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仲間候補

 〔エルフの憩い亭〕で薬草採集の依頼を受けた辰巳は、カルセドニアと共に一度自宅へと戻った。

 辰巳は屋根裏の物置部屋から装備一式を引っ張り出してくると、カルセドニアに手伝ってもらいながら一つずつ身に着けていく。

 煮固めた革鎧、円形の盾、そして片手用の剣。

 これらの装備は、全てカルセドニアから贈られたものだ。

 辰巳が魔獣狩りとして活動する際に、少しでも彼の助けになるようにとのカルセドニアの願いが込められた、かなり上質な武具である。

 とはいえ、最上級の物ではない。だが、駆け出しにしては十分上級な武具の範疇に入るだろう。

 辰巳は他にも背嚢や小袋、水袋にナイフや剣鉈などの装備を身に着けると、最後にカルセドニアにチェックをしてもらう。

「はい、大丈夫です。ですが、くれぐれも注意を怠らないでくださいね?」

「ああ、分かっているって。ところで、カルセは家で待っているんだろ?」

「私が同行すると旦那様の移動速度が落ちてしまいますから。今日は単なる薬草の採集ですし、家に残って夕方の食事の準備をしています」

「そうか。カルセ一人ぐらい抱いたまま転移してもそれほど差はないけど……カルセの作る食事は美味いからな。帰ってくるのが楽しみだよ」

「そう言っていただけると……そ、その……嬉しいです……」

 辰巳に誉められて、カルセドニアは嬉しそうに頬を赤らめる。

 この時、その脳裏に辰巳に抱き抱えられた自分──お姫様だっこで──を、こっそりと思い描いていたのは乙女の秘密である。

「じゃあ、行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃい」

 二人の唇がどちらからともなく近づいてゆき、やがてその距離はゼロになった。




 レバンティスの街の大通りを、辰巳はゆっくりと歩いて行く。

 今日はまだまだ日が高い。エルから聞いた薬草の生えている地域までは、街を出てから転移すれば十分だろう。

 そう判断した辰巳は、しっかりと雪かきのなされた大通りを歩く。

 しかし。

 辰巳は自分の背後に、数人の人間が後をつけてきていることに気づいていた。

 大通りに端に並ぶ露店の商品を覗く振りをしながら、横目で背後を確かめて見れば、そこには〔エルフの憩い亭〕で見かけたことのある数人の魔獣狩りの姿があった。

(なるほど。俺がどうやって短時間に薬草を探すのか……その方法を調べるつもりだな)

 エルも言っていたように、この季節の薬草採集は意外と割がいい。

 寒い時期は薬草の生える数がどうしても減るし、生えていたとしても雪の下なので、採集するには時間と労力が必要となる。

 そのため、この時期の薬草は軒並値上がりするのだ。

 もちろん、雪の降る前に採集した薬草を乾燥などの処理をしたものもある。だが、薬草の中には保存の効かない種類もあるので、そういったものは採集品に頼らざるを得ない。

 そうした薬草の採集が、今回の辰巳の依頼の内容である。

 彼の後をつけている魔獣狩りたちは、この割のいい時期の薬草採集で辰巳のやり方を真似て、他の時期よりも効率よく稼ぐつもりなのだろう。

(ま、ついて来るのは自由だけど……そっちに合わせてやる必要はないよな?)

 辰巳は毛皮の前をしっかりと合わせて寒さを凌ぎながら、ゆっくりとその体内に魔力を蓄えていった。

 他人の技術を盗むのは、向上心の表れであって決して悪いことではない。それは辰巳も理解している。

 とはいえ、辰巳の転移系の魔法は真似しようにも真似できるものではないし、勝手について来る連中のペースに合わせてやる必要もない。

 ゆっくりと大通りを南門に向かって歩きながら、辰巳は背後の気配に注意を向ける。

 元より相手も尾行を隠すつもりはあまりないらしく、辰巳から少し離れた所を彼と同じペースでついて来る。

(さて、どこまでついて来るつもりなのか……)

 辰巳は門を出た所で、蓄えておいた魔力を一気に解放した。




 最近〔エルフの憩い亭〕に出入りするようになった、とある一人の若い魔獣狩り。

 いや、まだ何の実績もないところから、魔獣狩りの見習いと言っても差し支えはないだろう。

 その見習いが〔エルフの憩い亭〕の女主人と実に親密であることが、この店の常連たちの一部の心を逆撫でていた。

 その一部の常連たちは、〔エルフの憩い亭〕の女主人の人柄と美貌にすっかり惚れ込んで、この店で仕事を受けるようになった者たちである。

 もちろん、女主人が未亡人であり、死に別れた夫にいまだに気持ちを残していることは皆が知っている。

 彼らは、いや、彼ら以外にも、女主人にその想いを打ち明けた者はいくらでもいるのだ。しかし、誰一人として彼女が首を縦に振った者はいない。

 彼女は常に、誰とでも「酒場の主とそこに出入りする客」という立場を崩すことなく、時に親身に、時に厳しく接してくれる。

 そんな彼女だからこそ、あの店に出入りする常連たちは、彼女のことを信頼し、中には信奉までしている者もいるのだ。

 その彼女と必要以上に親しくする新入り。その存在が、彼女の信奉者たちの気持ちを苛立たせるのは当然というものだろう。

 信奉者の中には、あの新入りとどんな関係なのかと女主人に直接尋ねた者もいた。

「そうですねぇ……彼は私の主人と故郷が一緒なので、ちょっと親近感があるんですよ。それに……もしも私に息子がいたら……あの人との間に子供ができていたら、彼みたいな子に成長していたかもしれませんし。そう思うと、ちょっと放っておけないんですよね」

 子供の成長を見守る、親戚の小母さんの心境といったところですかね、と彼女は笑いながら続けた。

 どうやら、あの新入りに対して色恋の気持ちはないと知り、信奉者たちは揃って胸を撫で下ろしたものだ。

 それでも、時に自分たちには理解できない他国の言語で、女主人と楽しそうに会話する新入りを見る度に、彼らは嫉妬の炎を燃やした。

 しかも、その新入りは常に傍らに美女を連れている。

 互いに同じ意匠の耳飾りを着けているところから、二人が婚約していることはすぐに分かった。

 あんな美人の婚約者を連れていながら女主人と親しくしていることが、信奉者たちの嫉妬の炎に更に油を注ぐことになり、後に隣の美女が巷で噂の「サヴァイヴ神殿の《聖女》」だと分かり、注がれる油の量が更に増えることになる。

 それでも、あの新入りに闇討ちなどを仕掛けようと考える者はいなかった。いや、心の中で闇討ちをした者ぐらいはいるだろうが、実際に行動に移したものはいなかったと言うべきか。

 〔エルフの憩い亭〕の女主人は、出入りする常連たちの諍いを非常に嫌う。仮にあの新入りを闇討ちし、そのことが女主人の耳に入れば、その闇討ちを実行した者は金輪際店への出入りを禁止されてしまうだろう。

 それに加えて、あの新入りがただの初心者でないことは誰に目にも明らかだった。

 確かにまだまだ未熟ではあるものの、決してただの素人ではない。彼を襲えば、手酷い逆襲を受けるかもしれない。

 しかも、彼の傍らには常に「サヴァイヴ神殿の《聖女》」がいるのだ。

 サヴァイヴ教団の最高司祭の身内である「サヴァイヴ神殿の《聖女》」。その《聖女》に間違って怪我でも負わせれば、それはサヴァイヴ神殿そのものを敵に回すことになりかねない。

 そんな状況で闇討ちを仕掛けるような愚か者は、さすがに〔エルフの憩い亭〕の常連には一人もいなかった。




 それでも女主人の信奉者の一部の中には、新入りに対しておもしろくない感情を抱えていた。

 そしてその新入りが今日、薬草採集の依頼を受けたことを、彼らは偶然にも聞いてしまった。

「……あいつ、この季節に薬草の採集なんて依頼を受けて……馬鹿じゃねえの?」

「あ? なんだ、おまえ知らないのか? あの新入り、この前女将さんから薬草採集の試練を受けて、すげえ短時間で果たして見せたんだぜ?」

「この時期に短時間で薬草を? 一体どうやって?」

「俺が知るかよ。あいつ、女将さんにもその方法を言わないんだ」

「どうせ、隣にいる『サヴァイヴ神殿の《聖女》』が、何か魔法を使ったんだろ? 炎の魔法で雪を溶かしたとかよ?」

「いや、その時、《聖女》はこの店に残って、あいつ一人で行ったんだよ。だから《聖女》は関係ない。そもそも炎の魔法で雪を溶かしたら、下手すりゃ薬草も一緒に燃えちまうじゃねえか」

「じゃあ、どうやって……?」

 彼らは互いに顔を見合わて首を捻る。新入りが薬草を短時間に採取した方法が見当もつかなかったからだ。

「なあ……? いっそあいつの後をつけて、その方法を突き止めないか? もしも俺たちにも真似できるような方法なら、この季節に薬草採集でいい稼ぎができるぜ?」

「そりゃあいい。この季節の薬草採集は馬鹿にならないからな」

 新入りの後をつけることにした彼らは、あれこれと手順を相談する。

 見たところ、例の新入りは今日は装備を身に着けていない。となれば、一度家なりに戻って準備を整えるだろう。

 薬草採集となると、場所は南の森付近。当然、街からは南門から出るに違いない。

 そう判断した彼らは、南門へと通じる大通りで新入りを待ち伏せし、その後をつけることにした。

 そんな彼らの予想は的中し、装備を身に着けたあの新入りが一人ゆっくりと歩いているのを彼らは見つけた。

「どうする? このままこっそりと後をつけるか?」

「なぁに、堂々とあいつの後をつけて行けばいいさ。相手の手の内を真似ることは決して悪いことじゃねえ。そもそも、俺たち魔獣狩りは他人の行動を真似て技術を身につけるものだしな」

 方針を決めた彼らは、新入りから一定の距離を保ちつつ後をつけて行く。

 やがて新入りが南門から外へ出たことを確認した彼らは、彼に続いてゆっくりと門を出る。

 平原には雪が積もっているものの、さすがに人の行き来がある街道には雪が少ない。

 あの新入りも可能な限り街道を歩いて、それから南の森へと近づくだろう。そう思っていた彼らだが、街道に新入りの姿がないことを確認して目を見開いて驚いた。

「お、おいっ!? あの新入りの野郎、どこへ行きやがったっ!?」

「南門から出たのは間違いないんだっ!! その辺に隠れているんじゃないのかっ!?」

「お、おいっ!! あ、あれってあの新入りじゃねえかっ!?」

 一人が指差す方を残る連中が見れば、遠く離れた雪原の真ん中に、確かに例の新入りの背中が見えた。

「ど、どうやってあそこまで……。あいつが門を出てからまだどれだけも経ってねえぞ……?」

「それに、雪分けした道筋も見当たらねえ……雪の積もった平原を歩けば、どうやったって雪分けした道筋ができるものなのに……」

「な、なあ、おい……あの新入り、どんどん遠くなっていないか……?」

 そう言われて改めて新入りの背中を見れば、その背中はどんどんと小さくなっていく。

「こ、この雪の中、どうやってあんな速度で進んでいやがるんだ……?」

 結局、彼らはその場に立ち尽くし、新入りの背中がどんどん小さくなるのを見ていることしかできなかった。




 森の近くまであっと言う間に到着した辰巳は、前回同様《瞬間転移》で雪を退けると、雪の下から表れた草を一つずつ携帯電話のカメラで撮影した画像と見比べていく。

 さすがに今回は複数種類の薬草をある程度集めねばならないため、前回よりも手間と時間がかかる。

 それでも根気よく同じ作業を繰り返し、何とか依頼の数の薬草を揃えることができた。

 集めた薬草を種類ごとに丁寧に分け、傷つかないように小袋に入れていく。

「……これでよし、と。後は〔エルフの憩い亭〕に帰って、薬草をエルさんに渡すだけだな」

 腕時計で時間を確認すれば、日没までにはまだかなり余裕がある。

 森の入り口付近、雪から露出していた倒木に腰を下ろし、辰巳は少し休憩することにした。

 背嚢からカルセドニアが用意してくれた弁当を取り出して食べ、その後に拾い集めた石で即席の竃を作り、用意してきた鍋に雪を入れて竃の上に乗せる。

 《着火》の魔法を詠唱して松明に火を着けた後、その炎で鍋を炙って雪を溶かして湯を沸かす。

「……確かにカルセの言う通り、《着火》の呪文を教えてもらっておいて正解だ」

 日常生活に便利な魔法の幾つかを、最近辰巳はカルセドニアから教えてもらっている。

 とは言っても、現時点で彼が発動可能なのは、「使えれば絶対に便利ですから」とカルセドニアに猛特訓させられた《着火》のみ。

 〈火〉系統に適性のない辰巳では、〈火〉系統の基本中の基本である《着火》も何度も詠唱しないと発動しないし、必要な魔力もかなり多い。それでもライターの感覚で使える《着火》の魔法は確かに便利だった。

 沸かした湯でお茶を淹れ、そのお茶を飲んで身体を温めた辰巳は、休憩を終えてレバンティスの街へと帰還する。

 途中、四苦八苦しながら雪を掻き分けて進んでいる数人の魔獣狩りたちを《瞬間転移》でやり過ごしつつ、辰巳はレバンティスの街へと戻ったのだった。




 〔エルフの憩い亭〕へと戻った辰巳。

 扉を潜って店に入った彼を見て、女主人のエルがちょっと困った顔をしながら近づいて来た。

「あのー、タツミさん。先程タツミさんが店を出たちょっと後に、新しい魔獣狩り候補の人が来店したんですけど……」

 ちらりと背後へと視線を向けるエル。その視線を辰巳も追えば、そこに異様な風体の男性が立っていた。

 身長は辰巳よりもかなり高い。間違いなく180センチ以上あり、下手をすると190を超えているかもしれない。

 その立ち姿に隙はなく、冬用の毛皮の外套の上からでも、その身体がしっかりと鍛え込まれているのは容易に想像できる。

 だが、辰巳の目を引いたのは、その異様な外見だった。

 黒い髪と黒い瞳は辰巳にとって珍しくはないが、灰褐色の肌に四つの目、そして四本の腕を持つ者を辰巳は初めて見た。

「……もしかして、あれがシェイド……?」

「はい。最近、シェイドの集落から出てきたそうなんですが、タツミさんさえ良ければ、しばらくコンビを組んでみませんか? もちろん、組んでみてやっていけそうもなければ、いつでもコンビを解消することはできますから」

「はぁ……俺は構いませんが、向こうは俺のことを承知しているんですか?」

「向こうにも今と同じことを伝え、タツミさんのことも駆け出しの魔獣狩りだと言ってあります」

 辰巳とエルの会話が聞こえたのか、そのシェイドが彼らの方へと近づいて来た。

 四つの視線は眼光鋭く、値踏みするように辰巳を見ている。

 目が四つもあることは辰巳に違和感を感じさせたが、それでもそのシェイドの男性が、精悍で整った容貌をしていることは間違いない。

 そのシェイドの男性は、辰巳の前まで来ると無遠慮に彼の全身を見回した。

 そして、にやりとした笑みを浮かべると、低く響く声を発する。

「……アナタが女将さんの言っていたタツミちゃんね? ふぅん、想像していたよりも腕が立ちそうじゃない?」

 ぱちり、と。

 あまりにも予想外すぎた口調に思わず唖然とする辰巳に向けて、四つある瞳の内の一つだけを器用に閉じてみせるシェイドの男性。

「アタシ、ジャドックって言うの。これからよろしくね、タツミちゃん」

 辰巳が初めて邂逅したシェイドという亜人。そして魔獣狩りとしての、彼の初めての仲間候補は。

 四つの瞳と四本の腕を持った、見た目は精悍なイケメンのオネエだった。


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