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大雪蜥蜴

 茂みの奥から現れた全裸の女性。

 彼女は辰巳たちを見ると驚いて目を見開いたが、直後に安堵の表情を浮かべながらへなへなとその場に崩れ落ちた。

 そして、そのまま気を失ってしまう。

「あ、あの……? だ、大丈夫ですか……?」

 倒れた女性に駆け寄ろうとした辰巳だが、不意にその視界が闇に閉ざされる。

 何事かと一瞬焦るものの、背後から聞こえてくる声にすぐに落ち着きを取り戻した。

「だ、駄目ですっ!! 旦那様は私以外の女性の裸を見てはいけませんっ!! 裸が見たいのなら私がいつでもどこでもお見せしますから、他の()()の裸は見ちゃ駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 辰巳に背中から抱き着くようにして、彼の目を両手で押さえているのはもちろんカルセドニア。

 背中越しに感じられる彼女の体温。もしも今、二人が革鎧を装備していなければ、辰巳はその背中でカルセドニアの柔らかな胸の感触を味わえただろう。

 そのことを少しばかり残念に感じながら、辰巳はきっと呆れているであろうジャドックへと声をかけた。

「あ、あー、ジャドック。悪いけど、あの女性のこと、頼めるか?」

「んもう、仕方ないわねぇ」

 答えたジャドックの声には、明らかに呆れの響きが含まれていた。

 だが、視界を閉ざされている辰巳と、辰巳の目を押さえることに夢中のカルセドニアは気づいていない。

 ジャドックが呆れながらも、微笑ましげな表情を二人に向けていることに。

「じゃあ、アタシがあの女の人を介抱するから、カルセちゃんはその間にタツミちゃんを向こうに連れていってね。その後で、カルセちゃんの力を借りることになるかもしれないわ」

 一見したところ外傷のようなものは見当たらないが、もしかすると骨折などの怪我をしているかもしれない。

 そうなると、治療するにはカルセドニアの治癒魔法に頼ることになる。

 辰巳を引っ張って遠ざけていくカルセドニアに苦笑を浮かべながら、ジャドックが倒れている女性へと歩み寄ろうとした時。

 辺りの木々を震撼させる咆哮が響き渡った。




 思わず腰を落として武器を構え、油断なく周囲の気配を探るジャドック。

 どんな獣の咆哮かは判断できないが、それでも咆哮の聞こえてきた方角は分かる。

 間違いない。今の咆哮は、先程の裸の女性が現れた方角だ。

 となれば、あの裸の女性と先程の咆哮の主が無関係とは考えづらい。理由は定かではないが、おそらくあの女性は咆哮の主から逃げてきたのだろう。

「カルセちゃん」

 ジャドックは茂みの奥へと目を向けたまま、背後のカルセドニアへと問う。

「あの咆哮……どんなヤツが上げた咆哮か……分かる?」

 問われたカルセドニアも辰巳から離れ、油断なく周囲に気を配りながらも僅かな時間思考の海に沈む。

「……はい。今の咆哮、以前にも聞いた覚えがあります。あれはおそらく大雪蜥蜴のものでしょう」

「大雪蜥蜴?」

 大雪蜥蜴とは、その名前の通り大型の雪蜥蜴である。

 通常の雪蜥蜴より二回りは大きな巨躯を誇る、雪蜥蜴の群れを統べるボスである。この大雪蜥蜴に率いられた群れは、通常の群れより個体数も多く、時には統率された動きを見せてより手強い存在となる。

「ですが、この雪蜥蜴の群れの数……大雪蜥蜴が率いる群れにしては、数が少ないように思えますね」

 カルセドニアが、周囲に散らばる雪蜥蜴の骸を眺めながら言う。

 辰巳とジャドックが倒した雪蜥蜴の群れ。その数は通常の群れよりも小規模で、大雪蜥蜴が率いる群れにしては圧倒的に数が少ない。

「……そんなことは後で考えましょう。今はそれより……」

 ジャドックは武器を構えながら、じりじりと辰巳やカルセドニアのいる場所へとゆっくり後退する。

「……私たちで勝てるかしら? その大雪蜥蜴を相手にして」

 再び問われたカルセドニアが素早く思考する。

 辰巳とジャドック、そして自分がいれば、相手が大雪蜥蜴でも遅れを取ることはまずないだろう。

 だが、例え自分たちが勝利するとしても、それは大雪蜥蜴を圧倒して瞬殺できるほどではない。

 時間をかけて慎重に戦い、少しずつ相手の体力を削り取って何とか勝てるというレベルだ。

 だが、ここで時間をかけるわけにはいかない。彼らの目の前には、雪の上に裸で倒れている女性がいる。

 当然、あの女性を庇いながら戦うのは難しいし、長時間、彼女を裸のまま雪の中に放ったままにしておけば、そのまま彼女は凍死してしまう可能性だってある。

「…………勝てなくはありませんが、ここはあの女性を連れて撤退を選択する方が賢明ですね」

「やっぱりそうよね」

 彼らがここで大雪蜥蜴を相手にする必要はないのだ。

 辰巳たちが雪蜥蜴狩りに来たのは、依頼ではなく自主的なもの。ならばこのまま街に逃げ帰っても、一向に構うことはない。

 問題があるとすれば、王都の近くに大雪蜥蜴が現れたという事実ぐらいか。

 だが、それも無理に強敵と戦うよりは、〔エルフの憩い亭〕に戻って大雪蜥蜴の存在をエルに伝えた方がいい。

 〔エルフの憩い亭〕の常連には腕利きの魔獣狩りが多い。エルから常連たちに話をしてもらえば、すぐにでも大雪蜥蜴を狩ることのできる魔獣狩りが動き出すだろう。

「仕方ありません。旦那様、今は非常事態です。大至急、倒れているあの女性をここまで連れて来てください」

「了解した」

 ジャドック同様、武器を構えて辺りを警戒していた辰巳。彼はカルセドニアに言われるとすぐに倒れている女性の元に転移し、女性と一緒に再び転移でカルセドニアの傍へと戻って来る。

「ジャドック! こっちに来てくれ!」

「了解よん」

 一緒に転移してきた女性をカルセドニアが外套で包み込んでいる間に、辰巳はジャドックを呼び寄せる。

 外套に包んだ女性を抱き抱えたカルセドニアを右腕で抱き寄せ、傍まで来たジャドックに左腕で触れる。

「慣れないとちょっと目が回るかもしれないぞ」

「え? 何なに? アタシに何をする気なのぉ?」

 分かっているくせにわざと巫山戯るジャドックを無視して、辰巳は周囲に満ちている魔力を吸収する。

 三人もの人間── 一人は亜人だが──を自分と一緒に転移させるのは、さすがの辰巳でも重労働だ。

 一気に跳べる距離も落ちるし、消費する魔力も増える。それでも、今は多少の無理は覚悟するべきだろう。

 辰巳は仲間たちの存在をしっかりと認識しつつ、《瞬間転移》を発動させた。




 意識がゆっくりと浮上し、それに合わせるように目蓋を開くと。

 淡い金色の髪で蒼い瞳の綺麗な女性が、心配そうに自分の顔を覗き込んでいることに彼女は気づいた。

「あ、気がつきました?」

 彼女が目を開いたことに気づき、金髪の女性が穏やかに微笑む。

 徐々に意識が明確になるにつれ、自分が寝台の上に寝かされていることに彼女は気づく。

「…………ここは……?」

「ここは〔エルフの憩い亭〕という酒場兼宿屋です。私はこの店の主のエルルーラ・ザフィーラ・フィラシィルーラ・アカツカ。長くて呼びづらければ、エルと呼んでください」

 笑みを深めるエルと名乗った女性。よく見れば彼女の耳は長い。どうやらエルフのようだ。

「……〔エルフの憩い亭〕……?」

 その名前は彼女も聞き覚えがあった。

 腕利きの魔獣狩りが多く集まる、王都でも有名な酒場の一つ。

 いつかは自分たちもそんな有名の酒場に出入りしたいな、と彼女もよく仲間たちと話していたものだ。

 と、そこまで考えて彼女の脳裏に閃光が走った。

 一際巨大な雪蜥蜴。

 周囲に散らばる、食い荒らされた普通の大きさの雪蜥蜴たち。

 巨大な雪蜥蜴は、自分たちに気づくとまるでほくそ笑むような表情を浮かべた。

 自分たちをねぶるように見つめる、巨大な雪蜥蜴の真紅に輝く目──── 

「ああああああああああああああああああっ!!」

 彼女は悲痛な悲鳴を上げ、寝台の上で何かから身を守るように、無意識の内にその身をぎゅっと丸めた。




「……うぅぅぅん……まだ頭がくらくらするわ……」

 〔エルフの憩い亭〕のテーブルの一つを占領し、四本の腕を持つ大柄な男性がテーブルに突っ伏して呻き声を上げていた。

「ほら、水もらってきた。飲めば少しはすっきりするんじゃないか?」

 そんな男性の頭付近に、一人の青年が水の入った木製のジョッキを置く。

「ありがと、タツミちゃん……でも、あんなに気持ち悪くなる転移を何度も繰り返して、タツミちゃんってばよく平気ねぇ……」

 感心しているのか、呆れているのか。判断できない口調で四本腕の男性──ジャドックが呟く。

「うーん……俺ってジェットコースターとかの絶叫系って全然平気だったしな。もしかしたら、生まれつき三半規管が丈夫なのかも」

「……タツミちゃんって、時々理解できないことを言うわよね……」

 頭を起こす気力もないようで、ジャドックがテーブルに突っ伏したまま言う。

 そんなジャドックに苦笑しながら、辰巳は彼と同じテーブルに腰を下ろす。

 と、横から何かが凭れかかってくる。

「ああ……私も気分が悪いです……介抱してください」

 気分が悪いどころか、明らかに声に喜色を含ませているのはもちろんカルセドニアだ。

 小鳥が身体をすり付けて甘えるように、カルセドニアはアホ毛をひょこひょこ揺らしながら辰巳にしなだれかかる。

 そんな彼らの様子を、近くにいた魔獣狩りたちが冷やかしたり生暖かい視線を向けたりしているが、カルセドニアは気にもしない。

 そんな想い人に困ったような顔をしながらも、辰巳はカルセドニアのしたいようにさせた。

「…………大丈夫かな、あの人……。一体、何があったんだろう?」

「怪我の方はそれ程酷いものはありませんでした。もちろん、掠り傷や軽い切り傷は身体のあちこちにあったし、古い傷跡もありましたから……あの女性、おそらく魔獣狩りでしょうね」

 何度も転移を繰り返し、街に戻って来た辰巳たち。彼らは直ちに〔エルフの憩い亭〕へと飛び込み、目を丸くして自分たちを見ているエルに事情を話した。

 話を聞いたエルは、女性の従業員に命じて気を失ったままの女性を宿の一室に運び込むと、カルセドニアと共に女性の介抱に当たった。

 カルセドニアとエルが女性の様子を調べたところ、軽い傷はあっても重傷はないようで、カルセドニアの魔法によって軽傷の方もすぐに治療された。

 あとは女性が目を覚ますのを待つしかない。女性の世話をエルに任せて、カルセドニアが辰巳たちの待つ酒場へと戻って来たのは先程のことだ。

「……何があったのかは、あの女の人が目を覚ませば何かわかるだろう」

 辰巳とカルセドニア、そしてジャドックの目が、二階へと続く階段へと向けられた。

 その後、血相を変えたエルが慌ててその階段を駆け下りて来たのは、それからもうしばらくしてのことだった。


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