終息
地面に空いた大穴から這い出てきた、一際巨大な軍竜。
樹美の血で濡れる大きな牙をきしきしと蠢かせながら、巨大な軍竜は目の前の小さな生き物たち──人間を睥睨する。
自分たちを頭上から見下ろす軍竜のその姿を、辰巳は呆然と見つめ返しながらぽつりと呟く。
「ど、どうして軍竜が地面から……え? え? も、もしかして……軍竜って、蜂じゃなくて蟻……なのか……?」
辰巳の視線が、軍竜からエルへと移動する。
思い返してみれば、辰巳が軍竜を蜂だと判断したのは、初めて見たその姿やカラーリングがスズメバチにそっくりだったから。つまり、軍竜が蜂であるとはっきり確認したわけではないのだ。
更には、初めて軍竜を見た直後に樹美との最初の交戦となり、樹美に負けた辰巳は日本に強制送還されたため、軍竜についての詳細を確認する暇もなかった。
そんな辰巳の言いたいことを理解したのか、エルが彼の言葉に頷く。
「軍竜は見た目こそスズメバチそっくりですし、スズメバチと同じように反撃フェロモンなども持っていますが……その習性はどちらかと言えば蟻に近いです」
「そ、そういえば……蟻って蜂に近い生物だったっけか。それじゃあ俺たちが見ていた羽のある軍竜は……羽蟻だったってことか……?」
辰巳の言うように、地球の蟻は極めて蜂──スズメバチやアシナガバチの仲間──に近い生き物である。スズメバチやアシナガバチの仲間は、同じ蜂であるミツバチやクマバチよりも余程蟻に近しく、姿形もよく似ている。
実際、蟻はスズメバチやアシナガバチの仲間から枝分かれして進化したとも言われているし、毒針を有する蟻も存在する。
「タツミさんとカルセさんが甘い雰囲気を漂わせたから、それに引き寄せられて蟻が来たんですかね?」
「え、エルさん……?」
「もちろん、冗談ですよ?」
「え、えっと……その『アリ』とか『ハチ』とか私にはよく分からないけど……それよりも、穴に落ちたあの女がどうなったのか、確認した方がいいんじゃない?」
穴から這い出した巨大な軍竜に小剣を構えながら、ミルイルがぽそっと尋ねる。
彼女のその言葉に思わず顔を見合わせる辰巳とエル。とりあえず巨大な軍竜はモルガーナイクたちに任せ、辰巳はエルとカルセドニアと共に地面に空いた穴を覗き込んだ。
だが、暗い穴の中を見通すことはできず、穴に落ちた樹美の様子を確認することはできない。
「羽のある軍竜はいわば斥候じゃ。軍竜の本隊はこのように地面の下から来るんじゃよ」
それは軍竜という竜種を知る者ならば、大抵は知っている知識である。そのため、今頃はレバンティスの街中でも、地面の下から現れた軍竜との戦いが再び幕を開けているだろう。
「幸い、ここに現れたのは目の前の一体……おそらく、群れの長じゃろうな。こやつの相手は儂とモルガーらが引き受ける。婿殿は穴の中を調べてくれんか。ただし、もしも他に軍竜が現れるようなら、無理をせずに引き返してくるんじゃぞ。今のおぬしは本調子からは程遠いんじゃからの」
「分かりました」
「私もご主人様とご一緒します」
「え? だ、だけどカルセのお腹には……」
「分かっていますよ。でも、先程ご主人様は約束してくださったじゃないですか。もう、二度と私たちを置いて行かないって。だから私は何があってもご主人様と共に行きますからね」
彼女が決して引かないであろうことは、その表情を見ればよく分かる。カルセドニアにとっても、辰巳と離れ離れになることはやはり恐怖なのだから。
それが分かるから、辰巳は溜め息を吐き出しながらも頷くしかない。
「分かった。じゃあ、まずは俺の体力の回復を頼む。あと、穴の中の明りもな」
「はい、任せてください!」
辰巳の要請に、カルセドニアが元気に応える。
実際、今の辰巳の体力は立っているのも辛い状態なのである。先程上空から地上へと三人纏めて転移したため、最後の体力を使いきってしまったのだ。
カルセドニアは素早く詠唱を行って辰巳の体力を僅かながらも回復させ、続けて魔法の明りを作り出す。
「じゃあ……いくぞ」
「はい、いつでも大丈夫です」
辰巳はカルセドニアの身体を横抱きに抱え上げる──その時、カルセドニアは実に幸せそうに夫の首へと手を回した──と、そのまま穴の中へと身を踊らせた。
一方、地上に残ったジュゼッペやモルガーナイクたちは、自分たちを見下ろしたまま、牙や触角をぴくぴくと動かすだけの巨大軍竜──いわゆる、女王蟻であろう──を見上げつつ首を傾げていた。
「ねえ、どうしてこの軍竜、全然動かないのかしら?」
「さあ? いくらアタシがイイ女でも、アタシに熱い想いを寄せる殿方ならともかく、竜種の気持ちまでは理解できないわよン」
「……おそらくじゃが……この軍竜……いや、憑いておる〈魔〉が混乱しておるのではないかの」
油断なく得物を構えつつ、ジャドックとミルイル、そしてジュゼッペが言葉を交わす。
「軍竜に憑いている〈魔〉が、突然支配から解放されて戸惑っているから……ですか? では、やはり穴に落ちたもう一人のタツミは……」
「詳しいことはタツミさんとカルセさんが戻らないと分かりませんが……おそらく、その考えで間違いないかと」
モルガーナイクの言葉に、エルが頷きを以て応える。
彼女の言うように、穴に落ちた樹美が命を落としたか、それに近い状態なのだろう。
〈魔〉は支配者である樹美に呼ばれたのはいいが、突然その支配から解放されて混乱しているようだ。
この軍竜が支配者であるはずの樹美を襲ったのは、単に混乱しているからというだけではなく、もしかすると今まで支配されていたことへの腹いせかもしれない。
「なに、この軍竜が戸惑っていようが正気じゃろうが、儂らがやることは同じじゃわい」
ジュゼッペがどっしりと腰を落とし、手甲に覆われた両の拳をがしりと胸の前で打ち合わせる。
「モルガーたちは、この軍竜を殺さない程度に痛めつけよ。弱ったところで憑いておる〈魔〉を儂がきっちりと祓ってやるわい。その後、改めてこの軍竜を退治するのじゃ」
「御意」
サヴァイヴ教団最高司祭の命を受け、モルガーナイクが、ジャドックが、ミルイルが、そしてエルが臨戦態勢を取る。
それと同時に、それまで動かなかった巨大軍竜が、もぞりと身動ぎした。
複眼に宿る赤光が更に禍々しくなり、その口からはだらだらと毒液が零れ落ちる。
「どうやらこの軍竜、アタシの魅力にすっかり興奮しちゃっているようよン?」
本気なのか冗談なのか判断に困るジャドックの言葉を皮切りに、巨大軍竜とモルガーナイクたちの戦いが再び開始された。
自室に設けられた窓から、老齢の女性が眼下に広がるレバンティスの街並みを見下ろす。
所々崩れた家々が見受けられるが、その周囲で数人の人々が忙しそうに動いているのが見受けられる。
そして、崩れているのは家々だけではない。この街を取り囲むように建てられた城壁もまた、その一部が崩れている。
もちろん、それは地底から現れた軍竜の仕業だ。だが、軍竜たちは既に全て退治され、今はその片づけと後始末が行われているのである。
「軍竜が暴れてからまだ数日しか経っていないというのに……本当、この国の人々は逞しいこと」
と、老婦人──エリーシア・クワロート前公爵夫人は、扇で隠したその口元を嬉しそうに綻ばせた。
軍竜の群れがこの王都を襲ったのが数日前。既に全ての軍竜は倒されているが、ことは軍竜を倒しておしまい、というわけにもいかない。
軍竜との戦いで手柄を立てた兵士や騎士への報賞や昇進、負傷者や戦死者への見舞金や一時金、協力してくれた市井の魔獣狩りたちへの報酬、そして、倒壊した住民の家屋や城壁の再建、軍竜の遺骸の処理などなど。
レバンティス王国の文官たち──特に金勘定を扱う部署──にとっては、これからが戦争の幕開けと言っても過言ではないのだ。
「でも、それは国王陛下やジュゼッペたちのお仕事。今頃、お城ではその議論の真っ最中でしょう」
エリーシアの視線が城下の街並みから、王城へとゆっくりと移動した。
彼女の言葉通り、王城では今、軍竜との一件についての会議が行われているのだ。
「難しいことは男どもに任せて、私は私にできることをしましょうか」
王都を魔獣が襲うという今回の一件は、貴族たちにも大きな衝撃を与えた。特に荒事とは無縁な夫人や令嬢などは、今でも恐怖に震えている者がいるとエリーシアも聞き及んでいる。
そんな女性たちを慰め、恐怖を拭い去るために彼女は動くつもりなのだ。
「まずはわたくし主宰のお茶会でも開いて……もう軍竜が襲ってくることはないことを強調しましょうか」
エリーシアが主宰する茶会ともなれば、数多くの夫人や令嬢たちが参加するだろう。そして、その席でエリーシアがもう危険は去ったと宣言すれば、ようやく安堵する者も多いに違いない。
エリーシアは頭の中で招待客の名簿を作成しながら、茶会の準備を命じるように家人を呼ぼうとした。
だが、彼女がそうするより早く、彼女の部屋の扉が静かに叩かれる。
入室の許可を得て部屋に足を踏み入れたのは、エリーシアが最も信頼する部下であり、凄腕の密偵でもある男性だった。
「大奥様。たった今、喜ばしい情報を仕入れましてございます」
「喜ばしい情報?」
「はい。サヴァイヴ神殿の《聖女》様……カルセドニア様がご懐妊との情報でございます」
「まあっ!! それは本当なのっ!?」
部下の報告に、エリーシアが顔を輝かせる。
そして、すぐに彼女は脳内に存在する茶会の招待客の名簿に、カルセドニアの名前を書き加えた。
「うふふ、カルセの懐妊なんてなんて素敵な報告でしょう。この報告を聞けば、心を軽くする者たちも増えそうね」
《聖女》として名高いカルセドニアの懐妊は、まだまだ不安を心に宿す貴族の女性たちに、一条の光を投げかける報告となるだろう。
「カルセをお茶会に招いて、いろいろと聞き出しましょうか。あ、でも……」
ぱたぱたと緩やかに動いていた扇が、不意にぴたりと止まった。
「あの娘に全力で惚気させると絶対胸焼けを起こすから、上手く話を誘導しないといけないわね……」
かつての経験を思い出し、エリーシアは扇で隠した口元を僅かにひくりとさせた。
王城のとある一室。そこに、この国の国王と王太子を始めとした主だった重鎮たちが一堂に会していた。
その中には、四神殿の最高司祭の姿もある。
「……以上が、軍部の被害であります。続きまして、市民への被害ですが……」
軍竜との戦いにおける各方面への被害を、それぞれの担当官たちが順に報告していく。
それらの報告を、国王バーライドは厳しい表情のままじっと聞いていた。
「……また、軍竜が掘り進めた穴は、穴の調査と同時に〈地〉の魔法使いたちが順に塞いでおりますが、完全に穴が塞がるのはもうしばし先のことになるかと」
「……報告、ご苦労であった。ふむ、軍竜が開けた穴のことも含め、思ったより被害は少なかったと言えるのではないかな?」
「陛下のおっしゃる通りかと。軍部の兵士や騎士、そして市井の傭兵や魔獣狩りたちががんばってくれたからでしょう」
父であり国王であるバーライドの言葉に、王太子であるアルジェントが頷いた。
「彼らには十分な報賞を与えねばならん……ならんのだが……これからの街の復興を考えると、少々頭が痛いのも事実よな……」
軍竜によって破壊された城壁や建物の修理に、どれだけの費用がかかるのか。現在は専門家がその試算を行っているが、その報告を聞くのが憂鬱なバーライドであった。
「ご心配めさるな、国王陛下。それらに必要な金子は、我が海洋神ダラガーベ神殿にお任せを。我が神は商売の神、今回の後始末にどれだけの金が必要であろうと、すぐに稼ぎ出してみせますぞ?」
と、実に自慢気にダラガーベの最高司祭であるグルグナードが告げた。
「あらあら。いくらダラガーベ様が商売の神だとしても、そんな大きなことを言っていいのかしら? 後でやっぱりできませんでした、では済まなくてよ?」
にこやかな顔でそう釘を刺すのは、宵月神グラヴァビの最高司祭であるマイアリナだ。彼女の顔はいつもにこやかだが、それが表面だけのものであることは、この場にいる者ならば全員がよく知っていることである。
「ふ、それは要らぬ心配というものよ、グラヴァビの。なんせ、今回は軍竜の素材が山ほど手に入ったからな。それを欲しがる地方領主はかなりおる。実際、儂の所に購入の打診を行ってきた者は両手の指では数えきれん。地方領主で足りなければ、近隣の国々に売るという手もあるしな」
ふんす、と自慢そうにグルグナードが鼻息を漏らす。
「おいおい、グルグナードの爺よ。ほいほいと気安く各地に軍竜の素材をばら撒くなよ? そんなことをしたら……」
「左様じゃぞ、グルグナード。ブガランクの言う通りじゃ。何事にも均衡というものがあるでの」
太陽神ゴライバの最高司祭ブガランクの言葉に、サヴァイヴ神の最高司祭であるジュゼッペが同意する。
「太陽神と豊穣神の最高司祭殿の言葉の通りだ、海洋神の最高司祭殿。軍竜の素材を売り捌いて金を得るのはいいが、それで地方領主や隣国の軍事力が高くなりすぎても困るのだ」
どこの世界、そしてどこの国でも、やはり軍事力のバランスというものは重要なのである。地方領主の軍事力が高くなりすぎれば反乱を警戒しなければならないし、隣国の軍事力が高まれば当然侵略に備える必要が出てくる。
金を入手したのはいいが、一般的な鉄や鋼よりも高質とされる軍竜の素材で作られた武具を得て、反乱や侵略が起きては意味がないのだ。
もちろん、現在のラルゴフィーリ王国では地方領主が反乱を起こすことはまず考えられないし、隣国との関係も良好である。だが、それでも「もしも」を考えるのは国の上層部の常であろう。
「くれぐれも、軍竜の素材を売る際は慎重にな、グルグナード殿」
「御意にございます、国王陛下」
グルグナードの言葉に頷いたバーライドは、次にその視線をジュゼッペへと向けた。
「して、例の『もう一人のタツミ』はどうなったのだ?」
「それに関しては、軍竜が開けた穴を婿殿とカルセが調べたのじゃがの……」
樹美が落ちた穴を調べたカルセドニアと辰巳だが、そこで樹美の身体を確認することはできなかった。
辰巳とカルセドニアが穴の中で見つけたものといえば、樹美が奪ったミルイルの小剣と『アマリリス』のみ。樹美の身体やその一部と思われるものは、何も見つからなかったのだ。
「穴の中にはかなりの血糊があったと言うし、儂自身も軍竜に噛み砕かれたあやつを見た。なにより、婿殿による一撃は確かに致命傷じゃった。もう一人の『タツミ』が生きておるとは……まず考えられんと儂は思うが……」
だが、それでもはっきりと死亡を確認したわけではない。そこが少々気にかかるとジュゼッペは告げた。
「クリソプレーズ猊下……では、今後再び軍竜が現れる可能性があると?」
「それはまずあるまいて。軍竜の群れの長は儂らがこの手で退治したし、その群れの長の様子を見たところ、軍竜に憑いておった〈魔〉はあやつの支配から外れておるようじゃったしの。仮にもう一人の『タツミ』が生きておったとしても、軍竜はすでにあやつの支配下にはないと思われるわい」
ジュゼッペの言葉に、彼に質問した重鎮の一人が明白にほっと胸を撫で下ろした。
「だがよ、ジュゼッペの爺。そのもう一人の『タツミ』が生きていたら、再び軍竜や他の魔獣を支配下に置くんじゃねえのか?」
「そこまで考え出したらキリがないぞ、ブガランクよ。もうしばらく警戒は必要じゃろうが、とりあえず一連の騒動は終息したと考えていいのではないかな?」
「うむ、ジュゼッペ殿の言葉を信用しよう。ただし、群れから逸れた軍竜が王都の近隣に潜んでおるやもしれんし、倒された軍竜から離れた〈魔〉のこともある。軍部はしらばく王都とその周辺を密に警戒せよ。して、サヴァイヴ神殿……いや、《天翔》殿に王都とその周辺の見回りに協力をお願いしたいのだが?」
「承知した。あやつに伝えておくわい。こと見回りに関して《天翔》より優れた者はまずおらんし、何よりあやつは感知者じゃ。街中に潜んだ〈魔〉とて見つけ出せるじゃろう」
「感知者と言えば、俺の神殿にも一人いるぜ。そいつにも街中を調べるように言っておこう」
「なら、我がグラヴァビ神殿の二人の感知者にも同じことをさせましょうか」
余程力の強い個体を除き、本来ならば〈魔〉は人間を警戒して人里には近寄らないものだ。そのため、倒された軍竜から離れた〈魔〉は、既にレバンティスから離れているだろう。
それでも、街中にひっそりと潜んでいる〈魔〉がいないとは限らない。そんな〈魔〉を見つけ出せるのは、辰巳のような感知者だけなのである。
その感知者は、辰巳以外にも太陽神の神殿に一人、そして宵月神の神殿に二人存在している。
感知者による見回りを了解したそれぞれの神殿の最高司祭たち。そんな彼らを見て、海洋神の最高司祭はぶつぶつと何やら呟いていた。
「お、おのれ……ど、どうして儂の神殿にだけ感知者がおらんのだ……? くそ、もっと優れた人材が欲しい……」
そんな某最高司祭に気づいているのか、いないのか。議会は問題なく進んでいく。
「〈天翔〉が空行く姿を見れば、それだけで民たちもいくらかは安心するだろう」
国王の言葉に、その場に居合わせた者たちが皆頷く。唯一、まだぶつぶつと不満を零している一人を除いて。
レバンティスの街は、ようやく日常を取り戻しつつあった。
そしてそれは、レバンティスの片隅に建つこの店も例外ではない。
従業員たちに細かく指示を出し、店の中の掃除や片づけを行っているのは、〔エルフの憩い亭〕の女将であるエルだ。
いつものように朝早くから朝食の準備をし、早朝から狩りにでかける魔獣狩りたちを見送れば、ようやく僅かに静かな時間が訪れる。
各部屋の清掃や洗濯物の指示を出し終えたエルは、店のカウンターに腰を下ろして一人ゆっくりとお茶を飲んでいた。
その彼女の背後で、きぃと小さく何かがきしむ音がする。
その音の方へとエルがゆっくりと振り返れば、扉を押し開けて一人の青年が店の中に入ってくるところであった。
「いらっしゃい、タツミさん。そろそろ来るころだと思っていましたよ」
「お邪魔します、エルさん。今、時間は大丈夫ですか?」
「ええ、この時間は少しだけ暇なんです。タツミさんさえ良かったら、ちょっとお茶に付き合ってくれませんか?」
「俺の方もエルさんに話があったので……お茶、ご馳走になります」
にっこりと微笑みながら、辰巳はエルの隣に腰を下ろした。その彼と入れ替わるように、エルは立ち上がると厨房へと姿を消す。
しばらくカウンターで辰巳が待っていると、エルは香りのいいお茶と共に再び彼の隣へ腰を下ろした。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてくださいね。それで……私に何か話があるとか?」
「ええ……単刀直入に聞きますけど……エルさんは……俺が日進市で出会った、あのエルさんなんですね……?」
真剣な表情で辰巳が切り込むと、質問されたエルはにっこりと微笑み、ゆっくりと首を縦に振った。




