

「もう少しだけ待て! それに仲間たちを信じろ!」

 今、辰巳の傍にいるのはブガランクだけだ。

 他の者たちは、飛竜が襲っている箇所への応援に向かっている。

 その立ち去り際、カルセドニアは何度も何度も辰巳の方を振り返っていた。自分がすべきことは理解しているが、それでも辰巳のことが心配だったのだろう。

 彼女とて、できることなら辰巳の傍で彼の治療に専念したいのだ。だが、今の彼女には他にしなければならないことがある。

「……それで、実際に先程のような攻撃を続けて効果がありそうか?」

「俺の予想以上に飛竜の甲殻は硬そうですが……何度も攻撃をしかければいずれは……」

「そうか……しかし分かっていたこととはいえ、やっぱり空にいる飛竜は強敵だな。『空の王者』の異名は伊達じゃねえ。せめて、あいつを地上に叩き落とせばなんとでもなるんだろうが……」

 辰巳の治療を続けながら、ブガランクが呟く。

 彼の言葉通り、空を飛べるということは、それだけで非常に大きなアドバンテージを得ていることになる。

 地球の戦史において、戦場の花形ともいえた戦車が航空機──特にヘリコプター──の登場でその活躍に翳りを見せたように、空を飛べるということはそれだけで地上に対して優位に立つことができるのだ。

「……こちらも空を飛べれば……飛竜に負けない速度で飛べればいいのだがな……」

 小さな小さなブガランクの呟き。だが、それは間近にいた辰巳の耳にははっきりと聞こえていた。

 太陽神の最高司祭のその呟きを聞いた時、辰巳の脳裏を何かが駆け抜けた。




 飛竜がその口から火炎を吐き出す度、城壁の上から数人の兵士が炎に包まれて地上へと落下する。

 同僚を救うため、もしくは仲間の仇を討つため。

 兵士や魔獣狩りたちは必死に飛竜に向かって矢を射かけ、魔法を投げつける。

 だが、それらは文字通り宙を舞う飛竜には当たらない。

 同じ空の生物である鳥には絶対に不可能な変則的な動き。それは変則的なだけではなく十分な速度で以て、兵士や魔獣狩りを翻弄する。

 時々矢が飛竜の身体を掠めるものの、その強固な甲殻の表面に多少の傷が入る程度。

 現在は飛竜が城壁に近づきすぎているので、固定式の大型の弩は狙いをつけることができない。そのため、弩を操作していた兵士たちも各々が手持ちの石弓などで攻撃しているが、飛竜の周囲の乱れた気流と強固な外殻の前に大した効果は上がっていない。

 この場の最高責任者であるタウロードも声の限りに指示を飛ばし、必死に指揮を取るものの状況は良くはない。いや、既に兵士たちの士気は崩れかけていると言ってもいい。

 特に兵士よりも自由な立場である魔獣狩りの中には、早々に現状を見限って逃げ出している者もいる。

 魔獣狩りは騎士や兵士とは違って自分の命が最優先なので、飛竜にはとても敵わないと判断するや逃走に移るのも当然とは言えるだろう。

 そして、すぐ傍で逃走する者が出ると、その他の者の心も折れやすくなる。隣で戦っていた戦友が逃げ出す姿を見て、魔獣狩りたちは一人、また一人と城壁から逃げ出していく。

 反面、兵士や騎士たちにはまだ逃亡者は出ていない。この時点で騎士や兵士に逃亡者がいないだけでも、ラルゴフィーリ王国の軍はしっかりと鍛えられていると言っていいだろう。

 今もまた、飛竜が城壁の上に群れる小さな生き物──人間に対して、尻尾を鞭のようにふるう。

 巨大な尻尾に打ち払われ、重傷を負う者や城壁から落とされる者が続出する。そして城壁から落ちた人間を、飛竜は素早く捕えて食らうのだ。

 タウロードも何とか崩れかけている士気を立て直そうと奮闘するものの、同僚が飛竜に食われる姿を目の当たりにしては、当然ながらその効果は今一つである。

 周囲を素早く見回し、次の指示を飛ばそうとしたそんな彼を、突然の強風が襲った。

 思わず腕で顔面を守るタウロード。彼がその腕を下ろした時、それは目の前にいた。

 手を伸ばせば触れられそうな距離で、無数の目の集合体が彼を無表情に見つめている。

「────おのれっ!!」

 タウロードは手にしていた愛用の槍を構え直す。だが、それより速く飛竜の口が開き、その奥から灼熱の吐息の余波が彼の顔面に吹き付ける。

──例えこの場で飛竜の炎に焼かれようとも、せめて最後に一撃入れてやる。

 決意の表情を浮かべながら、タウロードは一歩飛竜へと踏み込む。そして腰の回転を最大限に活かした神速の突きを繰り出した。

 タウロードの渾身の突きは、見事に飛竜の複眼を捕える。だが、槍の穂先は飛竜の複眼にわずかに突き刺さるものの、致命傷に至るには浅すぎた。

 それをタウロードが自覚した時。彼の目には飛竜の無表情なはずの巨大な複眼が、自分を蔑むような笑みを浮かべたような気がした。

 そして。

 そして、飛竜の口から灼熱の炎が吐き出され、炎はタウロードの全身をあっと言う間に飲み込んだ。




「た、タウロード()()様っ!!」

 タウロードが炎に飲み込まれるのを見て、仲間たちと共に飛竜に攻撃を加えていたカルセドニアが悲痛な叫び声を上げた。

 至近距離から飛竜の炎を全身に浴びれば、人間など瞬く間に炭と化すだろう。

 どう考えても義兄が助からない光景を目の当たりにして、カルセドニアの知らず膝ががくがくと震える。

 と、そんな彼女の傍らに、どさりと何かが落下してきた。

「────────え?」

 思わず目をぱちくりとさせるカルセドニア。彼女の傍らに落下したもの。それはタウロードを抱えた辰巳だったのだ。

「……な、何とか間に合った……っ!!」

 カルセドニアを見上げながら、辰巳ははぁーっと大きな息を吐き出す。

 間一髪、タウロードの元へと転移した辰巳が、義兄が炎に包まれる直前に再び転移でここへ跳んで来たのである。

「だ……旦那様……? 義兄様……?」

 まだ状況を把握しきれていないのか、カルセドニアは呆然としたまま辰巳たちを見下ろしている。

「大丈夫ですか、義兄さん?」

「た、タツミ……? お、俺は……助かったのか? あの状況で……?」

「カルセ、タウロード義兄さんを頼む。それほど酷いものはないと思うけど、多少の火傷はあるだろうから」

 カルセドニア同様に助かった実感が湧かないらしいタウロードをカルセドニアに託すと、辰巳は彼女たちに背を向けて立ち上がった。

「だ、旦那様? 一体……何を……?」

 辰巳の背中に何かを感じ取ったカルセドニアが、恐る恐るといった感じで愛する夫に尋ねる。

 その質問に、辰巳は肩越しに振り返ってにこりと笑った。

「この世界で飛竜は確かに『空の王者』かもしれない……だけど、俺の故郷には飛竜にも負けない『空の狩人』がいたんだぜ?」

「え?」

 不思議そうな顔のカルセドニアから目を逸らし、辰巳はしっかりと飛竜を睨み付ける。

 飛竜は今、再び空で滞空したままじっと辰巳を見下ろしていた。

 辰巳はその飛竜を見上げながら、心の中であるイメージを描いていく。

 彼の魔法の源はイメージにある。彼の思い描いたイメージを、外素使いという類まれな資質と無尽蔵の魔力が、魔法という形で現実にする。

 辰巳が思い描くのは、とあるもの。

 鉄の翼と灼熱の心臓を持ち、大空を自在に飛翔する鋼の猛禽。

 辰巳のイメージするそれは、大空というフィールドで決して飛竜にも負けない存在。

 彼の脳裏のイメージが明確になるにつれ、辰巳の周囲を濃厚な魔力が渦を巻くように漂い出す。

 魔力はどんどんと集まっていき、それらは次々に辰巳の体内へと吸収されていく。

 そして。

 吸収された周囲の魔力は〈天〉の属性を与えられ、黄金の粒子となって辰巳の身体から吹き出した。

「今度はこちらから行くぞ、飛竜!」

 確立したイメージ。辰巳は思い描いた通りの「魔法」が発動したことをはっきりと感じ取った。

 辰巳が城壁を蹴って空へとその身を踊らせる。だが、本来ならば地へ向かって落下するはずの彼の身体は、空へ向かってどんどんと上昇し、どんどんと加速していく。

 カルセドニアやモルガーナイクら魔法使いたちには、この時確かに見えていた。辰巳の身体から吹き出した黄金の光が、彼の背でまるで翼がはためくように輝いているのを。

「だ……旦那様に……翼……?」

「……人が……人間があんなに速く……空を飛ぶというのか……?」

 カルセドニアとモルガーナイクが呆然と空を見上げて呟いた。その彼らの近くでは、ジャドックやミルイル、エルといった面々も信じられないものを見たという顔で空を見上げている。

 それは一人の青年が、《天翔》の二つ名で呼ばれる所以となる最初の飛翔の瞬間だった。




 戦闘機。

 それが辰巳が思い描いたものである。

 大空を飛竜にも負けない速度で飛ぶもの。そして、飛竜に対抗できる牙を持つ存在。

 辰巳の住んでいた町の隣町には自衛隊の駐屯地があり、自衛隊が利用する空港も比較的近くにあることもあって、頭上を自衛隊の戦闘機が飛ぶ光景を時折目にすることがあった。

 遥か頭上を鋭いエンジン音と共に飛ぶそれらの戦闘機を、幼い頃は憧れの眼差しで見上げたものだ。

 そんな戦闘機の姿を脳裏にはっきりと思い描き、辰巳は飛竜に向かって一直線に飛翔する。

 まるで飛行機雲のように、黄金の光の尾を引きながら。

 どんどんと濃密になるその魔力光は、魔法の素養のない者にでもぼんやりと目視できるほどで、魔力光を見ることのできる魔法使いには、まるで地上から空へと駆け上がる流星のように見えた。

 辰巳は空を駆けながら、剣を真っ直ぐに飛竜に向けて突きつける。

──このまま……いや、もっと速くだ! 戦闘機は音速だって超えるじゃないか!

 辰巳の思念に添うように、彼の身体はどんどん加速する。

 この時、不思議と風圧などをほとんど感じないのは、彼の新しい飛行魔法が単に空を飛ぶだけではなく、何らかの空間的な作用も持っているからだろう。

 更には、この時の辰巳は空を飛ぶことばかり意識していて気づいてもいないのだが、彼は飛行魔法と同時に《加速》の魔法も発動させていた。

 これまで、辰巳は一度に二種類の魔法を発動させることは不可能だった。だが、脳裏にはっきりと思い描いた明確なイメージが、彼の魔法使いとしての実力をもう一段階上の階梯へと押し上げていた。

 周囲に渦巻く濃密な魔力をどんどん吸収し、それを魔法へと変換していく。

 辰巳は厳密なジェットエンジンの仕組みを知っているわけではない。だが、漠然とした知識ならあった。

 空気を吸い込んで圧縮し、燃料と混合燃焼して燃焼ガスを後方へと吹き出す。

 元より、辰巳が周囲の魔力を取り込むイメージは呼吸である。それがジェットエンジンの大まかなシステムをイメージしたことで、彼が魔力を取り込むシステムも劇的に変化した。

 これまでは呼吸と共に取り込んだ魔力を、一旦体内でプールしてから魔法へと変換していたのだが、ジェットエンジンが絶えず周囲の空気を取り込むことで可動するのと同様、今の辰巳は周囲から魔力を取り込み直接魔法へと変換して飛行している。

 このため、今の辰巳には実質的に魔力が尽きることはない。まさに無尽蔵の魔力というエンジンを得た辰巳は、飛竜以上の速度で空を駆ける。

 今の彼は、もはや戦闘機というよりは対空ミサイルと言った方が正しいかもしれない。

 まさに光り輝く黄金の矢と化した辰巳は、剣を前方へと突き出して飛竜へとまっすぐに飛翔し、空中で飛竜の巨体と交差した。


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