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来訪者

 新しい年を祝う新年祭も間近に迫り、ラルゴフィーリ王国の王都であるレバンティスの街も、徐々に活気が溢れてきている。

 祭りでの稼ぎを見込んだ行商人や芸人など以外にも、王国各地の貴族も徐々に王都に集まりつつあり、賑やかになると同時に活発になる各種犯罪の取り締まりのため、一部では日毎にぴりぴりとした緊張感も高まっていく。

 人が増えるにつれ通常の衛士たちだけでは手が回らなくなり、各神殿の神官戦士たちもまた、この時期だけは街の治安維持に駆り出される。

 もちろん辰巳も例外ではなく、バースやニーズたち三兄弟、もしくは先輩の神官戦士と共に、交替で街のあちこちを見回るようになっていた。

 サヴァイヴ神の聖印が刻まれた鎖帷子を着込み、盾と剣で武装して街を見回る。大体半日ほどかけて見回りを済ませると、サヴァイヴ神殿に戻って他の神官戦士と交替する。

 辰巳たち神官戦士は、所属する神殿を中心とした周囲の区画を受け持ち、それ以外を衛士たちが見回る。先輩の神官戦士に先導される形で街を見回ると、これまで入ったこともないような路地に立ち入ることもあり、辰巳にとってはちょっと新鮮な体験でもあった。

 そうやって務めを終えると、辰巳は一人家路へと着く。

 いつも一緒にいる印象の強い辰巳とカルセドニアだが、神殿での務めの関係上、帰りが一緒になることはまずない。

 そのため、今日も一人神殿を出た辰巳。カルセドニアはまだ務めが残っているので、今晩の夕飯用の食材を買っておこうと市場へと足を向ける。

 と、その時だった。

 不意に聞き覚えのない声で、自分の名前が呼ばれたのは。

「なあ、あんたがタツミ・ヤマガタか? 黒髪黒目の異国の男って聞いたんだけど……」

 名前を呼ばれ、振り向いた辰巳の視線の先には一人の少年。

 年齢は15歳ぐらいだろうか。辰巳よりも若干年下に見える。

 この国では一般的な赤茶色の髪と、濃い灰色の瞳。身に着けているものは一目で上物と分かるものばかりで、おそらくは貴族の子弟だろうと辰巳は見当をつけた。

「そうですが……君は?」

「あ、俺はジョルト。気軽にジョルトって呼んでくれ」

 にぱっと人懐っこい笑みを浮かべたジョルトという少年。彼は無造作に辰巳に近寄ると、すっと右手を差し出した。

 辰巳は警戒しつつも、相手が貴族らしいこともあって差し出された右手を握り返す。すると、ジョルトの笑みが更に深くなった。

「あんたのことはジュゼッペの爺ちゃんから、よく聞かされていてさ。一度会ってみたいと常々思っていたんだ」

「え? ジュゼッペさんの知り合い……?」

「うん。一応、カルセとも知り合いってことになるな。俺のじいちゃんとジュゼッペの爺ちゃんが、若い頃からの()()でさ。俺も小さい頃はジュゼッペの爺ちゃんに勉強を教えてもらったりしていたし。そんな縁でカルセとも以前からの知り合いだよ」

 彼の祖父とジュゼッペが知り合いならば、彼とカルセドニアが知り合いというのも納得できる。それにジュゼッペの知己であると聞かされて、辰巳はこのジョルトという少年に対する警戒を僅かだが緩めた。

 どうやらジョルトにも辰巳が警戒していることは伝わったようだが、それで気を悪くするような様子はなさそうだ。

「それで……俺に何かご用ですか?」

「ああ、そんな堅苦しい口調はなしでいいぞ? ほら、もっと気楽に気楽に」

 浮かべた笑みを崩すことなく言うジョルト。どうやら二心あってのことではなさそうだし、こういう性格の人物は嫌いではないこともあって、辰巳は彼に対して徐々に好感を抱き初めた。

「分かったよ、ジョルト。それで、俺に何の用だ?」

「お、いいね、いいね。今後もその調子で頼むよ? で、要件の方は……そうだな、ここで立ち話することでもないし、どこかで腰を落ち着けて話さないか?」




「単刀直入に言うよ。カルセを俺に譲ってくれない?」

「お断りだ」

 適当な店を見繕って飲み物を注文した辰巳とジョルト。

 女給が注文を受けて立ち去るのを確認したジョルトは、いきなり本題を切り出した。

「え? 即答? こっちの条件をまだ何も出していないのに?」

 思わずぽかんとした表情を晒すジョルト。対して、辰巳は彼に対する警戒を一気に最大まで引き上げた。

「こっちの出す条件を聞いてから決断しても遅くないだろ?」

「必要ない。どれだけいい条件を提示されようが、俺はカルセを見放すようなことは絶対にしない」

「ふぅん。実はさ? 自分で言うのもなんだけど、俺って結構身分高いよ? 今はまだ無理だけど、将来俺が実権を握れば、富も名誉も思うがままだよ? 何なら、この国の高位の貴族に取り立てることだってできるけど? それにカルセの代りに俺の妹と婚姻できるように取り計らってもいいんだぜ?」

「どれほどの富や名誉、地位も権力をくれると言われても……カルセと引き換えにするには全然足りないな」

「おいおい。富と名誉と地位と権力よりも、一人の女の方がいいって言うのか?」

「もちろんだ」

「うわ、また即答だよ……」

 呆れたと言わんばかりのジョルトの表情。そんな彼に対して、辰巳は明らかな怒気をジョルトに向ける。

「それより、こんな下らないことを言うために俺が神殿から出てくるのを待っていたのか?」

「まあ、タツミを待っていたことに違いはないな。実は俺の爺ちゃんが辰巳を呼ぶって言っていたから、その時に会わせてもらおうかと思っていたんだけど……爺ちゃんに、そんなに会いたければ自らの足を動かすのが礼儀だろうって言われてさ。それで、こうして会いに来たってわけ」

「そこまでして俺に会いたかった理由が、カルセが欲しいからだって? だったら悪いが、ジョルトの話に付き合うのはここまでだ」

 辰巳はテーブルの上に数枚の銀貨を置くと、そのまま立ち上がった。

 明らかに怒っている様子の辰巳。だが、なぜかジョルトは楽しそうに笑い声を上げた。

「ははははは。なるほどなぁ。確かにジュゼッペの爺ちゃんから聞いたとおりの奴だな」

 一頻り笑ったジョルトは、表情を改めると辰巳に向かって深々と頭を下げる。

「タツミを試すような真似をして済まなかった。ジョルトリオン・レゾ・ラルゴフィーリの名において、正式に謝罪する」

「…………え?」

 ジョルトが正式なフルネームを名乗ったことで、辰巳は思わず身体を硬直させた。

 名前が三節から構成される者、そしてラルゴフィーリを名乗る者。それがこの国ではどのような身分を現しているのか。辰巳もジュゼッペからそれを教えられていた。

「お、王……族……?」

「おう、俺は(れっき)とした王族だぜ? 言っただろ? 俺の身分は結構高いってさ。一応、俺の爺ちゃんが当代で、俺の親父が次代の国王な。で、俺は親父の長男だから、このまま何事もなく順当に行けば、次々代の国王は俺ってわけだ」

 高いなんてものじゃない。この国でも頂点に立っていると言ってもいい身分である。

 今度は辰巳が間抜け面を晒す番だった。そんな辰巳を見て、ジョルトが再び屈託のない笑い声を上げた。




「いやぁ、本当にごめんな? タツミがジュゼッペの爺ちゃんから聞いた通りの奴かどうか、確かめたかったんだよ」

 再び腰を落ち着けた辰巳とジョルト。運ばれて来たお茶に口をつけながら、二人は話を再開させていた。

「それはどういう意味……ですか?」

「ああ、気楽に喋れってば。確かに俺は王族だけど、ここは公の場じゃないし。今まで通りでいいぞ?」

 相変わらず人好きのする笑みを浮かべるジョルトに、辰巳は苦笑しながら彼の提案を受け入れることにした。

「じゃあ、そうさせてもらうけど……それで、さっきのはどういう意味だったんだ?」

「それじゃあ、改めて単刀直入に言おうか。俺が欲かったのはカルセじゃない。タツミ、おまえの方なんだよ」

「お、俺……? それって、俺にジョルトの部下になれってことか?」

「違う違う。確かに有能な奴や希有な才能を持っている奴を手元に置いておきたいって思いはあるが、俺がタツミに望んでいるのは部下じゃないんだ。俺がタツミに求めているのは……俺の()()になって欲しいのさ。それも絶対に信頼できる親友って奴に、な」

 恥ずかしげもなく親友になれというジョルトに、辰巳は思わず目を白黒させる。

「いやさ? 俺って立場が立場だろ? だからあれこれと擦り寄ってくる連中はたくさんいるんだよ。でも、そんな連中をおいそれと信頼するわけにはいかない。もちろん中には信頼するに値する者もいるけど、そんな奴らも家柄とかいろいろとあるんだよな、これが。俺が必要以上に親しくすると、それだけで嫉妬の対象になる……みたいなさ」

 ジョルトの言うことは辰巳にも理解できる。順当にいけば次々代の国王となるジョルトの周囲には、様々な思惑を抱えた者たちが集まるだろう。そんな連中を、おいそれと信頼できない彼の気持ちは当然のものだ。

 また、将来の王と親しいとなれば、そこを妬む者だって皆無ではないだろう。

「だけど、タツミなら信頼できる。さっきの話で俺はそう確信したね。だってあれだけあっさりと即答されたら、こりゃもう、信頼するしかないじゃない?」

 ジョルトは辰巳がカルセドニアと別れる条件として提示した、彼の妹との婚姻。それは将来の王妹との婚姻である。

 王妹との婚姻となれば、野心のある者ならば食いつかないわけがない。だが、辰巳はその条件を見事なまでにあっさりと断った。確かに「妹との婚姻」を切り出された時はジョルトが将来の王とは知らなかったが、それでも彼がかなり高位の貴族であろうことは推測できていた。

 そんなジョルトからの婚姻の話をきっぱりと断ったということは、辰巳には政治的な野心がないという証である。

「そもそも、どうしてジョルトは『親友』を欲しがるんだ? 親友なんてものは、『なってくれ』って言われてなるもんじゃないだろ? それにジョルトの周囲にだっていい奴はいるはずだ」

「うん。確かに誠心誠意俺に仕えようって奴もいるよ? でもさ、俺、憧れているんだよ。俺の爺ちゃんとジュゼッペの爺ちゃん、後は海洋神ダラガーベ教団の最高司祭のグルグナードの爺ちゃんとか……昔っからの親友同士でさ。今でも憎まれ口を平気で叩き合うぐらい仲がいいんだぜ?」

 そんな祖父たちの様子を幼い頃から間近で見てきて、ジョルトもいつかは祖父たちのような気がねなく付き合える友人が欲しいと思うようになったという。

「今でも『友人』はそれなりにいるさ。でも、どうしたって主従関係はなくならない」

 ジョルトはちょっとだけ寂しそうな表情を浮かべた。

「俺が王族である以上は仕方ないことだろうけど……でも、やっぱり俺は爺ちゃんたちのような『親友』が欲しい。時に喧嘩したり、時に支え合ったり……なんでもない、くだらないことをぽんぽん言い合えるような『親友』が。爺ちゃんには心から信頼できる親友がいるんだ。俺にだってそんな存在がいてもいいじゃないか?」

 ジョルトの口から零れ出る、彼の切実な願い。彼が真剣であることが分かるから、辰巳も黙って彼の話を聞いていた。

「その点、タツミは身分が神官で国の組織からは外れた存在だから、俺とは主従関係にはならないし、親しくしてもそれほど周囲の貴族連中だってあれこれ言わないだろ? それにタツミの後ろにはジュゼッペの爺ちゃんがいる。王族とジュゼッペの爺ちゃんを敵に回そうって奴は、貴族の中にもそうはいないと思うぜ?」

 タツミ自身にも野心がないことは、先程確かめたばかりだしな、とジョルトは続けた。




「しっかし、カルセも随分と愛されているねぇ。先程のやりとり、カルセにも聞かせたかったな。いつも冷静なあいつが、タツミの熱い言葉を聞いてどんな顔をするか……見てみたかったなぁ」

「そうかぁ? カルセはどっちかって言えば、ころころと表情が変わる方だと思うけどなぁ」

 ジョルトはカルセドニアと知り合いとはいえ、それは辰巳と再会する以前の彼女でしかない。

 以前の彼女は神官として最低限の付き合いはあれどあまり他人と交流せず、微笑みや愛想笑い程度はすれどもどちらかというと無愛想な方だった。その他人を寄せつけないところもまた、《聖女》と呼ばれるようになった理由の一つなのだが。

 だが辰巳と再会して以来、カルセドニアは表情が明るく柔らかなものになったと評判である。

 だが、ジョルトは辰巳と再会して変化したカルセドニアを知らなかった。

 ここ数年、カルセドニアは辰巳を召喚する準備であれこれと忙しく、また同時に神官としての務めもあった。そして辰巳を召喚後はそれこそ辰巳とほぼ一緒だったので、ジョルトとは顔を合わせる機会がなかったのだ。

「え? カルセが表情をころころ変える……? うわ、信じられない。なにそれ?」

 またもやぽかんとした間抜け面を晒すジョルト。そんなジョルトを見て、今度は辰巳が笑う番だった。

 もう、辰巳の中に彼に対する警戒心はない。そして、彼の心情を聞いた今では、親友になれるかどうかは今後次第だが、彼と友誼を結ぶこと自体は肯定的に考え始めていた。

「そんなに信じられないか? だったら今度俺たちの家にでも来て……って、そもそも王族が一人で街をほっつき歩いていていいのか?」

 ふと辰巳はその事実に思い至った。将来の王となる人間が、たった一人でのこのこ出歩いていていいはずがない。

「ああ、それなら大丈夫だよ。爺ちゃんには許可もらってあるし。爺ちゃんが許可を出したってことは、俺たちが気づいていないだけで護衛の三人や四人はその辺にいるはずさ。それに今はタツミが一緒だしな。タツミならば、もしもの時に俺を連れて何とでも逃げられるだろ?」

「まあ、逃げるだけならそれなりに自信あるけど……」

「だろ? 俺もタツミの能力に関しては聞いているしさ。あ、ちなみに、城から出る時は秘密の抜け道を使いました」

「ぬ、抜け道……? た、確かに城に抜け道はつきものだろうけど……」

「そういうこと。そうだ、なんだったら秘密の抜け道を二つ三つ教えておこうか? タツミさえ良ければ、そこを通って俺の所に遊びに来てもいいぜ? もちろん、カルセも一緒にな」

「…………そういう城の抜け道って……国の最重要機密なんじゃないのか……?」

 思わず頭痛を感じる辰巳であった。

 もっとも、辰巳がその気になれば、抜け道など使わなくても王宮に忍び込むのは難しくはないのだが。




「抜け道はともかく、家に遊びに来るのは歓迎するよ。ただし、前もって知らせてくれれば、だけどな。突然来られても、俺たちが家にいるとは限らないし」

「そうだな、久しぶりにカルセにも会いたいし、今度改めてタツミたちの家にお邪魔させてもらうよ。もちろん、前もって知らせは送るから」

 辰巳とジョルトは、含みのない笑みを浮かべ合う。そしてどちらからともなく、互いの手をしっかりと握り合った。

 これが後に稀代の名君として称えられるジョルトリオン王と、《天翔》の二つ名で呼ばれることになる魔祓い師の出会いであり、友としての付き合いの始まりだった。


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