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ジュゼッペの悪巧み

「俺のお勤めは初日の午後と三日目の午前中か」

「となると、俺とタツミは同じ組だから俺のお勤めも初日の午後と三日目の午前中か。なら、最終日の午後からの騎乗槍の試合は見ることができそうだな。よし、ナナゥと一緒に見に行こう」

「俺たち兄弟はその時間帯に仕事だよ……くそ、騎乗槍の試合、楽しみだったんだがな……」

「仕方ないだろう、ニーズの兄貴。これも仕事だ」

 ここはサヴァイヴ神殿の中庭。間近に迫った新年祭の仕事のスケジュールを確認しながら、辰巳はとある日の休憩時間にバースやニーズたちとあれこれと話に花を咲かせていた。

「私は確か、二日目の午前が仕事のはず……あ、でも、お祖父様から三日目の午後、お祖父様が行う新生児への祝福の儀式の手伝いを頼まれていました」

「ああ、そ、それなら俺も……た、頼まれていたっけ」

 なぜか頬をやや赤く染めながら、辰巳はふと隣に腰を下ろしているカルセドニアから目を逸らした。

 辰巳のその態度に内心で首を傾げつつも、カルセドニアは祭中の予定に思いを馳せる。

「でしたら、二日目の午後は旦那様とご一緒にお祭りを見物できますね!」

「そ、そうだな」

「二日目の午後と言えば、宵月神の神殿が主催する宝探しがあるじゃない? 何だったら、カルセと一緒にそれに参加すれば? タツミなら移動に時間をかけなくてもいい分、たくさん宝を探せるんじゃないの?」

「どうかなぁ? そう簡単なものじゃないと思うけど……そういうジョルトは予定あるのか?」

「俺? 俺の予定といえば初日のじい……いや、国王陛下の挨拶の時に隅っこの方に顔を出すぐらいで、それ以外は特に予定はないよ? 親父はともかく、俺は……さ? まだまだ『子供扱い』だから」

 なぜか、最近頻繁にサヴァイヴ神殿に出没するジョルト。

 バースたちも最初はどこの誰だと疑問に感じ、その身なりからおそらくは貴族、それもかなり高位の家柄の子弟だと予測したが、辰巳とはいやに親しそうだし、自分たちにも身分を気にすることもなく接して来るしで、気づけばいつの間にかバースたちもかなり打ち解けていた。

 さすがに辰巳もジョルトの身分を明かすことはしていない。もしも彼の身分をバースたちが知れば、いくら辰巳の知り合いとはいえ、ここまで親しく接することはなかっただろう。

 ちなみに、先程のジョルトの「国王陛下の挨拶の時に隅っこの方に顔を出す」という言葉も、バースたちには違和感のあるものではなかった。国王が新年の挨拶を行う時は、全ての貴族がその場に立ち合うのが通例だからだ。

 だが、ジョルトと辰巳が親しくしていることに、一番驚いていたのは他ならぬカルセドニアだっただろう。

 突然ふらりとサヴァイヴ神殿に姿を現したジョルト。供の者を連れている風もなく一人で神殿内を歩く彼の姿を見た時、カルセドニアは我が目を疑ったものだ。

 更には「やあ、カルセ、久しぶりー。ところで、タツミはどこ? 一緒じゃないの?」と何とも辰巳と親しそうだったので、彼女の驚きは更に大きくなった。

 後に辰巳からジョルトとの出会いを聞き、王族──それも将来の国王と知りつつも普段通りの辰巳の様子に、思わず驚きを通り越して呆れてしまったほどである。




「個人的には、騎乗槍の試合ってを見てみたかったんだけどなぁ」

「それならば、二日目の午後には予選が行われるはずですよ? 三日目……最終日の午後は本戦なので、その前に予選があるのです」

「そっか。じゃあ、それを見物に行こうかな? カルセも一緒に行くか?」

「はい、もちろんご一緒します!」

 辰巳と一緒なのが嬉しいのか、カルセドニアは満面の笑みで即答する。

 バースやニーズたちにとってはいつものことだが、ジョルトにはちょっと違った。彼はカルセドニアがここまで晴々とした笑顔を浮かべるのを初めて見たのだ。

「うっわー、話には聞いていたけど、本当にカルセってばタツミにはそんな顔を見せるんだなぁ。いやぁ、びっくりびっくり」

「な、ジョルト。俺たちが言った通りだろ? カルセドニア様はタツミにはいつもあんな感じだ」

「うん、バースやニーズたちから聞いてはいたけど……こうして実際に見るまでは半信半疑だったんだよ。以前のカルセを知っている身としてはさ」

「俺たちは、以前のカルセドニア様のことは噂程度にしか知らないからなぁ。こうしてカルセドニア様と親しくなったのもタツミと婚約する直前で、その時にはもうこんな感じだったし」

「でも、以前のカルセよりも今のカルセの方が絶対いいよね? そっか、改めて考えると、タツミは凄いことを成し遂げていたんだなぁ」

「あ、あの、ジョルト様……? あ、あまり昔のことを言われるのは、その……」

 やはり、昔のことをあれこれと言われるのは恥ずかしいのだろう。カルセドニアは頬を染めながらちらちらと隣の辰巳の様子を心配そうに伺う。

 そんなカルセドニアに対して、辰巳は大丈夫とばかりに頷いて見せた。

 それだけでカルセドニアに再び笑顔が戻る。そして、さりげなくお尻の位置をずらして座っている位置を調節し、辰巳の方へと自分の身体を近づけさせる。

「あ、そうだ、カルセ。俺のことを『様』付で呼ぶの禁止ね? タツミやバースたちが呼び捨てにしているんだから、カルセもそうすること。いいね?」

「え、で、ですが……」

「呼び捨てが難しいのなら、ほら、昔みたいに『ジョルトくん』って呼んでもいいよ? 爺ちゃんたちに紹介されて知り合ったばかりの頃はそう呼んでいたじゃない?」

「そ、それはお互いに幼かったからで……そ、その……本当によろしいのですか……?」

「うん、よろしい、よろしい」

 嬉しそうにジョルトが微笑む。

「あ、あのっ!! で、できればボクもカルセドニア様に『シーロ』って呼び捨てにして欲しいです! 更に欲を言えば、無様に地面に這い蹲ったボクを、冷たい視線で見下ろしつつ踵の高い靴で踏みつけながらでお願いします!」

 それまでジョルトとカルセドニアのやり取りを、どこか羨ましそうな目で見ていたシーロが口を挟む。

 当然、無視された。




 辰巳たちの長閑(のどか)な休憩時間は、中庭に一人の神官が姿を見せた時に唐突に終りを告げた。

 身に纏っている神官服と聖印から、その神官の身分が高司祭であることが知れる。

「ヤマガタ上級神官」

 現れた高司祭は、穏やかな笑みと落ち着いた低い声で辰巳を呼ぶ。

「はい」

 名前を呼ばれた辰巳は慌てて立ち上がる。いや、辰巳だけではなくカルセドニアやバースたち全員が立ち上がっている。

 唯一、神官ではないジョルトだけが涼しい顔で椅子に腰を下ろしたままだが。

「クリソプレーズ猊下がお呼びだ。ただちに猊下の執務室へ向かいなさい」

「分かりました」

 穏やかだが妙に迫力を秘めた声に、辰巳は即答した。

 高司祭はジュゼッペからの伝言を伝えると、笑顔のまま辰巳たちに背中を向けて中庭から立ち去る。

「さて、と。休憩時間は終りだな。これからまたお勤めだ」

 背伸びをしながらバースが言う。

 カルセドニアもニーズたち三兄弟も、休憩時間を終えてそれぞれの仕事の戻るのだ。

「じゃあ、みんな。お仕事がんばってねー」

 只一人、ジョルトだけが気楽に辰巳たちを励ましている。

「そう言うジョルトはどうするんだ?」

「俺? タツミたちの仕事の邪魔をするつもりはないから、素直に家に帰るよ」

 ジョルトはちらりと自分の家──王宮へと視線を走らせながら腰を上げた。

「でも、お祖父様はどのような要件で旦那様をお呼びになられたのでしょうか?」

「う、うーん、ま、まあ、行けば分かるんじゃないかな?」

 首を傾げるカルセドニアに、辰巳はちょっと歯切れの悪い言葉で応える。

「じゃあ、俺はジュゼッペさんの所へ行ってくるよ」

「はい。では、またお家でお会いしましょう」

 ジュゼッペの執務室に向かう辰巳へと、嬉しそうにひらひらと手を振るカルセドニア。バースやニーズたちもそれぞれの持ち場に戻って行き、ジョルトも神殿を後にした。




「どうじゃな、婿殿。カルセの奴に気取られてはおらんじゃろうな?」

 ジュゼッペの執務室に入った辰巳に、サヴァイヴ教団の最高司祭は実に楽しそうな顔で彼に尋ねた。

「はい。大丈夫だと……思います。家でも何も言っていませんから」

「そうか、ならばよろしい。もう少しだけ、内緒で頼むぞい」

 悪戯を企む悪ガキそのものの笑顔のジュゼッペ。そんな恩師に辰巳は苦笑を浮かべるしかない。

「と、ところで……準備の方は大丈夫なのですか?」

「うむ。どこぞの女狐も楽しそうに協力してくれておる。既にモノは仕上がっておるそうで、後は本番を待つばかりじゃ。おぬしの方はどうじゃな?」

「俺の方もジュゼッペさんに教えられた店で、当日の俺の衣装の用意は済ませました。もちろん、カルセには何も言っていません」

 辰巳の返答を聞き、ジュゼッペは満足そうに頷いた。

「いよいよ祭も間近に迫った。本当に今年の祭は楽しみじゃて」

「俺は正直、それどころじゃないですよ。緊張で今から息が止まりそうです」

「ほっほっほ。今からそれでは、当日になったら死んでしまいそうじゃな」

 楽しそうに笑うジュゼッペ。だが、彼は不意に表情を改める。

「済まんの、婿殿。おぬしには迷惑かもしれんが、これも老い先短い老いぼれの頼みと思ってくれ」

「お、老い先短いだなんて……ジュゼッペさんはまだまだ元気じゃないですか!」

「そうでもないぞ? 儂ももう十分長生きしておる。それに年老いた者から順に神の元へと召されるのは、これはこれで幸せな証拠じゃよ」

「……『祖父死ぬ、親死ぬ、子死ぬ』ですか」

「ん? なんじゃな、それは?」

「俺の故郷……日本のどこかの地方の民話か何かで、以前ちょっと耳にしたことがありまして……細かい部分はうろ覚えですが、要は年長者から順に死んでいくことこそが、皆が無病息災で天寿を全うできた証拠だって話です」

「ほぉ、なるほど……なかなかに奥の深そうな話じゃな。いつか機会のある時にその話の詳細を聞かせてくれ」

 辰巳の話を聞いたジュゼッペは、興味深そうに何度も頷いた。

「ところで……例の話はカルセにはしていませんが、他の知り合いにはしても構いませんか?」

「うむ、最近は婿殿も交友関係が拡がっておるようじゃし、折角じゃから友人知人が全て集まって盛大にやりたいしの。婿殿の知人たちに教えるのは構わんが、くれぐれも秘密が漏れることのないよう、口の固い連中だけにしておいてくれんかの?」

「はい。知人の中でも口の軽そうな者には内密にしておきますよ」

 二人が交わす話だけを聞けば、まるで何やら悪巧みでもしていそうな様子だが、辰巳のどこか照れ臭そうな様子からそれが単なる悪巧みでないことは容易に知れるだろう。

 こうして、ジュゼッペのいわば「幸せな悪巧み」は、辰巳の知り合いの間──一部の口の軽そうな者を除く──にも広まっていき、静かに盛り上がりを見せていく。




 そして。

 いよいよ、新しい年を告げる新年祭が始まる。



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