催しと企み
煌びやかな装飾が施された広い部屋。
この部屋に配置されている調度品は、全てが一目で高価だと分かるものばかり。
それは一流の職人たちが、時間と技術を注ぎ込んだ本物であり、その本物の高価な調度品が、品が下がらないようにしっかりと計算されて配置されている。
そんな豪華な部屋の中に、三人の人間が集まっていた。
彼らは大きなめの円形のテーブルに着き、思い思いに会話をし、用意されているお茶やお茶菓子を楽しんでいる。
そうしていると、この部屋唯一の扉が外側から静かに叩かれる。
「サヴァイヴ神殿最高司祭、ジュゼッペ・クリソプレーズ猊下のご到着です」
声が途切れて一呼吸後、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
そして、そこにいるのは先程の声が告げた通りの人物。
「いやぁ、済まんの。遅くなってしもうたわい」
ジュゼッペは特に悪びれた風もなく、いつものようにほっほっほっと笑いながら部屋へと入る。
部屋の装飾にも引けを取らない豪華な装飾を施した、最高司祭だけが身に着けることを許されている法衣を纏い、ジュゼッペはまるで自室のように堂々と部屋の中を横切ると、誰かに勧められる前に空いていた席に当然とばかりに腰を下ろす。
「遅いぞ。遂に耄碌したか、ジュゼッペよ?」
その席の隣に座っていた、やはり豪華な法衣を纏った男性が、ちらりとジュゼッペを横目で見ながら告げた。
「ふん、まだまだ耄碌なんぞするかい、貴様じゃあるまいし。これでもいろいろと忙しい身じゃからのぉ」
「あら、そうでしたの? わたくしが聞いたところによると、最近はとある青年に熱を上げて、しょっちゅう二人っきりで部屋に篭もっているとか。やれやれ、結婚の守護神の最高司祭ともあろうお方が同性愛の道に走るとは……本当、嘆かわしい」
丁度ジュゼッペの対面に当たる席に腰を下ろしていた、煌びやかな法衣姿の女性が手を握り合わせると口の中で神への祈りの言葉を呟く。
「誰が同性愛者か、誰が。儂には立派に妻もおれば子供や孫もおるわい。ま、確かにここのところ、ある青年に目をかけてはおるのは事実じゃがの」
そう言ったジュゼッペの脳裏に、最近では直弟子とも言える一人の青年の姿が浮かぶ。
「おい、ジュゼッペの爺ぃ。爺ぃが目をかけているっていう男は、噂の〈天〉の二代目のことだろ? 本当にそいつ、〈天〉の魔法使いなのかよ?」
今、この部屋に集っている数人の人間は、その殆どがジュゼッペと同じぐらいの年代だった。
その中で唯一、三十代半ばほどで他の者たちと同じく豪華な法衣を纏った男性が、興味津々といった表情でジュゼッペに質問する。
「うむ。間違いなく、あやつは〈天〉の魔力を持っておる。あやつの身体から吹き上がる眩しいばかりの黄金の魔力光……それを儂がこの目で確かめておるわい。しかも、最近ではかなり自在に《瞬間転移》を始めとした〈天〉の魔法の発動もできるようになってきておる」
まるで孫を自慢する好々爺のようなジュゼッペの表情。
それを見た他の三人は、それぞれ違った反応を示した。
ジュゼッペと同年齢の法衣姿の男性は、悔しそうに鼻を鳴らし。
「……ふん。《聖女》といい〈天〉の魔法使いといい、どうして貴様の神殿にだけ類まれな人材が……くそっ、羨ましいっ!!」
老齢ではあるものの、この場で唯一の女性は呆れたように肩を竦め。
「あらあら、まあまあ。本当に男色の道に入ったのではないでしょうね?」
そして三十代の男性は、更に興味を引かれたようでその目を輝かせ。
「うはっ、本当に本当かよ! どうだ、爺ぃ。その男、俺の神殿にくれないか? なぁに、俺に任せてくれれば、この国最強の戦士に仕立て上げてみせるぜ? 何なら、俺の娘の婿にしてもいい。そうすりゃ、噂の〈天〉が俺の義息ってか。うわっ、何か燃えるな!」
自分の言葉に上機嫌に盛り上がる男性。だが、当然ながらジュゼッペがこの申し出を受けるはずもなく。
「何故にあやつを余所の神殿にやらねばならんのじゃ? それに貴様のところの娘はまだ十歳になったばかりじゃろが。第一、あやつは儂の孫娘の婿となることが既に決まっておるわい。この儂が立会人を務めた上で、正式な婚約をサヴァイヴ様に誓っておるからのぉ」
まるで新しい玩具を自慢する子供のように、ジュゼッペは一同を見回しながら楽しそうに笑う。
「さて、それより本題に入らんか? 今日は儂の孫娘の婿を自慢するために集まったわけではあるまいて」
「自慢を始めたのは貴様であろうが」
拗ねたような表情でそう言ったのは、海洋神ダラガーベ教団の最高司祭、グルグナード・アーマート。
「でも、本題に入るのは賛成。わたくしも決して暇ではありませんのよ?」
それは宵月神グラヴァビ神殿の最高司祭、マイアリナ・キスカルトの言葉。
「ち、やっぱり爺ぃもそう簡単に手放したりはしないか。でも、一度その〈天〉の二代目と直接会ってみたいものだな!」
期待に目を輝かせるのは、太陽神ゴライバ神殿の最高司祭、ブガランク・イシュカン。
このラルゴフィーリ王国における四大神の各教団の最高司祭たちが、この部屋には集まっているのだ。
「では、話し合うとするかの。次の新年祭において、それぞれの神殿がどのような催し物を行い、どのような役目を担うのかをの」
その日、いつものように辰巳がジュゼッペから魔法の指南や、神殿やこの世界における各種の教えを受けていた時のこと。
「え? 各神殿の最高司祭様たちが直接会合……ですか?」
「うむ。普段は各神殿間のやり取りや摺り合わせは、わざわざ儂が出張る必要はないのじゃがの。年に一度の新年祭の打ち合わせだけは、最高司祭同士が直々に行うのが恒例でな」
白くて立派な髭を扱きながら、どこか上機嫌なジュゼッペは辰巳の質問に答えた。
「毎年各神殿が受け持つのは、まずは治安維持の協力じゃな。普段は国の衛兵たちが街の治安維持を受け持っておるが、祭りの間は人も増えるし、人が増えれば当然それを狙った犯罪も増える。他にも祭りの雰囲気に浮かれてつい羽目を外す者もおれば、酒に酔った勢いで喧嘩をする者もおる。そのため、毎年国と各神殿で協力して治安維持に当たるんじゃよ。無論、これは神官戦士の役目となるので、お主にも協力してもらうぞい」
ジュゼッペの言葉に、辰巳は神妙に頷く。
祭りの最中に仕事が入るのはやや残念ではあるが、これも役目である以上は仕方がない。
「他には怪我人や急病人の救護も神殿の仕事の内じゃな。まあ、こっちはカルセはともかく、婿殿には直接は関係あるまい」
祭りとなれば、浮かれすぎて調子を崩す者もいるだろうし、食べ過ぎたり、酒に酔い過ぎたり、喧嘩などで怪我をする者だっているだろう。
救護の方には治癒魔法の得意な者が割り振られるので、カルセドニアはそちらへ回されるに違いない。
「他には、各神殿が主催する催し物じゃな」
「どんなことをするんですか?」
「毎年、太陽神の神殿は庶民が参加する競技会じゃの。これは貴族たちのような剣や騎乗槍の試合ではなく、素手による競技の大会じゃ」
ジュゼッペによると、この国には「ギッシュ」と呼ばれる独特の競技があるらしい。
辰巳が聞いたところによると、この競技はレスリングに似たもので、立った状態で組み合い相手の背中を地面に着けた方が勝ちとなる。
その際、相手を殴る蹴るなどの直接的な打撃も認められており、その分レスリングよりも過激な競技と言えるかもしれない。
太陽神の神殿は、毎年このギッシュの大会を主催するのだそうだ。
「宵月神の神殿では、郊外の森の中で宝探しをするんじゃ。ちょっとした罠なども配置して、それらを潜り抜けて宝を探し出し、見つけた宝は自分の物になるという寸法じゃな」
とはいえ、宝と言ってもそれほど高額なものではなく、辰巳の感覚で言えば商店街の福引きの景品のようなものばかりらしい。
だが、一点だけ高額な宝が隠されており、それを目当てに毎年たくさんの参加者が集まって盛況を見せるという。
これもまた、商店街の福引きで言えば特賞のハワイ旅行といったところか、と辰巳は納得した。
しかし、郊外の森はかなり広いので、宝を見つけることはなかなか難しいのだそうだ。特に特賞は念入りに隠されるため、特賞を見事に探し出した者は過去に数人しかいないとか。
しかも郊外の森が舞台なので、いくら警備の神官戦士を各所に配置しても、時には危険な獣と鉢合わせして怪我をしたり、極稀にだが命を落とした参加者も過去にはいる。
それでも尚、この催しへの参加者は毎年たくさん集まるらしい。
「海洋神の神殿では競技的な催しはなく、毎年無料で酒と食事を提供しておる。年に一度の祭りとはいえ、街の住民も裕福な者ばかりではないからのぉ。これもまた庶民たちからは評判がいいんじゃ」
王都やその近郊に暮らす者たちも、決してその全てが生活に余裕があるわけではない。
中にはその日の暮らしにも困っている者だっている。そのような者たちにとって、海洋神の神殿が振る舞う祭りの酒や料理は格別なものなのだ。
「それで、サヴァイヴ神殿はどんな催しを?」
「うむ、我が神殿では今年一年の間に生まれた赤子に、儂自らが神の祝福を与える儀式を執り行っておる。無論、今年も行う予定じゃが、今年は他にもやろうと思っておることがあっての」
ジュゼッペがにやりとした笑みを浮かべた。
──あ、これは何か企んでいるな。それも結構たちの悪い部類のものを。
思わずそんな考えが辰巳の頭を過る。それが理解できるぐらいには、ジュゼッペとの付き合いも深くなっている。
「それにはどうしてもおぬしの協力が必要での」
ジュゼッペの笑みが更に深まる。とはいえ、辰巳にはここで嫌だと言えるわけがなく。
辰巳は嫌な予感を感じながらも、ジュゼッペの話を聞いた。
それを聞いた彼の顔には驚愕と当惑が浮かび、最後にはなぜかその顔を真っ赤に染めた。
「ちょ、ちょっと待ってください、ジュゼッペさんっ!! ほ、本気でそんなことをやらなくちゃいけないんですかっ!?」
「うむ。できれば、婿殿にやって欲しい。これまで我が神殿の祭りでの催しは、他の三神殿に比べて何とも地味じゃった。儂としてはそれが納得できず、本当はもっと派手なことがしたかったんじゃ。じゃが、頭の固いの高司祭たちは伝統やら教義やらと何かと煩い。最高司祭という立場上、儂自らが神殿の伝統や教義を崩すわけにはいかず、これまでずっと我慢しておった。じゃが────」
どこか遠い所を見つめながら語っていたジュゼッペが、晴れやかな笑顔で辰巳へと向き直った。
「────今年はおぬしがおる。おぬしが現れてくれたお陰で、神殿の伝統や教義を崩すことなく派手な催しを執り行える」
「で、でも……その企画なら……べ、別に俺たちじゃなくても……」
「いや、やはりここは知名度のある者たちでなくてはの。その方が派手に盛り上がるというものじゃわい。幸い、おぬしたちは十分に知名度もあるし、しかも儂の身内も同然。一番最初は身内で試用を行うと言えば、神殿の頭の固い連中も納得するじゃろう。そして、この催しが派手に盛り上がれば……以後は新たな伝統としてこの神殿に根付くわけじゃて。頼む、婿殿。ここは承知してくれんかの?」
ジュゼッペは辰巳に向かって、深々と頭を下げた。
恩人とも言えるジュゼッペにここまで言われ、そしてサヴァイヴ神殿の最高司祭に頭まで下げられては、辰巳としても断るわけにはいかない。
それでも辰巳はすぐに返事をすることをせず、あーとかうーとか言いながら部屋──いつもジュゼッペから講義を受ける部屋──のあちこちに視線を彷徨わせていた。
だが、辰巳自身分かっている。
最早ジュゼッペの要請を受けるしかないことに。そしてそれは、同時に彼にとってもしっかりとしたけじめを付けることにもなる。
「……わ、分かりました……そ、それで……向こうの準備は……?」
辰巳は真っ赤になったままようやくそれだけのことを言った。
「その点は婿殿が心配する必要はない。全ては儂らが手を回してこっそりと準備を進めておく。確か、こういうのをおぬしの世界の言葉で、『さぷらいず』とか言うんじゃったか? うむうむ、年甲斐もなく今から祭りが楽しみでたまらんわい」
とジュゼッペは、祭りを前にした子供のような表情を浮かべた。