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逃亡奴隷の末路

「アルジュ、シーズ、ガーブル」

 総戦士長であるスレイトに名前を呼ばれ、三人の神官戦士が静かに進み出る。

 声こそ発していないもののその全身から闘志を漲らせ、三人の神官戦士は眼光鋭く魔物──ガルドーを睨み付けた。

 今、この場にいる神官戦士は二十人近い。だが、相手が巨大な魔獣であるならともかく、魔物とはいえ人間サイズの相手に二十人が一斉に戦えるわけでもない。

 そんなことをすれば、仲間同士で傷つけ合う確率の方が高くなってしまうだけだ。

 一人の人間を相手に最も効果的に戦えるのは、おそらく三人か四人といったところだろう。

 スレイトの命に従い、アルジュという名前の神官戦士が盾と斧を構えて先頭に立つ。

 その背後に槍を装備したシーズ。そして、両手に小振りな戦棍(メイス)を持ったガーブルが、ゆっくりとガルドーの背後に回り込む。

 彼らは神官戦士であって騎士ではない。一対多の戦いを恥と思うことはないのだ。しかも、相手は魔物である。確実に仕留めるためならば、非人道的なものでない限りどのような手段だって用いることに躊躇いはない。

 盾を構えて先頭に立っているアルジュが、じりじりと魔物との間合いを詰める。そして、その背後にぴったりとくっついているシーズ。

 二人とガルドーの距離がシーズの槍の間合いに到達した時、背後に回り込んでいたガーブルが両手の戦棍を大きく振り上げながら襲いかかる。

 だが、この背後からの攻撃に、ガルドーは素早く反応してみせた。

 素早く後ろを振り返ったガルドーは、危なげなくガーブルの攻撃を回避する。だが、ガーブルの顔に浮かぶのは笑み。元より、彼は自分の攻撃が躱されるのを予測していた。

 自分の行動は囮だ。本命は他にある。

 アルジュが構える盾の影から稲妻のような突きが迸ったのは、ガルドーがガーブルの攻撃を回避した直後だった。

 ガーブルの攻撃に対応したがために生じた、ガルドーの大きな隙。その隙を文字通り突くべく、シーズはアルジュの影から飛び出し、全身全霊を込めた突きを繰り出したのだ。

 アルジュが防御、ガーブルが牽制、そしてシーズが攻撃をそれぞれ担当する。それが彼ら三人が、新米の頃から徹底的に鍛え上げてきた必勝の連携である。

 背後から、しかもアルジュの身体と盾が目隠しとなった、ガルドーにしてみれば完全な奇襲。だが、ガルドーは信じられないような方法でこの攻撃に対応してみせた。

 こともあろうに、ガルドーは繰り出された槍を素手で掴み取り、そのまま人間離れした膂力で力任せに引き寄せたのだ。結果、槍を捕まえられて引き寄せられたシーズは、驚きに目を見開きながらガルドーに向かって体勢を前のめりに崩してしまう。

 首筋や背中といった急所を、敵に曝け出してしまうシーズ。当然、それを見逃すほどガルドーは甘くはない。

 曝け出されたシーズの首筋に、ガルドーは構えた斧を振り下ろす。

 しかし、それはアルジュの盾がぎりぎりで阻むことに成功した。シーズが体勢を崩した瞬間、アルジュは盾を構えたままガルドーとシーズの間に強引に割り込んだのだ。

 斧と盾が激突し、激しい音を鍛錬場に響かせた。アルジュの盾がガルドーの斧を防いでいる間に、シーズは体勢を立て直して斧の間合いの外へと退避する。

 シーズが退避したのを確認したアルジュとガーブルもまた、素早く後退する。そして、下がった彼らと交替するように、次の神官戦士たちが前へと進み出た。




「なるほど。こりゃ、予想以上に鍛え込まれているな」

 ガルドーの視界を通じて覗き見た光景を、その人物は感心しながら言葉を零す。

「個人個人の技量もさることながら、こうも見事に連携されるとあの馬鹿じゃ相手にならないか」

 ガルドーという敵に対し、サヴァイヴ神殿の神官戦士たちは決して無理をしない。

 必ず数名で対峙し、数回刃を交えると素早く次の者たちと交替する。魔物と化しているとはいえ、ガルドーもやはり生物だ。長時間戦い続ければ、どうしたって疲労は蓄積されていく。そして、それこそがサヴァイヴ神殿の神官戦士たち、より正確に言えば総戦士長のスレイトの狙いだろう。

 対して、神官戦士たちは交替で戦うことで、疲労を最小限に抑えることができる。

「この連携こそがサヴァイヴの神官戦士たちの強み、ってわけだな」

 その人物はガルドーを当て馬にすることで、サヴァイヴ神殿の戦力を冷静に、そして着実に分析していく。

「よし、サヴァイヴ神殿の神官戦士たちの実力は大体把握した。残るは……」

 ガルドーの視界の中、じっとこちらを見つめる辰巳とカルセドニアに、その人物は注意を向ける。

「やっぱり、今のあいつからは魔力光が一切見られない……あの馬鹿とちょっとやり合った時には、はっきりと見えていたんだが……」

 先程、僅かとはいえ刃を交えた辰巳とガルドー。その時、確かに辰巳の身体からは〈天〉の魔力光である黄金の光が、鮮烈なまでに輝いていたのだ。それが今、まるで見受けられない。

 まるで、今の辰巳には魔力がまるでないかのように。

「大きな魔法を使ったわけでもないのに、あれだけあった魔力が急になくなるはずがない。となると……」

 その人物は、ぶつぶつと呟きながらあれこれと考えを巡らせる。そして、一つの結論に辿り着く。

「あいつ……もしかして、外素使いか?」

 辰巳の魔力の増減の正体を推察し、その人物はフードの奥でにやりと笑みを浮かべた。

「は、はははははははははははっ!! なぁんだ……なんだよっ!! あいつが本当に外素使いなら、影であれこれと企んだり準備したりする必要なんてまるっきりなかったんじゃね?」

 辰巳に対する効果的な手段を思いつき、簡単すぎるその方法に大きな笑い声を上げた。

「もうすぐだ……もうすぐだよ、チーコ。邪魔者を排除したら、()()二人で幸せに暮らそう」

 その人物は、フードの奥でとろりとした恍惚な表情を浮かべながら、間近に迫った幸せな時間に胸をときめかせた。




「おおおおおおおおおおおおっ!!」

 咆哮を上げつつ、ガルドーは両手斧を大きく振り回した。

 しかしその大きすぎる挙動を、神官戦士たちはあっさりと見切る。

 多少は戦う術を身につけたとはいえ、基礎から徹底的に鍛え上げた神官戦士たちとは、その技量に大きな隔たりがある。

 ガルドーと対峙していた四人の神官戦士たちは、彼の大振りな攻撃を見切った後、何度目になるかも分からない連携攻撃を繰り出した。

 神官戦士たちの途切れることのない連携攻撃に、これまで致命的なダメージこそ受けていないガルドー。だが蓄積した疲労は大きく、さすがに肩で息をしている。

 逆にガルドーの繰り出す攻撃は、防御役の神官戦士が食い止めるか完全に見切って回避するため、神官戦士側の負傷者は皆無に近い。

 しかも、多少とはいえ傷を負った者は、カルセドニアが治癒魔法ですぐに回復するので、結果的にガルドーだけがダメージを蓄積させていくことになる。

「えええい、どいつもこいつもちょこまかと! てめえらは糞に集る羽虫かよっ!?」

 苛立ち紛れに喚き散らすガルドー。そんなガルドーに、スレイトは冷笑を浮かべる。

「ほう、俺たちが糞に集る羽虫ならば、おまえはその糞そのものってことだな?」

 スレイトの皮肉に、神官戦士たちから笑い声が上がる。その笑い声がガルドーの神経を更に逆撫でし、ガルドーの顔色はまたもや怒りで真っ赤に染まった。

 余談だが、ガルドーの言う「羽虫」とは昆虫の類ではなく、ハエと似たような習性を持つ超小型の魔獣の一種である。

「う、うるせえぞ、この野郎っ!! 偉そうにしやがって、何様のつもりだっ!?」

「偉そう、ではなく実際に俺は結構偉いんだが? まあ、少なくともここにいる者たちは皆、逃亡奴隷の貴様より偉い者ばかりだがな」

 戯けたような仕草で周囲を見回すスレイト。もちろん、ガルドーを挑発するためにわざとそんなことをしているのだが、根が単純なガルドーはあっさりとその挑発に乗る。

 いくら身体に戦いの技術を教え込もうが、ガルドーの性根は決して「戦士」ではない。そのため、こんな単純な挑発にも、ほいほいと引っかかってしまう。

 挑発に乗せられて更に怒りを燃やしたガルドーは、力任せに斧を振り回しながらスレイト目指して突進する。

 魔物と化したガルドーが走る速度は、常人よりもかなり速い。それなりにあったスレイトまでの距離を、あっと言う間に詰めてしまう。

 しかし、それこそがスレイトの狙いだ。

 ガルドーを挑発しながら、スレイトはこっそりと辰巳に目配せをしていた。義兄の意図を鋭敏に察した辰巳は、ガルドーの走る速度が最高速に達した時、彼の進路上に転移する。

 そして身を捻ってガルドーの突進を躱しつつ、素早く手を伸ばして彼の身体に触れた。

 突然目の前に現れた辰巳に、ガルドーは思わず目を見開く。だが次の瞬間、ガルドーの目に映る景色が全く別のものに切り替わった。

 突然目の前に現れた辰巳と、その背後にいるスレイトや神官戦士たちの姿を映していたガルドーの視界は、一面の灰色へと変化したのだ。

 それが鍛錬場の屋根を支える石柱の一つだと気づくより早く、ガルドーはその石柱に顔面から思いっ切り体当たりを敢行してしまう。

 当然ながら、それは辰巳の仕業である。

 スレイト目がけて突進するガルドーの身体を、転移で手近な石柱の直前へと送り込んだのだ。いきなり進路を変えられたガルドーにブレーキをかける余裕などなく──そんなことができないような距離に転移させた──、ガルドーは全身全霊の力で以て、頑丈な石柱と熱烈な抱擁を交わす。

 ぐちゃっという何かが潰れる音が、鍛錬場に居合わせた者たちの耳に届く。

 顔面から石柱に思いっ切り激突したガルドー。いくら魔物と化しているとはいえ、いや、逆に魔物と化した身体能力で石柱に激突すれば、無事でいられるはずがない。

 ゆらりと石柱から数歩後退し、ガルドーはそのまま仰向けに地面に倒れる。

 露となった彼の顔面は、それはもう無惨に潰れていた。前歯は全て砕け、鼻は顔に埋没し、右目は圧し潰され、額は割れてどくどくと血が流れ出している。

 それでもまだガルドーに息があるのは、魔物の強靭な生命力の為せる業だろう。普通の人間が彼と同じ勢いで石柱にぶつかれば、間違いなく即死している。

 盛大な自爆をかましたガルドーに、神官戦士たちは声もない。余りにも哀れすぎるその姿に、笑うことさえできないでいたのだ。

 何とも妙な静寂が鍛錬場を支配する。しばらく鎮座したその静寂を打ち払ったのは、地面に倒れていたガルドーの呻き声だった。

 ぶひぶひとまるで豚の鳴き声のような声を発しつつ、それでもガルドーは立ち上がろうともがく。

「ら……らんめぇ……ごんごぁごろぉりで……ぶひひぃでずぶぅぅとおぼっでいががるがろぉ……?」

 もう既に何を言っているのか分からないが、ガルドーに残された左目にはぎらぎらとした殺意がまだ漲っていた。

 立ち上がろうとしても思ったように身体が動かず、ガルドーは地面の上でもたもたとただもがくだけ。

 そんな彼の元に、辰巳が静かに歩み寄る。今回の一連の騒動に、自分の手で決着を着けるために。

 ガルドーの潰れた顔の傍らに立ち、辰巳は冷めた目で彼を見下ろす。

「ぐ……ぐろづぅぐぅべぇ……ごろぢでぇぇるぅ……ごろぢでぇぇるぅぞぉぉ……」

 ガルドーは震える腕を辰巳へと伸ばす。こんな状態でもガルドーが自分に殺意を向けているのを、辰巳ははっきりと理解した。

「悪く思うな……とは言わない。恨みたければいくらでも俺を恨めばいい。だが……決着は着けさせてもらうぞ」

 辰巳は手にした剣に《裂空》を纏わせる。そして、ちらりとスレイトとカルセドニアへと視線を向けた。

 スレイトは辰巳の決心に無言の頷きで応え、カルセドニアは真摯な視線を瞬きもせずに夫に向ける。

 そんな二人に背中を押されながら、辰巳は口の中でサヴァイヴ神の御名を唱えつつ《裂空》を宿した剣を振り上げる。

「ぐ、ぐろづぅぐぅべぇ……や、やべろぉ……おでじぞぉごろぢでいじとおぼでで……や、やべれぐ……っ!!」

 辰巳の瞳に宿った決意から彼の真意を悟り、それまで辰巳に向けていた殺意をあっという間に霧散させたガルドーは、必死に辰巳から逃げようとする。だが、思うように動かない身体は、その場でただ無様にもがくばかりだ。

「や、やべろ……やべやぐぅぁぁれぇぇぇぇっ!!」

 見苦しく喚き散らすガルドーを無言で見下ろしながら、辰巳は振り上げた剣を静かに振り下ろした。



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