表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/169

変異体との戦闘

 かなり近い距離から響いてくる戦いの音。

 稲妻が炸裂し、炎が舞う。そして、木々がへし折れる音と共に、魔獣が上げる咆哮も聞こえてくる。

 それらを耳にして、シェーラと里の仲間のエルフたちは不安そうな顔を浮かべた。

 湖の水面から顔だけを出し、シェーラはとある方向をじっと見つめる。そこでは今、彼女のよく知る魔獣狩りたちと鎧竜の戦いが繰り広げられているはずだ。

 彼女と一緒にいるエルフたちも、シェーラと同じ方向を不安げに見つめる。

 もしも、今鎧竜と戦っている魔獣狩りたちが敗北すれば。いや、例え敗北とまでいかなくても、鎧竜が魔獣狩りたちを突破すれば。魔獣による被害は湖の周囲に点在する人間の村々や、湖の底にあるエルフの里にも及ぶだろう。

 鎧竜は水中でも活動できる魔獣である。水中にあるエルフの里といえども安全だとは言い切れない。

「みなさんは……大丈夫でしょうか……」

 思わずシェーラの口から零れ出た呟き。彼女は手を合わせると、エルフが主神として崇める海洋神ダラガーベに、魔獣狩りたちの無事を祈るのだった。




 地響きと共に、巨大な球体が高速で迫る。

 周囲の木々をなぎ倒し、点在する岩を圧し潰しながら、巨大な球体──体を丸めた鎧竜の変異体が、自らに牙を向ける小さな生き物たち、つまり人間へと襲いかかる。

 巨大な球体が見る見る迫るその光景は、見る者に途轍もない恐怖心を抱かせる。

 あの球体に圧し潰されたら、どんなに強固な鎧を着ていようとも轢死するのは間違いない。

 一方的に与えられ、逃れることのできない死。それが恐怖の正体だ。

 その恐怖に足が竦み、逃げる速度も鈍る。もしくは恐怖で何も考えられず、ただひたすら球体から遠ざかろうと闇雲に逃げ続ける。そして、体力が尽きたところで球体に圧し潰されるのだ。

 それが、これまでに鎧竜に牙を向けた小さな生き物たちの末路であった。しかし、今回の小さな生き物は少々勝手が違った。

 球体となった鎧竜が目前まで迫った時、小さな生き物は隣にいたもう一体を抱き抱えると、そのまま空へと舞い上がったのだ。

 さすがの鎧竜も、空を飛ばれては圧し潰すことはできない。

 転がるのを停止し、ぐりんと体を伸ばす鎧竜。そして、黒曜石のような輝きを持つ複眼に敵意を宿しながら、それを空にいる小さな生き物へと向けた。




「さすがに空までは飛べないみたいだな」

「あれで空まで飛ばれてしまうと、もう完全に別の竜ですね」

 カルセドニアを抱き抱えながら、辰巳は足元を見下ろす。

 一際巨大な鎧竜が、その複眼を空に停止する自分たちへと向けている。そこに宿るのは明確な敵意。昆虫に似た竜種には、本来表情というものがない。しかし、今の鎧竜からはひしひしと敵意が伝わってくる。

「本来なら、このまま上空からの遠隔攻撃が基本だけど……」

「〈雷〉系統の魔法は鎧竜の外殻に弾かれてしまいますし、私の場合は他の系統では〈雷〉ほどの火力は望めませんし……」

「《魔力撃》も自殺行為だな」

 先程標準体の鎧竜の一体を仕留めた辰巳の《魔力撃》も、変異体には使わない方がよさそうだ。

 『アマリリス』は《瞬間転移》と組み合わせることで、辰巳の視界内ならば事実上無限の射程を誇る。

 しかし、『アマリリス』の朱金の細鎖の実際の長さは七~八メートルほどしかない。もしも『アマリリス』を変異体の体に突き刺せば、鎧竜が球体になって転がった際にそのまま引き込まれて潰されてしまうだろう。

「……かといって、あれだけ速く移動されると《裂空》で捉えるのも難しいな」

「何らかの方法で、足止めが必要ですね」

 現状、辰巳とカルセドニアには決め手がない。標準体の鎧竜ならばまだしも、変異体はやはり一筋縄ではいかないようだ。

「さっきの《樹草束縛》はどうだ?」

「試してみましょう」

 辰巳の提案に頷いたカルセドニアは、辰巳に抱き抱えられた格好で呪文の詠唱を開始した。




 カルセドニアの魔法の効果によって、鎧竜の周囲の木々が次々に枝を伸ばしていく。

 伸ばされた枝同士が複雑に絡み合い、頑丈な網となって鎧竜の体を覆う。しかし、鎧竜はその巨体をぶんぶんと左右に揺さぶり、体に絡みつく枝を引きちぎる。

 標準体には効果を及ぼしたカルセドニアの《樹草束縛》も、変異体を絡め取ることはできないようだ。

 単に巨体故に拘束できないのか、それとも魔法に対する抵抗力が高いのか。

 鎧竜が伸びた枝を振り払う様子を見て、辰巳は小さく落胆の溜め息を零す。

「……どうやら無理っぽいな」

「力及ばす、申し訳ありません……」

 辰巳の腕の中から鎧竜を見下ろすカルセドニアは悔しそうだ。

「よし、《瞬間転移》で一気に近づき、《裂空》を仕かけてみる」

 辰巳とカルセドニアは互いに頷き合う。そして一旦《瞬間転移》で鎧竜から離れた地面へと移動、そこにカルセドニアを優しく下ろすと再び辰巳の姿が消え去った。

 ジュセッペやカルセドニアの指導の元、随分と魔法の行使に慣れた辰巳だが、それでも魔法を扱う能力は二人にはまだまだ及ばない。

 《瞬間転移》で『アマリリス』の鎖だけを移動させ、《裂空》で標的を斬り裂く。そのコンビネーションは、相手がどんな達人であろうとも初見ではまず躱せないだろう。

 しかし、現状の辰巳はこの二つを同時に発動できない。《飛翔》と《加速》ならば方向性が似ているせいか、それとも単に相性がいいのか同時に発動させることができるが、《瞬間転移》と《裂空》の同時発動は不可能だった。

 そのため、《瞬間転移》で跳んだ後、《裂空》が発動するまでに僅かなタイムラグが存在してしまう。

 とはいえ、そのラグはほんの一、二秒ほど。呪文の行使に詠唱を必要とする詠唱魔法では、まず考えられない魔法の連続使用といえる。しかし、ほんの数瞬の遅れが命取りに繋がる戦闘において、一、二秒は以外と大きい。

 カルセドニアの隣から消えた辰巳が、鎧竜のすぐ傍に現れる。

 先程は、鎧竜が吐いた毒霧に飲み込まれそうになった。そのため、毒霧を警戒した辰巳は、魔獣の尻の方へと転移した。

 鎧竜は毒を口から吐き出す。そのため、口ではなく尻の方なら突然毒を吐きかけられることもないだろう。

 そう判断した辰巳は、魔獣の尻側へと転移した。

 しかし転移した彼を待っていたのは、毒に汚染され紫に変色した空気だった。




 転移を終えた辰巳を、毒々しい紫に変色した空気が出迎えた。

 瞬時にそれが鎧竜の毒だと判断した辰巳は、《裂空》ではなく《飛翔》を発動させて上空へと退避。

 事前に準備しておいた《矢逸らし》の魔法が毒の大半を吹き散らしてくれたものの、それでも僅かに毒を吸い込んでしまう。

 鼻の奥や目に、つんとする刺激を感じる辰巳。口や鼻から吸い込んだ毒は、口の中に含んでいる薬草が中和してくれる。

 しかし、目だけは防ぎようがない。これが現代日本ならば各種のゴーグルなどで目を保護することもできるが、当然ながらそんな物はこちらの世界にはない。

 目に入った異物を洗い流そうと、辰巳の身体は勝手に涙を分泌する。その涙で更に視界がぼやけ、辰巳は視界を回復させるために必死に涙を拭う。

 《矢逸らし》の魔法のお陰で、毒が目に入っても涙を流す程度で済んだのだ。これがもし無防備なまま毒が目に入れば、その瞬間に失明していたかもしれない。

 ようやく回復した視界の中、辰巳はどうして自分が毒霧に巻かれたのかを悟る。

 巨大な鎧竜は、いくつもの節に分かれた甲殻の隙間から、盛大に紫色の霧を吹き出していたのだ。

「口からだけじゃなく、甲殻の隙間からも毒を撒き散らすことができたのか……」

 おそらく、これもまた変異体としての異能なのだろう。

 この分では、他にも特異な能力があるかもしれない。辰巳は警戒を新たにすると、転移で地上のカルセドニアの傍へと移動した。




「大丈夫ですかっ!?」

 隣に転移してきた辰巳に振り向き、カルセドニアは不安げな表情を浮かべた。

 そんな彼女を安心させるため、辰巳は笑みを浮かべる。

「大丈夫。少し目に異物感がある程度だ。カルセの魔法のお陰だよ」

 辰巳に異常がないと分かり、カルセドニアは安堵の溜め息を吐く。

「しかし、これで迂闊に近寄れなくなったな」

「そうですね。全身の甲殻の隙間からも毒が吹き出すとなると、例え《瞬間転移》でも危険です」

 二人は真っ直ぐに鎧竜を見据えながら、今後の方針を相談する。

 下手に近寄ることが危険だと判断した今、遠隔攻撃を主体にせざるを得ない。

 しかし、辰巳たちの中で最大の火力を誇る遠隔攻撃は、カルセドニアの〈雷〉系の魔法である。その〈雷〉系が鎧竜にはあまり効果がないとなると、遠隔攻撃だけで巨大な鎧竜を仕留めるのは厳しくなってくる。

 この鎧竜の変異体は、相性という点では辰巳とカルセドニアにとって最悪の相手と言えそうだ。

「ここは時間稼ぎに専念して、モルガーたちが最後の標準体を倒すのを待つのが得策かと思います」

「そうだな。モルガーさんたちと合流してから、改めてあのデカブツを攻略した方がいいな」

 自分たちの手に負えない相手ならば、他者の力を頼ればいい。辰巳とカルセドニアには、頼りになる仲間がいるのだから。

 攻撃は牽制程度に留め、辰巳とカルセドニアは防御主体の戦法に切り替える。

 モルガーナイクとジャドック、そしてミルイルの三人ならば、標準体の鎧竜を倒すのにそれほど時間は必要ないだろう。

 彼らが鎧竜を倒すまで耐えればいい。辰巳とカルセドニアは、仲間を信じて持久戦へと移行していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ