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かつての仲間

 辰巳たち一行は街道を順調に進み、その日の夕暮れ前には小さな宿場町に到着した。

 少し時間は早いが、本日の旅程はここまで。ここを通りすぎると、途中で野営をすることになってしまうからだ。

 野営を苦にするような者は一行の中に一人もいないが、それでも休める時にしっかりと休んでおくのも、魔獣狩りの鉄則の一つである。

 宿場町に足を踏み入れた辰巳は、愛騎であるポルシェの上から、町の中をぐるりと見回した。

 それほど大きな宿場町ではない。これまで辰巳が見てきた宿場町の中では一番小さいだろう。

「思ったより小さな町ですね」

「ここはそれ程重要な街道でもないからな。それに、周囲に大きめの街もない。つまり、利用する旅人も当然多くはないんだ」

「なるほど。大きな町にはなかなか発展しないってことですか」

 辰巳の隣にパーロゥを並べたモルガーナイクが、その通りだと頷いた。

「それでも街道を利用する旅人は皆無ではないし、この近くの森や山地は意外といい猟場だ。そのため魔獣狩りが多く利用する傾向があるな」

 言われてみれば、町の中には鎧姿の者が多々見受けられる。モルガーナイクが言うように、彼らはこの近くで獲物を狙う魔獣狩りなのだろう。

 このような町の特徴もまた、魔獣狩りにとって必要な情報の一つだ。辰巳は真面目な表情で、じっとモルガーナイクの説明に聞き入っている。

 そしてそんな辰巳の背中を、少し離れた所からカルセドニアがじっと見つめていた。

 夕暮れが迫る赤味を帯びた太陽の光に負けない輝く美貌を、不機嫌という名の色に染めながら。

「……むぅ……また旦那様とモルガーが仲良くしている……」

「もう、カルセちゃんったら。モルガーナイク様に嫉妬しても仕方ないでしょ?」

「ひょ、ひょえっ!? じゃ、ジャドックさん……も、もしかして聞こえてました……?」

 慌てて振り向いたカルセドニアの視線の先に、苦笑を浮かべたジャドックがいた。

「イイオトコの回りには、男女問わず人が集まるものよ。《天翔》の妻ならば、そのことを誇りに思わなくちゃ」

「それは分かっていますが……」

「ほらほら、そんな顔していないで。この町、故郷が近いからミーラちゃんの顔が結構利くそうよ。いい宿を知っているらしいから、早いトコそこに腰を落ち着けましょ」

 ジャドックが視線を向ける方を見れば、猪車から降りて遠ざかっていくミーラとシェーラ、そしてミルイルの背中があった。

「タツミちゃんとモルガーナイク様も、いつまでも町中を眺めていないでそろそろ行くわよン」

「おう、今行くよ」

 辰巳とモルガーナイクが、並んでパーロゥを進ませてくる。

 その様子を、カルセドニアはやっぱりおもしろくなさそうに見つめていた。




 ミーラが一行を案内したのは、〔輝ける夕日亭〕という宿屋だった。

 それほど大きな宿屋ではないが、ここは料理が美味いと評判なのだそうだ。

「じゃあ、私は親父さんと話をして部屋を確保してくるよ。男女別で二部屋でいいよな?」

 ミーラの言葉に一行は頷く。中には一名ほど不満そうな者もいたが、さすがにそれを口に出すことはなかった。

「じゃあ、俺たちはその間にパーロゥたちを厩舎に入れてくるから」

「分かったよ《天翔》さん。厩舎を使うことも親父さんに伝えておくよ」

 辰巳はポルシェとフェラーリの手綱を引きながら、宿屋の裏手へと回る。そこには手入れの行き届いた厩舎があり、その中の空いている場所に二羽のパーロゥを繋いでいく。

 モルガーナイクも自分の愛騎を、そしてジャドックは猪車から外したパジェロを、それぞれ厩舎へと入れていった。

 騎獣たちにたっぷりと餌と水を用意してから、辰巳たちは改めて宿屋の方へと向かう。

「なかなか、カンジのいい宿ねぇ」

「そうだな。厩舎もしっかりと手入れされていたし、そういうところからも、この宿の主人の人柄が窺えるな」

 ジャドックとモルガーナイクが、宿の外観を眺めながら言葉を交わす。

 二人が言うように、この宿屋は細かな所までしっかりと手入れが行き届いている。

 外観は確かに古ぼけてはいるものの、薄汚れた感じは全くない。古ぼけたところが、逆にいい雰囲気を醸し出しているぐらいだ。

 おそらく、この宿屋の主人は真面目で気配りの利く人物なのだろう。そういう人物の店は、利用する方も気持ちがいい。

 ミーラもこの店は料理の評判がいいと言っていたことだし、辰巳は心の中で浮き立つものを感じた。

 三人で和やかな雰囲気のまま、ゆっくりと入り口の扉を押し開ける。

 途端に流れ出してくる様々な匂いや喧騒は、すっかり辰巳にも馴染みのあるものだ。

 しかし、店の中を一瞥した途端、ゆらりと辰巳の身体から冷たい怒気が溢れ出した。

 その怒気に気づいたモルガーナイクが思わず上体を軽く仰け反らせ、ジャドックが天を仰ぎながら四本ある腕の一本でぴしゃりと額を叩く。

 辰巳が突然怒りを露にした理由。

 それは彼の最愛の女性が、数人の男たちに絡まれているところを目撃したからだった。




「親父さん」

 ミーラが声をかけると、カウンターの奥で忙しそうにしていた中年の男性が振り返った。

「おお、ミーラじゃないか。久しぶりだねぇ」

 でっぷりと太った腹を揺らしながら、店の店主がにこやかに笑う。

「おいおい、よくよく見れば別嬪さんばかりじゃないか。みんなミーラの知り合いかい?」

「まあね。ちょっとしたことで知り合ってさ。私たちはこれから、湖の方へ行くつもりなんだ」

 親しそうに話すミーラと店主。確かに店主の言う通り、この一行には容姿に優れた者が多い。

 《聖女》として名高いカルセドニアや、エルフであるシェーラ。そして、ミルイルも標準より優れた容貌をしているし、ミーラ自身も決して見た目は悪くない。

 現に、この宿屋の食堂にいる男性の魔獣狩りや旅人たちは、彼女たちが入ってきた時からちらちらと視線を送り続けている。

「湖の方へ……ってことは、噂の鎧竜……か?」

 店主はミーラたちの姿を順に眺めていく。その装備から彼女たちが魔獣狩りだと見当を付ければ、そこから彼女たちの目的も大体分かる。

 念のために店主が忠告を口にしようとした時。不意に横合いから三人ほどの男たちが割り込んできた。

「女ばかりで鎧竜だと? 正気かよ、ミーラ?」

「まさか、ここでおまえに出会うとは……やっぱり、俺たちはいずれの神のご意思の元に結ばれているんじゃないか?」

「へへへ、これまたいい女ばかりいるじゃねえか。よしよし、ここは俺たちが鎧竜を狩るのに協力してやるよ。その代わり……分かるよな?」

 口々に勝手なことを言いながら、にやにやした粘ついた笑みを浮かべる男たち。彼らの顔を見て、ミーラの顔色が途端に悪くなる。

「ねえ、ミーラ。もしかしてこいつらって……」

 男たちが誰なのか思い当たったミルイルが、男たちからミーラを庇うような位置に立ちながら尋ねた。

「う、うん……こいつらが、私が前に組んでいた……」

 そう。彼らこそが、以前にミーラが組んでおり、彼女に男に対する不信感を叩き込んだ魔獣狩りたちだった。

 粘ついた笑みを浮かべる男たちを見てミルイルは、こいつらならミーラが男に不信感を持つのも無理はないと悟る。

 下心丸出しの笑みや、見ただけで分かるそれほど高くはない実力。逆にどうして最近までミーラがこいつらと一緒だったのか、と疑問に思えるほどだ。

 だからミルイルは、冷たい表情のままあっさりと彼らの申し出を断る。

「結構よ。人手は足りているの。それも、とびっきりの人手がね」

 ひらひらと何かを振り払うように片手を動かしながら、ミルイルが告げる。

 その間、カルセドニアは全く彼らを無視し、シェーラは不安そうにミルイルとミーラを何度も見比べていた。

「そう冷たいことを言うなって。女ばかりじゃ何かと物騒ってモンだろ? ここは俺たちと一緒にいた方がいいぞ。その方が安全ってなもんだ」

 あんたたちといる方が余程危険よ、とミルイルが口にするより早く、男たちは彼女たちとの距離を詰めてくる。

「おお、よく見るとエルフやすげえ別嬪がいるじゃねえか」

「よくやった、ミーラ。勝手に俺たちの元から飛び出したことは、この姉ちゃんたちに免じて許してやるぞ」

「じゃあ、俺の相手はエルフの姉ちゃんな」

「お、俺はこっちの胸の大きな別嬪がいいな」

「おいおい勝手に決めるなよ。ってことは、俺はミーラとこっちの気の強そうな姉ちゃんの二人か」

 勝手なことを口にして、粘ついた笑みを更に深める男たち。そんな男たちに、女性陣は揃って嫌悪感を露にする。

 彼女たちが黙っているのをいいことに、男たちは勝手に決めた相手へと近づいていく。そして、思い思いに女性たちの身体へと手を伸ばす。

 そんな時、宿屋の出入り口の扉が開き、そこから二人の人間と一人のシェイドが店内に入ってきた。

 それはこの男たちにとって、最悪のタイミングと言えるものだった。




 静かな怒りを全身から放ちながら、辰巳が一歩前へと踏み出す。

 その彼の肩を、逞しい腕がぽんと叩いた。

「お待ちなさいな、タツミちゃん。相変わらず、カルセちゃんが絡むと怒りっぽくなるんだから」

「あの程度の男たち、カルセなら簡単にあしらうだろう。少しは自分の妻を信じてやったらどうだ?」

 両サイドから多分に呆れの含んだ声をかけられ、辰巳は左右を見る。

 モルガーナイクとジャドックは、呆れた表情を隠そうともせずに辰巳を見ている。しかし、彼らも仲間の女性たちが絡まれているのを見て、穏やかな気分ではいないことが辰巳には伝わってきた。

「ここはこのおネエさんに任せなさいって」

 逞しい胸をどんと叩き、ジャドックはにこりと笑った。その笑みの中に凄味のようなものを感じ取り、辰巳の心の中で燃え盛っていた怒りの炎が一気に沈静化した。

「正直、女を勝手に扱うオトコって、オトメとして許せないのよねぇ」

 ごきりと首を一度だけ鳴らし、ジャドックは大股で男たちへと近づいていく。だが、辰巳はジャドックが足音を全く立てていないことに気づいていた。それどころか、その巨体の気配が嘘のように希薄になっている。

 今のジャドックは、まさに獲物へと近づく狩人だ。

「もしかして……ジャドックも結構怒っているのかな……?」

「普段はどちらかと言えば、温厚な人柄だが……」

 辰巳とモルガーナイクは、互いにそう言いながら顔を見合わせた。




「そこまでよ、お兄さんたち。オンナノコをお求めなら、アタシが纏めて相手をしてあげるわン」

 突然背後で聞こえた声に、女性たちの身体に触れようとしていた男たちは飛び上がらんばかりに驚いた。

 そして彼らが振り向けば、そこには凄味のある笑みを浮かべた巨漢の男がいた。

 鍛え込まれた逞しい体躯と、四本もある太い腕。そして、額に縦に並んだ第三と第四の目が、彼がシェイドであることを主張している。

 その巨体から溢れる鬼気に、男たちはあっと言う間にたじろいでしまう。

「ウチの可愛い女の子たちに勝手に触れちゃ……だ・め・よン」

 言葉こそは穏やかで軽いものの、そこに含まれる迫力が男たちの身体をゆるりと絡め取る。

「な、なんだよ、おまえは……っ!?」

「き、気持ち悪い喋り方をしやがって……お、俺たちを舐めているのか……っ!?」

 三人の内の二人がそう言った途端、彼らの顔を大きな掌が包み込んだ。

 大きな掌──もちろんジャドックのもの──は、その親指と小指を男たちのこめかみにぎりぎりと遠慮なく食い込ませる。

「あ、あが………………っ!!」

「ぐあ……………っ!!」

 頭が割れそうなほどの圧力をかけられて、男たちは声をあげて悶え苦しむ。

 そうしながら、ジャドックは最後の一人へとその鋭い眼光を向けた。

「早々に立ち去りなさいな。さもないと……あそこにいる、アタシよりもっと怖いヒトたちが黙っていないわよン?」

 ジャドックが顎で自分の背後を指し示す。

 それに釣られて男がそちらを見れば、そこに二人の魔獣狩りがいた。

 黒と赤の鎧を着た二人の男たち。一人は黒髪黒目で一目で異国の人間だと分かる。もう一人は、その長身と炎のような赤い髪が非常に特徴的だった。

「ま、まさかあの二人は……」

 男も魔獣狩りの端くれだ。あのような外見の魔獣狩りの噂はしっかりと聞き及んでいる。

「じ、《自由騎士》と《天翔》……? ど、どうしてそんな大物がミーラと……」

 自分やミーラたちは、魔獣狩りの中ではようやく中堅に食い込めるかどうか、といったところだ。とてもじゃないが、噂に名高い《自由騎士》や《天翔》が相手では格が違いすぎる。そんな二人とミーラが一緒にいることが、男には理解できない。

「これ以上、ウチのコたちにちょっかいをかけると、本当にあの二人が黙っていないわよ?」

 更に凄味を強くして、ジャドックがゆっくりと言う。

「ま、まさか……ミーラはあの二人のどちらかの……」

 男の言葉に、ジャドックはその笑みを深める。もちろん、男たちに敢えて誤解させるためだ。

 ミーラやここにいる女性たちが、《自由騎士》や《天翔》といった大物たちの「関係者」であると勘違いすれば、以後に変なちょっかいは二度とかけてはこないだろう。

 代わりにおかしな噂が立つかもしれないが、辰巳やモルガーナイクぐらいになると、噂は既にあちこちであれこれと囁かれているものだ。今更一つや二つ、噂が増えても大差あるまい。

 締め付けていた男たちを解放し、もう一度ジャドックは顎で背後を示す。それは「さっさと出ていけ」という無言の指示だ。

 目の前の巨漢と背後の大物たちにすっかり怯えた三人の男たちは、肉食獣に追われる草食獣の如く店の外へと飛び出していった。

「さ、もう大丈夫よン。ほら、タツミちゃんもモルガーナイク様もこっちにいらっしゃいな」

 先程男たちに向けていたものとは正反対の暖かで親しみのある笑みを、ジャドックは仲間たちに向けて浮かべた。


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