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試練の真意


「なるほど……(まだら)(やま)(ねこ)か……」

 辰巳の話を聞いたモルガーナイクは、改めて辰巳をじっくりと見た。

「タツミもあの魔獣に挑むようになったのか……いや、随分と上達したものだな」

「い、いや、その……俺なんて、モルガーさんに比べたらまだまだで……」

 確かにこの一年、辰巳もしっかりと修練を積み重ねてきた。だが、それでも今の実力では、目の前の《自由騎士》には及ばない。辰巳もこの一年で成長したが、モルガーナイクとて遊んでいた訳ではないのだから。

「そういえば、モルガーさんも斑山猫とは戦ったんですよね?」

「ああ。オレも以前にあの魔獣とは戦ったよ」

「それで……初戦であの魔獣に勝利したんですか?」

「初戦は君と同じように惨敗だったな……いや、それは俺たちだけじゃない。多くの魔獣狩りたちがあの魔獣に挑み、そして初戦ではおそらく敗北しているだろう」

 かつて、ようやく周囲から一人前と認められ出した頃。モルガーナイクも辰巳と同様にこの試練に挑んだことがあった。

 当時既に一緒に組んでいたカルセドニアと共に意気揚々と斑山猫に挑み、そして、辰巳たちと同じく全く手も足も出なかったのだ。

 あの時はモルガーナイクもカルセドニアも、今の辰巳のように激しく落ち込んだものである。

「だが、その後に再戦して……勝利した」

 静かなモルガーナイクの一言。だが、そこからは確固たる自信が感じられた。

「ど、どうやって……モルガーさんは、あの魔獣にどうやって勝ったんですかっ!?」

 辰巳は思わず身を乗り出して質問した。そんな彼を、モルガーナイクは込み上げてくる笑いを噛み殺しながら見つめる。

 今の辰巳の気持ちは、モルガーナイクにもよく理解できる。彼もまた、斑山猫に敗北した後はあの魔獣に勝つための方法を求めて、あれこれと悩んだものだ。

 きっと過去の自分を、周囲の先輩たちは今の自分のような気持ちで見ていたのだろう。

 そう思うと、ついつい笑いが込み上げてくるのだ。もちろん、笑いの対象は目の前の辰巳ではなくて過去の自分である。

「慌てるな、タツミ。実は魔獣狩りの間には、ちょっとした伝統のようなものがあってな」

 それは斑山猫の試練に挑む者に対して、先輩の魔獣狩りは自発的に協力したり、助言したりしてはならない、というものだとモルガーナイクは告げた。

 誰かが決めた厳密な決まりではないのだが、いつの頃からかそのような風習が魔獣狩りの間に広まったのだとか。

「斑山猫狩りは一人前と認められるための試練だからな。周りがあれこれとうるさく忠告するのもおかしな話だろう?」

「た、確かにそうですが……」

 そう言う辰巳の顔には、落胆がありありと浮かんでいた。

 彼はモルガーナイクが斑山猫に勝利した時の話を聞けば、何か突破口のようなものが掴めるかもしれないと思ったのだ。




 辰巳が今いる世界では「ものを調べる」という行為は簡単ではない。

 現代日本ならばインターネットなどで簡単に調べられることも、この世界では「調べる」手段そのものが極めて限られている。

 例えば、この世界の書物は全て手書きのため高価な貴重品であり、一般市民が簡単に触れられるようなものではない。

 書物が蓄えられている場所と言えば、王宮や各神殿、もしくは裕福な家の書庫ぐらいだろう。

 その点、辰巳は神官という身分にあるので、サヴァイヴ神殿の書庫に立ち入ることはできるし、書庫には大量の書物が保管されている。

 だが、サヴァイヴ神殿に蓄えられた様々な書物の中から斑山猫に関する情報を引きだそうとしたら、その労力はかなりのものになるに違いない。

 しかも、斑山猫に関する情報は、サヴァイヴ神殿の書庫には全くない可能性もあるのだ。

 書物以外の情報収集手段となると、もう「誰かに尋ねる」ぐらいしかないだろう。

 今回の場合は、過去に斑山猫を狩ることに成功した者──例えば、目の前にいるモルガーナイクのような──から、その時の魔獣の様子や立ち回り方などを聞けば、辰巳たちが次に斑山猫と戦う際に参考になるだろう。

 だが、モルガーナイクが言ったように、先輩の魔獣狩りから斑山猫を狩る際のアドバイスを受けられないとなると、いよいよサヴァイヴ神殿に埋蔵されている膨大な量の書物の中から、あるかないかも定かではない斑山猫に関する記述を掘り出すしかない。

 思わずげんなりとした顔をする辰巳。そして、そんな辰巳をにやにやした表情でじっと見つめるモルガーナイク。

 この時になって、辰巳は何かがおかしいような気がした。

 モルガーナイクの言う「先輩は余計な手出しや口出しはしない」という伝統は、辰巳にも理解できる。

 だが果たして、その伝統を守った上で、多くの魔獣狩りたちが斑山猫の試練を越えることができるものだろうか。

 もちろん中には、初見で斑山猫を狩る猛者もいるだろう。しかしこれまでの話によると、多くの魔獣狩りが初戦では斑山猫に敗退しているようだ。

 だとすると。

 だとすると、この試練はただ単に斑山猫を狩ればいい、というだけではないのかもしれない。

 この試練の裏には、何か隠された意図のようなものがあるような気がする。

 訝しむようにモルガーナイクを見つめる辰巳。そして、そんな辰巳を楽しそうに見つめるモルガーナイク。

 辰巳はモルガーナイクの様子から、自分の考えが間違っていないことを確信した。

 そして、同時に彼は思い出した。先程モルガーナイクが口にした言葉を。

「モルガーさん。ちょっと確認したいことがあるんですが……」

「ほう。何かな?」

「モルガーさんは先程言いましたよね? 『斑山猫に関しては、他の魔獣狩りは自発的に協力したり、助言したりしてはならない』と。それって、言い換えると自発的でなければいいってことじゃないですか……?」

 つまり、聞かれない限りは何も言わないが、質問されたことには答える、そういう意味ではないのか。それが辰巳の到達した考えだった。

「おや? そんなことを言ったかな?」

 口ではとぼけるモルガーナイクだが、その目は優しく笑っていた。

 そうだ。それが正解だ。

 モルガーナイクは、無言で辰巳にそう答えていたのだった。




「どうやらタツミも気づいたようだから言うが、斑山猫の試練は、単に斑山猫を狩れるかどうかが本質ではない」

 試練の本質に気づいた辰巳に、モルガーナイクは改めて試練について説明をする。

「この試練で重要なのは、事前に斑山猫に関する情報をしっかりと集められるかどうかだ」

 初見の魔獣に対する心構え。事前の情報収集の大切さ。そして、何より油断や慢心。

 魔獣という強大な敵と対峙する際に、最も大切なそれらを改めて実感したり、戒めたりするのが、この試練の本当の目的なのだとモルガーナイクは言う。

「特に狩りに成功し続けて調子に乗っている若い連中ほど、この試練には失敗しやすい。そんな調子に乗った連中の鼻っ柱を一度へし折るのも、この試練の隠された目的だな」

 言われてみれば、辰巳たちも油断があった。

 小型相手とはいえ狩りに成功し続け、慢心していた部分がないとは言い切れない。

 そして、「これができれば一人前と認めてやる」という表面上の言葉に踊らされ、まんまと事前に相手の魔獣に関する情報を集めることもせずに魔獣に挑み、そして惨敗した。

 まさに今回の試練の目的通りだったと言うべきだろう。

「それに、オレたち魔獣狩りは緩やかな横の繋がりこそあれ、決して仲良しこよしの集まりではない。誰かが狩りに失敗すれば、それは他の誰かにとっては好機なのだ」

 魔獣を狩ることで糧を得るのが魔獣狩りである。

 誰かが魔獣を狩ることに失敗したということは、別の誰かにその魔獣を狩るチャンスが回ってくることになる。

 誰かが狙っている魔獣を横からかすめ取るような魔獣狩りはまずいない──それでも皆無とは言い切れない──が、失敗した後ならば大手を振って魔獣に挑むことができる。

 そのため、魔獣に関する情報などは積極的に自分から聞かないと、周囲の魔獣狩りたちは教えてくれない。

 もちろん、中には聞きもしないのに忠告してくれるお節介な魔獣狩りもいれば、聞いても答えてくれない意地の悪い魔獣狩りもいるだろう。

 それでも、聞かれたら知っていることを教え合うのもまた、魔獣狩りたちの間の暗黙の了解なのだそうだ。




 ここまでのモルガーナイクの話を聞いて、辰巳は期待に顔を輝かせていた。

 まさに完全な暗闇の中に、一条の光を見出した気分である。

 だが、そんな辰巳に、モルガーナイクは現実の厳しさを知らしめる。

「確かに魔獣の情報を教え合うのが流儀ではあるが、決してそれはタダでというわけではないぞ」

「…………なるほど。情報料ってわけですか」

「そういうことだ。そして、タツミはオレに聞きたいのだろう? 斑山猫という魔獣の生態や能力など、狩りに欠かせない情報を。ならば、オレはその情報を開示することで報酬を受ける権利があるわけだ」

 再びにやりと笑うモルガーナイク。そして、辰巳は一呼吸置いてから、彼に尋ねた。

「分かりました。で、情報料としてどれぐらい支払えばいいですか?」

「そうだな……」

 モルガーナイクは木製の杯の中の酒を飲み干すと、丁度通りかかった給仕に酒の追加を頼んだ。

「今回の情報料は、今日のこの場の酒代をタツミが持つ、ということでどうだ?」

「え? そ、それだけでいいんですか?」

 一体いくらぐらい支払えばいいのかと緊張していた辰巳は、あまりに意外なモルガーナイクの言葉に思わずきょとんとした表情を浮かべた。

 そんな彼の表情を見て、モルガーナイクは悪戯が成功した子供のように笑う。

「なに、情報料と言ってもそんなものだ。酒の一杯か二杯、飯を一回か二回奢ってやれば、大抵の魔獣狩りは気持ちよく教えてくれるさ。だが、注意しろよ? 中には奢りなのをいいことに、信じられないくらい飲んだり食ったりする奴もいるからな?」

 モルガーナイクの冗談に辰巳が笑う。その笑みは、本当に久々に彼が何の迷いもなく浮かべられた笑みだった。

 そして、運ばれて来た酒を手にした二人は、再び杯をぶつけ合う。

「オレが知る限りの斑山猫に関する情報を教えてやる。だから、次は必ず勝て。そして、カルセを安心させてやれ」

「はいっ!!」

 この時の辰巳の表情に、もう迷いや憂いはなかった。




 数日後、辰巳とジャドック、そしてミルイルは、再び森の中にいた。

 狙うはもちろん、斑山猫。そしてその斑山猫は、前回と同じ岩の上で、同じように寝そべっていた。

 斑山猫の目が、乱入者である辰巳たちに向けられる。

 前回はここで辰巳たちは動きを止めた。魔獣から感じた恐怖で身体を竦ませてしまって。

 だが、今回は違う。魔獣が辰巳たちを睨め付けるよりも早く、三人は魔獣を包囲するように展開する。

「ジャドック! ミルイル! 魔獣の目を見るなよ!」

「分かっているわよん! 魔獣の視線には魔力があるってタツミちゃんが調べてくれたからね!」

「私だって同じ手は二度もくわないわ!」

 辰巳がモルガーナイクから得た情報。それは斑山猫の視線には、相手に恐怖心を呼び起こす魔力がある、というものだった。いわゆる魔眼という奴である。

 そしてその魔眼こそが、前回辰巳たちが異常に恐怖を感じた正体であったのだ。

 しかし、言い換えれば斑山猫には、それ以外に脅威となり得るものはない。鋭い牙や爪に注意は必要だが、それは斑山猫に限ったことではない。魔獣ならば、その多くが爪や牙を備えているものなのだから。

 魔眼が通用しないことを悟った魔獣は、すぐに逃走に移る。だが、その進路の上に盾を構えた辰巳が転移して退路を塞ぐ。

「悪いけど、逃がさないわよ!」

 槍を構えたミルイルが、助走の勢いをつけてその穂先を魔獣の横腹へと突き込む。辰巳に進路を塞がれた魔獣が、思わずその動きを止めた瞬間を狙ったのだ。

 鋭い穂先は易々と魔獣の毛皮と脂肪を貫き、内臓へとダメージを与える。

 激痛に咆哮を上げる斑山猫。それでも強靭な魔獣の生命力は、それだけで燃え尽きることはない。

 とは言え、タネの知れた手品では、今の辰巳たち三人の猛攻の防ぐことはできない。

 ジャドックの戦棍が魔獣の足を狙ってその機動力を殺していき、ミルイルは素早い突きで確実に打撃を積み重ねる。

 そして辰巳は二人から数歩下がった所で全体の動向を確認しつつ、魔獣が魔眼を使う素振りを見せたらすぐに転移、盾で魔獣の視線を遮る。

 こうして辰巳が割り込むことによって、ジャドックとミルイルが魔眼に捕らわれることはなく、二人はいつも以上の連携を見せて魔獣を追い詰めていく。

 徐々に体力と生命力を削られていった魔獣は、やがて立っていられなくなって地面に倒れ込む。

 そして、大上段から振り下ろされたジャドックの大斧がその首に深々と食い込んだ時、遂に斑山猫の命の炎は消え去ったのだった。




「かんっぱーいっ!!」

 〔エルフの憩い亭〕に、陽気な声が響いた。

 本日は辰巳とジャドック、ミルイルが見事斑山猫を狩ることができた──試練を乗り越えた祝勝会である。

 エルやこの店の従業員たちを始め、常連の魔獣狩りたちが、口々にジャドックとミルイルに祝福の言葉を投げかけていく。

 そんな中、若干酔いが回ったミルイルが、辰巳の姿が見えないことに気づいた。

「あれ? タツミ、どこ行ったの?」

 きょろきょろと店の中を見回すミルイル。だが、やはり彼の姿は見当たらない。

「もう、ヤボなことは言わないのよ、ミルイルちゃん。タツミちゃんが行くところと言えば、一つしかないでしょ?」

 豪快に酒を飲みながら、ジャドックが器用に四つある目の一つだけを閉じる。

「あー、カルセのところかぁ……そりゃあ、アイツの気持ちも分かるけど……少しぐらいは仲間に付き合ってくれてもいいのに……」

 寂しがっているような、残念なような。そんな、ミルイルの声。

「それは仕方ないわ。タツミちゃんにとって、何事も一番はやっぱりカルセちゃんだから」

「むぅ……」

「ささ、むくれてないで飲みましょう? せっかく皆がアタシたちのことを祝ってくれているんだから」

 どん、と目の前のテーブルの上に置かれた酒杯。それを手にしたミルイルは、一気に中味を飲み干す。

「女将さん! じゃんじゃん持ってきてっ!! 今日はとことん飲むから! だって、今日はみんなの奢りだしっ!!」

 ぷはーっとおっさんくさく息を吐き出した彼女は、エルにお代わりの追加をお願いした。

 彼女の言う通り、今日の宴会代は周囲の魔獣狩りたちの奢りだ。斑山猫の試練を乗り越えた者には、周囲の魔獣狩りたちが奢ってやる。それもまた、彼らの伝統なのである

「うふふ。じゃあ、アタシも遠慮なくご馳走になっちゃおうっと」

 うきうきとした様子で、ジャドックも注文を追加する。

 それを見ていた周りの魔獣狩りたちは、二人が追加するその量を聞いて顔色を変えた。

 モルガーナイクが辰巳に冗談まじりで忠告したことが、こんなところで的中していたとは思いもしない彼らだった。




 自宅の中で、辰巳とカルセドニアは互いの身体をしっかりと抱き締めあっていた。

「……ごめん、チーコ。チーコにはいろいろと心配をかけてしまった」

「いえ……ご主人様ならば、きっと今回の試練を乗り越えられると信じておりました」

 辰巳の胸板に頬を擦り付けながら、カルセドニアが幸せそうに呟く。

「あれ? 諦めてもいいようなことを言っていたのは誰だっけかなぁ?」

「え、えっと、それはそ、その…………もうっ!! ご主人様は意地悪ですっ!!」

 ぽかぽかと辰巳の胸に拳をぶつけるカルセドニア。もちろん、そんなに力を込めているわけではないので、痛くもない。

 辰巳はそんなカルセドニアの頭を、昔──彼女の前世で──そうしたようにぐりぐりとちょっと乱暴に撫でてやる。

 カルセドニアも辰巳にされるがままだが、その表情はとても嬉しそうだ。

「……何とかここまで来れたけど……いつか絶対、チーコと同じところへ行くからな」

「はい。ご主人様ならすぐですよ」

 どちらからともなく重なる唇。しばらくしてその唇が離れた時、カルセドニアのそこからは明らかな官能の溜め息が零れ出た。

 カルセドニアは頬を染め、じっと辰巳を見上げる。

 辰巳も彼女の望みを察し、その肩を抱いて歩き出した。


 辰巳は寝室への扉を開く。そして二人がそこへ入った後────ゆっくりとその扉が閉じられた。


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