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黄金の流星

 辰巳が構えた盾に、強烈な衝撃が加えられた。

 だが辰巳は、その衝撃を力で受け止めるのではなく、盾を巧みに操って脇へと逸らせる。

 盾の表面を何かがずるりと滑り、その何かはそのまま彼のすぐ隣の地面へと叩きつけられた。

 辰巳はすぐに《瞬間転移》で鎧竜の間近へと移動、手にした飛竜の剣で鎧竜の巨大な複眼を斬りつける。

 黒々とした巨大な複眼に一筋の傷が入るが、果たしてどれだけの効果があるのか。

 地球に棲息するダイオウグゾクムシの複眼は、約三五〇〇個から形成されているそうだ。鎧竜の複眼がダイオウグソクムシより多いか少ないかは不明だが、当然ながら鎧竜の複眼の一つひとつは、ダイオウグソクムシよりも遥かに大きい。

 そのため辰巳が今の一撃で潰すことができた複眼の数は、おそらく五十にも満たないだろう。

 辰巳は剣を振り切ると同時に再び転移。鎧竜から距離を取って改めて剣を構えた。

 その彼の傍らに、カルセドニアが駆け寄る。

「……あれも変異体としての異能か?」

「そうだと思います」

 二人は言葉を交わしながらも、魔獣の体の一部をじっと見つめる。

 剣呑な牙がびっしりと生えそろった鎧竜の口。その周囲に、カルセドニアの腕ほどの太さの触手が六本ほど生えていた。

 どうやら触手は自在に伸び縮みするようで、その最大の長さは辰巳の目測でおよそ五、六メートルほど。先程辰巳の盾を強打したのもこの肉の鞭だ。

 口元から伸びた六本の灰褐色の鞭を、鎧竜はうねうねとでたらめに蠢かせている。

 高速で蠢き合う触手たち。それはまるで触手の竜巻だ。

 その竜巻に飲み込まれた木々が弾け、岩が砕ける。余程強固な鎧で守られていない限り、あの触手に触れただけで大怪我は間違いないだろう。

 辰巳の飛竜の鎧ならば、触手の一撃や二撃ぐらいなら破壊されることはないだろうが、それでもその衝撃は鎧を抜けてくる。

 鎧竜の触手の重撃は、鞭というよりは鈍器による打撃に等しいのだ。

 その鎧竜の触手の攻撃を、辰巳は先程見事に受け流してみせた。彼の盾を操る技術は、武術の師であるオージンなどから元々評価されていたが、今ではその領域を更に高めていた。

「だけど、あの触手自体は体ほどは堅くはなさそうだな」

「はい。あの触手は恐ろしい武器には違いありませんが、狙い目であることも確か──」

 突然、カルセドニアの言葉が途切れる。

 鎧竜が触手の一本を辰巳たちに叩きつけてきたのだ。

 咄嗟にカルセドニアを横抱きに抱え上げ、辰巳は転移を発動。一瞬にして灰褐色の嵐の暴風圏から逃れ出る。

 しかし、鎧竜は立て続けに触手を繰り出してくる。その度に辰巳もまた連続して転移を用い、触手の攻撃を躱していく。

「まずは……あの触手を取り除くか」

「それが賢明でしょうね」

 辰巳は腕の中のカルセドニアと一瞬だけ見つめ合い、そして頷き合う。

 当面の方針を決定した辰巳は、抱き抱えていたカルセドニアを優しく下ろす。その際、カルセドニアがほんの一瞬だけ残念そうな表情を浮かべるも、魔獣に注意を向けていた辰巳はそれに気づかない。

 そして、そのまま二人は行動へと移る。

 辰巳は鎧竜に向けて駆け出し、カルセドニアはその場に留まって呪文を詠唱する。

 駆けていた辰巳は一際強く大地を蹴り、そのまま《飛翔》を発動させて低空飛行へと移行。そのまま一気に速度を上げ、低空飛行で鎧竜へと突っ込んでいく。

 矢のように飛ぶ辰巳を迎え撃つのは、肉の鞭による結界だ。

 鎧竜の頭部付近、高速かつてんでばらばらに振り回される六本の触手。その軌道を全て読み切るのは、例えモルガーナイクであっても極めて難しいだろう。

 当然、辰巳にそんな芸当は無理である。だから、彼は最初から触手を見切ろうとは考えていなかった。

 自身に《加速》をかけて触手の竜巻へと肉薄、そのまま暴風圏の中へと突入する。

 暴風圏に入ったその途端、触手の一本が辰巳を粉砕せんと頭上より迫る。辰巳の速度と触手の速度が合わさり、触手が辰巳の身体を強烈に打ち据える──その瞬前。

 辰巳の右腕から朱金の細鎖が迸り、触手へと巻き付いた。

 ずるり、という鈍い音と共に、切断された触手が綺麗な断面を見せながら明後日の方向へと吹き飛んでいく。

 言うまでもなく、辰巳の《裂空》の効果である。

 回避できないのならば、切り払えばいい。何とも単純な考え方だが、今の辰巳にはこれが最適解だろう。

 だが、触手の一本を切り飛ばしても、すぐに別の触手が辰巳へと迫る。しかしその触手を、後方から高速で飛来したものが先程と同じように切り飛ばした。

 辰巳の後方から飛来したもの。それはカルセドニアが使用した〈水〉系統の攻撃魔法、《水輪》である。

 水を平たい円状に伸ばしそれを高速回転させることで刃とする、〈水〉系統には珍しい攻撃魔法。

 本来、〈水〉には回復や防御補助の魔法が多いが、数少ないものの攻撃魔法も存在する。

 〈水〉系の攻撃魔法は単体攻撃ばかりなので、魔法による攻撃にはやはり向いていない系統と言えるだろう。

 カルセドニアがいつもの雷撃系ではなく《水輪》を使用したのは、貫通力に優れる電撃系だと辰巳をも巻き込む可能性があったことと、防御力に劣る触手なら《水輪》で十分効果が見込めると判断したからだ。

 背後からの支援に心の中で礼を告げ、辰巳は更に触手を切断するべく、残る四本へと意識を集中させた。




 朱金が宙を走り、最後の触手が切断された。

 触手の切断面より体液を撒き散らしながら、鎧竜が苦悶の咆哮を上げる。

 《瞬間転移》と《飛翔》を最大限に活用し、一撃加えては離脱を繰り返しつつ、辰巳はどうにか鎧竜の触手の全てを切断することに成功した。

 だが、いくら触手を全て切断したとはいえ、それだけでは鎧竜は倒せない。人間の爪が割れたぐらいでは、激痛は感じてもそれが致命傷には至らないのと同じだ。

 宙を自在に飛び回って鎧竜の触手を攻撃していた辰巳は、全ての触手を切断したことで地面に足をつけ、少しだけ緊張を解く。

「……何とか、触手を処理できたな」

 苦しげに身悶える鎧竜を、辰巳は少し離れた所から肩を激しく上下させつつじっと見据える。

 その彼の元へ、カルセドニアが再び駆け寄ってきた。

「お怪我はありませんか?」

「大丈夫。多少の掠り傷はあるけど、大したものじゃない」

 空中で動き回る触手に肉薄して攻撃を仕掛けていたのだ。どうしても多少の被弾は免れない。

 それでも防御力に優れる飛竜の鎧のお陰で、辰巳が受けたダメージは精々中程度の打撲だけである。

 これが一般的な金属製の鎧、もしくは下位の魔獣素材の鎧であれば、触手が掠めただけで鎧は破損し、その内側の肉体にまで大きな被害が及んでいたであろう。

 しかし度重なる魔法の連続使用で、魔力はともかく辰巳の体力の方が尽きかけていた。カルセドニアは素早く詠唱を行い、辰巳の体力を回復させる。

 カルセドニアの回復魔法を受けて、肩で息をしていた辰巳がその表情を和らげた。

「ありがとう、カルセ。そろそろモルガーさんたちもこっちに来る頃だろうから、もう一踏ん張りだ」

「はい、旦那様」

 目の前の巨大な鎧竜から注意を逸らすことなく、それでも辰巳は耳を(そばだ)てる。その彼の耳に、鈍い爆発音が届いたのはまさにその時だった。

「どうやら、モルガーたちのようですね」

「ああ、そのようだ」

 腹にずんと響くような爆発音。しかし、その爆発音はすぐに聞こえなくなる。その代わり、巨大なものが大地に横倒しになったかのような震動が、ごく僅かながらも辰巳とカルセドニアの足に伝わってきた。

 おそらく、モルガーナイクたちが最後の通常体を倒したのだろう。

 そして辰巳のその推測を裏付けるように、しばらくすると彼らの元へと近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。

「タツミ、カルセ、無事か?」

 森の木々の向こうから姿を見せたのは、やはりモルガーナイクたちだった。

 辰巳が見たところ、どうやら大した怪我もないようで、三人が無事であることに安堵の表情を浮かべる。

「状況はどうなっている?」

 モルガーナイクの質問に、辰巳は手短にこれまでのことを彼らに説明していく。

「……そ、そんなにたくさんの異能があったのっ!?」

 その話を聞き、ジャドックが目を丸くする。もちろん、モルガーナイクとミルイルもジャドック程露骨ではないものの、やはり驚きの表情を浮かべていた。

 ちなみに、五人とも変異体への警戒は解いていない。視線は鎧竜に固定しながら、言葉だけで情報の交換をしている。

「やはり、一番厄介なのは体を丸めて高速移動することですね。速すぎて狙いが定められないし、よしんば狙いをつけたとしても、身体を丸めるので生半可な攻撃じゃ通用しません」

 鎧竜の腹側は甲殻で覆われていないので弱点と呼べるが、変異体は体を丸めることでその弱点をカバーする。

 丁度ダンゴムシやアルマジロが、体を丸めて全身を守るのと同じだ。しかも、その状態で移動攻撃も可能なのだ。辰巳の言うように、体を丸めて転がっている時が一番手に負えないだろう。

「いや……逆にそここそが狙い目だ」

 しかし、モルガーナイクは辰巳とは違う考えをしているようだった。




 触手を全て切り飛ばされたことで、鎧竜は怒り狂っていた。

 口元より生じる激しい痛みに、魔獣は苦しげに身を悶えさせる。

 そして、この痛みを自分に与えた小さな敵に報復せんと、敵意に燃えて改めて周囲に気を配る。

 だが、その時すでにその小さな敵たちの姿は見えなかった。どうやら、自分が苦しみ悶えている間に木々の間に紛れたのか、それとも逃げ出したのか。

 怒りのぶつけどころを見失った魔獣は、収まらない怒りを周囲へと撒き散らし、手当たり次第に木々をへし折る。

 のしかかり、噛み砕き、突進し、周囲に生えてきる木々を次々に破壊していく。そうやって何本目かの樹木をへし折った時、不意にへし折った木の裏側から一つの小さな影が飛び出した。

 鎧竜はその小さな影が、先程自分に苦痛を与えた敵の一人であることにすぐに気づいた。

 潜んでいた樹木を破壊されたことで、慌てて飛び出したのだろう。

 いまだ怒りに燃える鎧竜は、すぐにその小さな敵に攻撃をしかける。巨体を持ち上げ、のしかかるように振り落とす。

 しかし、小さな敵は非常にすばしっこい。いくら鎧竜がのしかかろうが、敵は素早く逃げ回る。

 ならばと毒霧を吐き出すものの、小さな敵はすぐに毒霧の影響圏から遠ざかる。

 それでも何故か、小さな敵は完全に逃げ出すわけでもなく、鎧竜の周囲をうろちょろする。そして、怒りに支配されている魔獣は、そのことにまで気が及ばない。

 何度も巨体を振り下ろすが、小さな敵には全て避けられてしまう。

 ならばと鎧竜は、その巨躯を一際大きく仰け反らせる。そして、勢いよく頭部を振り下ろし、その勢いのままに体を丸めて転がり出した。

 転がり始めた巨大な球体。球体はすぐに速度を増し、小さな敵を圧死させんと迫る。

 しかし、小さな敵は自分に迫る死の球体を前に、なぜかにやりとした笑みを浮かべた。もっとも、体を丸めて転がった鎧竜には、その笑みは見えなかったが。




「タツミっ!! 今よっ!!」

 にやりとした笑みを浮かべた小さな敵──ミルイルが、上空を振り仰いで叫ぶ。

 そしてその叫びに応じて、上空より一筋の朱金の輝きが流星のごとく奔り、そのまま大地へと突き刺さった。


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