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パーロゥの上で

「アレコレあったけど、終わってみれば今回もいい稼ぎになったわねン」

 鎧竜五体分の主だった素材を満載した猪車を眺めて、ジャドックが満面の笑みを浮かべた。

「必要な分は手元に残しておくとしても、残りを売るとどれだけの金額になるのかしら?」

「ちょっと想像つかないわね。でも、鎧竜の外殻で防具を作ると頑丈なのができるから楽しみねン」

 今回入手した鎧竜の素材で、ジャドックやミルイルは新しい武器や防具を作るつもりのようだ。

 新らたに入手した素材で作る、新たな武具を夢見る。それは魔獣狩りにとって、最も嬉しく充実感と達成感を感じられる瞬間だろう。

「楽しそうだな、二人とも」

「本当ですね」

 どのような武具を作るかで盛り上がっているジャドックとミルイルを、辰巳とカルセドニアも笑顔で眺めている。

 鎧竜との死闘から数日。辰巳たちは湖の近くに存在する村の一つに滞在していた。

 合計五体もの鎧竜から、有用な素材や部位を回収するだけでも数日を要したのだ。これには周辺の村の村人や、エルフたちも快く協力してくれた。

 あのまま鎧竜たちを放っておけば、周囲の村々にどのような被害が及んだのかも分からない。それを未然に防いでくれた魔獣狩りたちに、村人たちは心から感謝したのだ。

 もちろん、解体作業の際に支払われる賃金も、村人たちがやる気になった理由の一つだろう。辰巳たちは村人たちを雇い入れる形で、鎧竜の解体作業をお願いした。

 湖に沈んだ変異体の解体を行ったのは、シェーラ率いるエルフたち。今回の依頼はエルフの里よりのものなので、彼らはこの作業を無料で行ってくれた。

「タツミは鎧竜の素材で何か作らないのか?」

 辰巳とカルセドニアと共に、ジャドックとミルイルの様子を眺めていたモルガーナイクが尋ねる。

「俺には飛竜の鎧と剣がありますからね。ある程度の素材は手元に残しておくつもりですが、特に何かを作るつもりはないですよ」

「素材を残しておくのはいいですけど……置き場所をちょっと考えないと……」

 辰巳とカルセドニアの家では、狩りに使う武具や未使用の素材などは屋根裏の物置部屋に置いてある。しかし、その物置部屋も最近ではちょっと手狭になりつつあるので、今回入手した素材のことを考えるとその置き場所に困りそうだ。

「はははは。カルセもすっかり主婦だな」

「そりゃそうよ。今の私は《天翔》タツミ・ヤマガタの妻ですもの」

 モルガーナイクの言葉にカルセドニアは胸を張って答え、笑顔で隣の辰巳の腕をその豊かな胸に抱え込んだ。

「そういうモルガーさんは何か作らないんですか?」

「そうだな……今使っている()(ぐま)の防具もかなりくたびれてきたから……鎧竜の素材で新しい防具を作るのもいいかもしれないな」

 モルガーナイクは現在身に着けている鎧──火熊と呼ばれる魔獣の素材で作ったもの──の胴部分をぽんぽんと叩きながら、新たな防具を思い浮かべる。

 その顔にはやっぱり笑顔。モルガーナイクほど経験を積んだ魔獣狩りでも、やはり新しい素材で武具を作ることは嬉しいことのだ。




「今回のことは本当に勉強になった」

 そう言って頭を下げたのはミーラだ。

「鎧竜の素材、本当に要らないの? 今回は大量に素材が手に入ったから、少しぐらいあなたにもあげられるわよ?」

「いいよ。今回、私は見張りをしていただけだったし、最初からそういう約束だったしな。私もいつか、自分で狩った魔獣の素材で、自分だけの武具を作るさ」

 ミルイルの言葉に答えたミーラの表情は、実に晴れやかだった。

「今の私はまだまだ弱っちいけど……これからもっともっと努力して、いつかミルイルたちとも一緒に狩りに行けるぐらいになってみせるからな!」

 力強くぐっと突き出されたミーラの拳。その拳に、ミルイルは自分の拳をこつんとぶつけた。

「ええ。その時は是非、一緒に狩りに行きましょう」

 今のミーラには、出会った当初に感じられたどこか焦ったような雰囲気はない。

 鎧竜という当面の危機が去ったことと、辰巳たちの狩りの様子を目の当たりにしたことで、彼女の中で何らかの変化が起きたのだろう。

「……でも、まあ……」

 それまでのにこやかな表情から、呆れをふんだんに含んだ表情に変化させて、ミーラは辰巳たち全員をぐるりと見回した。

「私みたいなごく普通の魔獣狩りからしてみれば……あんたら全員、絶対どっかおかしいからな?」

 鎧竜という強敵を一人で仕留めることができる存在など、魔獣狩りの中でもごく一握りだけである。《天翔》、《聖女》、《自由騎士》はそんな「ごく一握り」に分類されるし、ジャドックとミルイルだって、二人で協力すれば鎧竜と互角に渡り合えるのだ。ミーラからしてみれば、「絶対どっかおかしい」と思っても仕方のないことだろう。

「特にミルイルの魔法……ありゃ何だよ?」

「放っておいて! 自分でも自分の魔法が気に入らないんだから!」

「ふん、魔法が使えない私からすれば、あんな強力な魔法、持っているだけで羨ましい限りだぜ? まあ、見た目はともかく」

「その見た目が嫌なの!……でも正直言うと、今回のことでちょっとだけ、自分の魔法が好きになれるかもしれないわ」

 ミーラに向かい、ちろっと舌を見せるミルイル。

 彼女の魔法──《魚人化》は、水中ならば鎧竜の変異体とも渡り合うことができたのだ。確かに辰巳が深手を負わせていたという面もあるが、それでも《魚人化》は強力な魔法である。

 今回の一件で、ミルイルの自分の魔法に対するコンプレックスも多少は改善されたようだった。

「はぁ……改めて思い知ったよ。私、知らなかったとはいえ、とんでもない連中に絡んじまったんだな……」

「あら、過去を悔やんでも仕方ないわよ? 経緯はどうあれ、こうして知り合えたことを逆に喜ぶべきじゃないかしらン?」

 ジャドックはミーラの頭を、その大きな掌でそっと撫でてやる。まるで幼子をあやすような仕草だが、当のミーラもどこか気持ち良さそうに受け入れていた。

「そっか……そうだよな! よっし、王都に帰ったら、まずは仲間を見つけることから始めるぞ!」

 ミーラはぐっと拳を握り締め、やる気を漲らせる。

 そんな彼女の様子を見て、辰巳とカルセドニアは互いに互いの顔を見つめ合い、そして、楽しそうに笑った。




 そしていよいよ、辰巳たちは王都レバンティスへと帰還する。

 パジェロが牽く猪車が、軋んだ音を立てながらゆっくりと走り出す。先導するのは、往路と同じくモルガーナイク。彼が駆るパーロゥが街道を早足で軽快に走け出す。

 自分のパーロゥに跨ったまま動き出した仲間たちを見ていた辰巳は、とあることを思い出して腰の「魔法の袋」の中へと片手を入れた。

 しばらくごそごそと袋の中を探っていたが、ようやく目当てのものを探り当ててその手を引き抜く。

 「魔法の袋」から引き出された辰巳の手の中には、一組の耳飾りが存在した。もちろん、彼とカルセドニアが夫婦であることを示す品だ。

 単なる装飾品である耳飾りは、激しい戦闘中に身に着けていると壊れてしまう可能性が高い。

 そのため鎧竜との戦闘前に、二人にとっては大切なこの耳飾りを「魔法の袋」の中に保管しておいたのだ。こうしておけば、戦闘中になくしたり壊したりする心配はない。

 辰巳は耳飾りの片方を隣にいる妻に渡すと、自分の分を耳に装着しようとした。

 だが。

「あ、旦那様。ちょっと待ってください」

 カルセドニアが愛騎であるフェラーリを操り、辰巳のポルシェへと寄せた。

「私に……着けさせてくださいませんか?」

 ちょっとだけ顔を赤らめ、そしてやや上目遣いで。それでいて、至福そのものといった表情を浮かべながら。

 もちろん、辰巳にそれを拒否する選択肢はない。

「じゃ、じゃあ……お願いしようか」

 辰巳もまた少し頬を赤らめつつ、黙って妻に任せる。

 カルセドニアの細い指がそっと辰巳の耳に触れた。

 ちょっとだけ冷たいカルセドニアの指先。それが耳に触れたことでぴくりと僅かに身体を震わせていると、カルセドニアの作業は完了したようだ。

 離れていく指先を残念に思いながら、辰巳は妻に向かって微笑む。

「じゃあ……カルセの方は俺が着けようかな」

「は、はい……お、お願いします……」

 長い白金(プラチナ)色の髪を自ら掻き上げ、カルセドニアは耳を完全に露出させる。

 辰巳はカルセドニアから耳飾りを受け取ると、彼女の耳に優しく取り付けた。

 この時、カルセドニアはその双眸をそっと閉じ、全て辰巳のされるがままでいる。彼女のそんな様子を見た辰巳の心の中に、ちょっとした悪戯心が湧き上がる。

 カルセドニアの耳に耳飾りを取り付けた辰巳は、そのまま彼女の肩に触れ、唐突に《瞬間転移》を発動。

「ひょえ?」

 突然見えている風景が切り替わり、カルセドニアは軽く混乱する。

 そして、すぐ間近ににこにこと微笑む辰巳の顔があることに気づき、ようやく自分が夫に横抱きにされていることにも気づいた。

「な、ななななっ!? ど、どうして……?」

「いやー、俺にされるがままのカルセがどうにも可愛くってさ。心の中についつい邪心が湧き上がってきちゃったんだ」

 悪びれたふうもなく、辰巳は腕の中の妻の身体の暖かさと柔らかさを堪能する。

 もっとも、飛竜の鎧越しなので、その感触は今一つだったが。

「いっそのこと、こうしてカルセを抱いたまま帰ろうか?」

「そ、それは素晴らしい提案ですが……さすがに旦那様にもポルシェにも負担になっちゃいますよ?」

「うーん、俺は構わないけど……ポルシェに負担になるのはまずいかな?」

 カルセドニアを抱いたまま、辰巳は片手で愛騎の首筋をぽんぽんと叩く。すると、彼のパーロゥはまるで「任せろ。全然負担じゃないぜ」と言いたげにじっと辰巳を見つめていた。

 もしもポルシェが人間であれば、間違いなくにやりと笑いながら親指をおっ立てているに違いない。

「ははは。なんかポルシェも大丈夫そうだし、さすがに家までは無理だけどしばらくはこのまま走ろうか。フェラーリは賢いから、空のままでも俺たちと一緒についてくるだろうし。なんなら、後でミルイルかミーラに乗ってもらってもいいしね」

「………………はい」

 このままでいることを決めたカルセドニアは、その身を完全に夫に預けて彼の胸元に自分の頬を密着させる。そして、そっと目を閉じて気持ち良さそうな表情を浮かべた。

 やがて、辰巳のパーロゥがゆっくりと走りだす。その後を、空となったカルセドニアのパーロゥが追いかける。

 街道には明るい陽の光が溢れ、気持ちのいい風が吹き抜けている。

 その中を、辰巳とカルセドニアはゆっくりと家路に着くのだった。




 季節は今、太陽の節から豊穣の節──夏から秋──へ移り変わろうとしている。


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