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もう一人の魔力使い

 前話にて、投稿したものが途中で途切れておりました。

 現在は修正が済んでおりますので、お手数ですがもう一度お目通しいただけると幸いです。


 本当にスマヌ! もうしないように注意するから!

「え……っ!? ミルイルが俺と同じ魔力使い……?」

 驚いて尋ね返す辰巳。そして、辰巳の言葉に黙って頷くカルセドニア。

 エルが精霊の声を聞きながら一行を魔獣の元へと先導し、そのすぐ後をジャドックとミルイルが並んで歩いている。

 そこから少し離れて、辰巳とカルセドニアが殿を務めていた。

「はい。さきほど、彼女は自分の魔法が我流だと言いました。詠唱魔法の呪文は全て完成されたものであり、我流で使うようなものではありませんから」

「つまり、我流ってことは呪文を使わない……俺と同じ魔力使いってことか。でも、ミルイルの魔法が精霊魔法ってことはないかな?」

「もしもミルイルさんの魔法が精霊魔法ならば、女将さんが気づかないはずがありません」

 エルは精霊魔法の開祖である。カルセドニアの言う通り、ミルイルが精霊魔法を使うのならば、エルが気づかないはずがない。

「それに、ミルイルさんは魔法の持続時間が短いとも言っていました。これもまた、彼女が魔力使いだからだという証左であると思います」

「なるほど。魔力使いは魔力を常に放出しっぱなしだからな」

 辰巳もカルセドニアの話を聞き、彼女の推測が正しいだろうと思う。

 呪文を使うことなく魔力を直接用いる、いわば旧来の魔法。その効果を発揮させ続けるためには、術者は常に魔力を消費し続ける。そのため、すぐに魔力切れを起こすのだ。

 例外は辰巳のような外素使いだが、ミルイルは外素使いではないのだろう。

「じゃあ……ミルイルが自分の魔法について何も言わないのは……自分が魔力使いだからか?」

「そこまでは分かりません……それに……」

 首を傾げるカルセドニア。いつものように、頭頂のアホ毛がひょこんと揺れる。

 彼女が視覚に意識を集中させると、少し前を歩くミルイルの身体から発せられる魔力光が見えた。

 その色は薄い青に僅かな赤味を混ぜたもの。カルセドニアは、これまでそのような色の魔力光を見たことがない。

「……青い魔力光からして、ミルイルさんの系統は〈水〉の派生系統のどれかだとは思いますが……」

 おそらく、ミルイルの魔力系統は極めて稀な系統なのだろう。

 稀な魔力系統となると、辰巳の〈天〉と同じように呪文を研究開発する者もいない。そのため、稀な魔力系統を持つ魔法使いは、総じて魔力使いとなる場合が多い。

「……まあ、ミルイルの魔法の具体的なことは分からないが、作戦はそのままだ」

「はい」

 返事と同時にカルセドニアが微笑む。

 例えどんなに強敵が待っていようとも、辰巳がいれば……〈魔〉にとって天敵とも言える彼がいれば、敗北することはあり得ない。カルセドニアはこの時そう確信していた。


──そう。

 この時は、まだ────




 がぁぁぁぁんという轟音。

 同時に、周囲に迸る閃光。

 その轟音と閃光の正体は、一定範囲に雷の雨を降らせるカルセドニアの《雷雨》の魔法だ。

 そして、轟音と閃光が止むと同時に、今度は氷雪の嵐が吹き荒れた。

 氷雪嵐を繰り出したのはエル。彼女が契約している氷の精霊の力を借り、氷と雪の嵐を巻き起こす。

 だが、カルセドニアとエルの魔法が標的を捕えることはなかった。

 彼女たちの標的──〈魔〉が憑いた大雪蜥蜴は、雪の上を自在に飛び回り、魔法の照準を易々と躱してしまう。

「このっ、すばしっこい奴っ!!」

 エルがやや口汚く吐き捨てる。

 カルセドニアとエルが何度魔法を放っても、大雪蜥蜴はその全てを回避していた。

 辰巳たちが立てた作戦の概要は、カルセドニアとエルという卓越した二人の魔法使いの魔法で大雪蜥蜴を弱らせ、その後にジャドックとミルイルが大雪蜥蜴に止めを刺す。そして大雪蜥蜴から離れた〈魔〉を辰巳が消滅させる、というものだった。

 だが、その作戦は第一段階で早くも崩壊してしまった。

 標的の大雪蜥蜴は、カルセドニアやエルの想像以上の敏捷性を有していたのだ。

 カルセドニアもエルも、これまでに大雪蜥蜴と対峙し、倒した経験はある。

 その経験を元に、〈魔〉が憑いたことによる上方修正を加え、大雪蜥蜴の大体の能力を予測していた。

 しかし、実際に対峙した時、今回の大雪蜥蜴の能力はその予測を大幅に上回っていたのだ。

 そのため、遠距離からの魔法攻撃では標的を捕えることができず、無駄に魔力を消耗させるだけに終わる。

 そして、ジャドックとミルイルという接近戦組もまた、大雪蜥蜴の異様な速さに近づくことさえできない。

 今もジャドックが両手用の戦斧と二振りの戦槌を振りかざして駆け寄るものの、雪の上を軽快に飛び跳ねる大雪蜥蜴は、彼をあざ笑うかのように戦斧の攻撃圏内の外へと逃げて行く。

 ミルイルもまた敵を捕えることができず、当初予定していた魔法を発動させる機会を掴めないでいた。




 時間は少し遡って。

 エルを先頭に森の中を進む辰巳たち。と、不意にエルが足を止め、鋭い視線を周囲に飛ばした。

「……近くに何かいます……! 気をつけてください……!」

 何が、とは聞くまでもない。辰巳、カルセドニア、ジャドックもまた、エルと同様に周囲の気配を伺う。

 そんな中で。

 ミルイルだけが背負っていた背嚢を背から下ろすと、そのまま雪の中へと投げ捨てた。

「お、おい、ミルイル……?」

 周囲の様子を探りつつ、辰巳が尋ねる。

「気にしないで。ああしておかないと…………私が魔法を発動した時、身に着けているものは全部壊れちゃうから……雪の中で見失わないように、背嚢には目印を付けておくから」

 頬をやや赤らめつつミルイルは言う。

 見れば、確かに雪の中に投げ捨てられた背嚢には、赤い布が巻き付けてある。あれが彼女の言う目印なのだろう。

 今、彼女は衣服と防寒用の外套を纏っているだけで、鎧の類は身に着けていない。彼女の言葉が本当なら──疑う余地もないのだが──、魔法を使うことを前提にしているため、壊れてしまう鎧は最初から着用していないに違いない。

 そして、彼女の手には彼女の身長よりも長い槍。どうやら彼女は槍を主に使うようだ。

 ちなみに、前回の大雪蜥蜴との遭遇で所持金も所持品も全て失ったミルイルは、今回の作戦のためにカルセドニアから金を借りて装備を整えていた。

 辰巳とジャドックの装備はいつもの煮固めた革鎧とそれぞれの武器という出で立ちであったが、エルは白く染めた柔らかな革鎧を装備し、その上から防寒用の外套を羽織っている。腰に小剣を佩いてはいるが、あくまでも護身用に過ぎない。

 カルセドニアは鎧らしいものは身に着けていない。だが、彼女が防寒用の外套の下に着ているものは、一見すると灰色の装飾のない単なるローブのように見えるが、これは魔封具であり、そこらの金属鎧よりも遥かに高い防御力を誇る。

 また、その手には拗くれた一本の古ぼけた杖。だが、この一見古ぼけただけの杖もまた魔封具であり、カルセドニアの魔力を高める効力を持つ。

「タツミさんとミルイルさん、お喋りはそれぐらいに……」

 エルが二人を窘めようとした時、不意に言葉を途切らせて頭上を振り仰ぐ。

 他の面々も同様に上──樹上を見上げれば、周囲の樹の上から数頭の雪蜥蜴が落下してきた。

「大雪蜥蜴じゃない……普通の雪蜥蜴ねっ!?」

「群れの生き残りを呼び集めた……ってとこかしら?」

 それぞれの得物を手に、ジャドックとミルイルが落下してくる雪蜥蜴を素早く迎撃する。

 件の大雪蜥蜴は、それまで群れの同族を食糧としてしか見ていなかったようだが、ミルイルに手傷を負わされたことで、彼らを自分を守る兵隊として活用することにしたのだろう。

 ミルイルの長槍が見事に雪蜥蜴の喉元を貫き、ジャドックの戦斧が雪蜥蜴の頭部を粉砕する。

 それでも、全ての雪蜥蜴を迎撃できたわけではない。無事に雪の上に着地した雪蜥蜴たちは、ぎょろりとその目をカルセドニアとエルへと向けた。

 接近戦には向かない二人を守るべく、カルセドニアたちと雪蜥蜴の間に辰巳が立ち塞がる。

 そして剣を引き抜き、雪蜥蜴たちへと向けて駆け出そうとした時、彼の左右を電光と氷の矢が駆け抜け、迫る雪蜥蜴を一撃で葬り去った。

 辰巳がきょとんとした顔で背後を振り向けば、二人の魔法使いたちが微笑んでいた。




 普通の雪蜥蜴では辰巳たちの敵にはならない。

 しばらく雪蜥蜴との交戦していると、突然獣の咆哮が響き渡った。辰巳たちも聞き覚えのある、大雪蜥蜴の咆哮だ。

 その咆哮を聞いた雪蜥蜴たちが、戦うことを止めて逃走に移る。

「……大雪蜥蜴が仲間たちに撤退を命じた……ってトコからしらん?」

 戦斧を振ることを止め、戦斧を肩に担いだジャドックは、逃げる雪蜥蜴を目で追う。

「どうするの、カルセちゃん? このまま黙って見逃す? それとも追撃する?」

「深追いは止めましょう。ですが、今の咆哮で大雪蜥蜴のいる大体の方角は掴めました。周囲を警戒したまま、そちらに向かいましょう」

 カルセドニアの判断に、他の面々は頷いて見せる。

 それから一行は、隊列を変更してすぐに移動を開始した。

 今度の先頭はジャドックとミルイル。そのすぐ後にカルセドニアとエルの後衛組。そして、殿には辰巳。

 一行は先程の咆哮と雪蜥蜴たちの足跡を頼りに、雪の積る森の中を進む。

 そして、辰巳の感覚で10分ほど歩いた時、それは起こった。

 突然雪の中から大雪蜥蜴が現れて、一行を襲ったのだ。どうやら雪の中に隠れ潜み、辰巳たちが通りかかるのを待ち構えていたらしい。

 魔物が狙ったのはミルイル。彼女に傷つけられたことを覚えていたのか、それとも一番狙いやすいと判断しただけなのか。

 突然横合いからミルイルに襲いかかる大雪蜥蜴。ミルイルは突然のことすぎてそれに全く対応できない。

 涎にまみれた鋭い牙が、鎧を着ていないミルイルに襲いかかる。

 牙が彼女の身体に食い込み、周囲に真紅の血が飛び散る──と思われたが、大雪蜥蜴の牙は虚しくもがちんと何も捕えることなく閉じられた。

 ふと、カルセドニアが大雪蜥蜴の背後へと目を向ければ、そこにミルイルを抱き抱えた辰巳の姿があった。

 辰巳は大雪蜥蜴の奇襲を感知した瞬間、ミルイルの傍らへと転移し、そこからミルイルと共に再び大雪蜥蜴の背後へと転移したのだ。

「旦那様っ!! ミルイルさんっ!!」

「俺とミルイルは大丈夫っ!! それより、作戦通りに行くぞっ!!」

 心配そうなカルセドニアの声に辰巳が応え、辰巳たちは事前の打ち合わせ通りに展開する。

 カルセドニアが呪文を詠唱し、エルが契約している精霊を呼び出す。

 そしてジャドックとミルイルが、魔法を放つまで無防備になる魔法使いたちの警護に当たる。

 まず、最初に放たれたのはエルの精霊魔法だった。

「るーらんくんっ!! お願いっ!!」

 エルの指先に子供の頭部ほどの大きさの光の玉が現れる。これがエルと契約を交わしている光の精霊の「るーらん」だ。

 るーらんがふるふるとその身体を震わせると、その周囲にるーらんよりも小さな光の玉が無数に現れた。そして一際るーらんが大きく身体を震わせた時、小さな光の玉たちが一斉に解き放たれ、大雪蜥蜴目がけて突進した。

 小さな光の玉──光弾は様々な軌道を描きながら大雪蜥蜴へと殺到する。

 光弾が大雪蜥蜴の身体に命中すると思われた瞬間、大雪蜥蜴はぎりぎりのところで大きく頭上へと跳躍し、光弾の雨を回避した。

 標的を見失った光弾たちは、互いに衝突して弾け合い、そのまま消滅していく。

 頭上へと舞い上がった大雪蜥蜴。しかし、空中では身動き取れない。そこを狙ったカルセドニアの掌から紫電が放たれた。

 空気を切り裂き、空中の大雪蜥蜴へと襲いかかる紫電。だが、大雪蜥蜴はその長くてしなやかな尻尾を巧みに操り、空中で姿勢を変えると手近にあった樹を蹴って再び跳躍、迫る紫電までもを躱してみせた。

「そ、そんな──」

「空中で……空中であんな出鱈目な動きを──」

 呆然としたのは、魔法を放った魔法使いたちだった。必中の意志を込めて放った魔法が、ことごとく回避されてしまったのだ。

 普通の雪蜥蜴ならば、いや、大雪蜥蜴でさえ躱すのは不可能だと思われる二人の魔法攻撃。

 それをこうもあっさりと躱されて、思わずカルセドニアとエルの動きが止まる。

 狡猾な魔物がそれを見逃すはずもなく、再び樹を蹴った大雪蜥蜴が、頭上から二人へと襲いかかる。

 ぎらりと輝く大雪蜥蜴の後脚の爪。このままでは、カルセドニアとエルは大雪蜥蜴の鋭い爪で引き裂かれるだろう。

 しかし、大雪蜥蜴の爪が二人を捕えるより直前、その二人の姿が掻き消えた。もちろん、再び辰巳が二人を抱えて転移したのだ。

 大雪蜥蜴から距離を取り、両手にカルセドニアとエルを抱き抱えた辰巳が姿を見せる。

「……カルセ。どうやら、俺たちの方が魔物に嵌められたらしいぞ……」

 大雪蜥蜴から目を放すことなく、辰巳が告げた。

 そしてカルセドニアも、雪の上に足を下ろした時、辰巳の言いたいことを悟った。

「…………この辺り……雪が他よりもすごく柔らかい……?」

 どうやらこの一帯は雪が吹き溜まる場所のようで、降り積もった雪が全て柔らかいままだ。しかも雪がまだ新しいようで凍っておらず、いわゆるパウダースノーの状態である。

 辰巳たちは柔らかい雪に足を取られ、一層移動に制限がかかる。特に接近戦を主とするジャドックとミルイルは、その機動力を大幅に削られたことになるだろう。

 対して雪原に適応している大雪蜥蜴は、柔らかな雪にも足を取られることなく移動できる。しかも先程見た通り、この魔物は通常の大雪蜥蜴よりも遥かに敏捷性に優れているようで、足場の悪さの差がより大きく現れる。

 それらを見越して、この魔物はこの場所に隠れ潜み、辰巳たちをここへと誘き寄せたのだろう。

 気づけば数頭の雪蜥蜴が大雪蜥蜴の周囲に集まり、牙を剥いて辰巳たちを威嚇する。

 カルセドニアとエルという卓越した魔法使いと、ジャドックとミルイルという接近戦重視の戦士たち。そして、〈魔〉の天敵ともいうべき〈天〉の魔法使いの辰巳。

 最初こそ楽勝の雰囲気を感じていた彼らも、ここへきて思わぬ苦境に陥ったことを嫌でも悟るのだった。


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