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ミーラの決意

 鎧竜狩りに参加することを決めた辰巳は、〔エルフの憩い亭〕を訪れてエルに質問してみた。

「え? 鎧竜の見た目……ですか?」

「はい。カルセから鎧竜に関する情報は聞いたんですが、どうも外見に関しては今ひとつぴんと来なくて……なんせ、飛竜がアレでしたからね」

 日本人ならば、竜や龍と言われたらある程度は同じような姿の幻獣を想像するだろう。

 しかしこの世界の飛竜の姿は、その想像から遠く離れたトンボそのものだった。ならば、鎧龍も辰巳の予想外の姿をしていても不思議ではない。

 辰巳の知人の中で唯一、日本人としての価値観と知識を共有できるエルならば、的確な情報を与えてくれるだろう。そう思って、彼はここまで来たのだ。

「何となくですけど、話を聞いている限りはダンゴムシかムカデっぽくないですか?」

「あ、惜しいですね。鎧龍の姿は確かにダンゴムシに似ています。でも、ダンゴムシと言うよりも……」

 その後にエルの口から出た名称を聞いて、辰巳は思わずきゅっと眉を寄せた。




 辰巳とカルセドニア、そしてジャドック、ミルイル、モルガーナイクは、一日ほどで狩りの準備を済ませた。

 ミルイルがミーラと一悶着を起こしてから二日という、最短での旅立ちとなったわけだ。

 旅立ちの日の早朝、まだ日も昇らぬ内から一行は〔エルフの憩い亭〕に集合する。

 辰巳はいつもの通り漆黒の飛竜装備と『アマリリス』。腰には例の魔法の袋もある。

 カルセドニアも狩りの際の定番装備である、灰色のローブと拗くれた杖。ローブの袖や裾に隠されているが、手足には飛竜素材の防具を装備していた。

 モルガーナイクも()(ぐま)素材の()(じゅう)(がい)に、手には愛用の大槍。

 この大槍はミルイルが愛用している通常サイズの物より長く、その全長は二・五メートルを優に超える。柄の直径も通常の物より一回りは太い。柄のほとんどは頑丈な木製だが、穂先付近から柄の半分ほどまでが金属で補強されている。

 しかも、その穂先は辰巳の装備と同じ飛竜素材を用いた特別製だ。硬質鋭利な飛竜素材の穂先は、モルガーナイクの技量も合わさることで頑強な鎧龍の外殻さえ貫くだろう。

 ミルイルは鎧こそこれまでと変わらない煮固めた革鎧。彼女曰く、切り札である《魚人化》を発動させるとどうしても鎧は壊れてしまうので、高価な鎧はとても着られないのだそうだ。

 その代わり、武器の方は愛用の槍の穂先をモルガーナイク同様に飛竜素材に換装してある。

 また、彼女は飛竜の素材で二振りの小剣も作ってあった。最近、ミルイルは槍だけではなく両手に小剣を用いる二刀流も練習しているらしい。

 ミルイルに小剣の扱いを教えているのは、ジャドックとエルだ。ジャドックはシェイドとして一通りの武器の扱いに精通しているし、エルもまた小剣を扱わせればかなりの腕前だった。

 エルフであり女性でもあるエル。彼女の一撃の威力はどうしても軽い。しかし、そこを手数と速度で補う戦い方を得意とする。

 かつては異世界で冒険者として暮らし、日本からこの世界へと転移した後も、あちこちを旅した経験のある彼女は、精霊魔法だけではなく小剣の腕も一流の域に達しているのだ。

 実際、以前にエルと手合わせをした辰巳は、その変幻自在の剣捌きと決して途切れることのない連続攻撃に、一方的に防戦に追いやられた経験があった。

 とはいえ、日本で七十年ほど暮らしたことで、実戦の経験は相当錆び付いていたそうだ。

 冒険者時代の動きと勘を取り戻すまで随分苦労した、とエルは苦笑混じりに語ったことがある。

 そして、最後のジャドックはと言えば。

「……な、なあ、ジャドック……それって……」

「うふふん、コレ? これは今日のために顔見知りの鍛冶屋に大急ぎで作ってもらったのよン」

 辰巳はジャドックが担いでいるものを指差しながら、ぽかんとした表情を浮かべた。

 鎧の方は要所を板金で補強した鎖帷子。四本ある手の二本には、いつものように片手用の戦棍(メイス)

 しかし、残る二本の手で扱う得物は、今回辰巳たちに初披露となる巨大な得物だった。

「例の飛竜素材を扱える職人さんは、ミルイルちゃんの武器を準備するのに精一杯らしかったから、アタシはアタシで準備したってワケ」

 飛竜の素材を扱える数少ない職人を抱える〔ドワイエズ武具店〕。仕上がり間近だったミルイルの武器を優先して完成させてもらったため、ジャドックの分は間に合いそうもなかったのだ。

 そのため、別口でジャドックが準備した武器。それが今、辰巳が見つめている武器だった。

「それ……つ、ツルハシ……か?」

「へえ、タツミちゃんの故郷では、これを『ツルハシ』って呼ぶの? アタシの故郷では『ぶっ刺し斧』って呼んでいるわ」

 呼び方はともかく、ジャドックが今日のための準備したという武器は、どう見てもツルハシだった。それも、辰巳がよく知るツルハシより、更に二回りは大きい特大サイズのツルハシだ。

「鎧龍の外殻はかなり硬いって話だけど、これなら通用するでしょ」

 元々、ツルハシは岩などを砕くための道具だ。その巨大版をジャドックの膂力で用いれば、どれだけ鎧龍の外殻が強固だろうと刺し貫くことができるだろう。

 見た目はともかく、これ以上に心強く有効な武器もそうはないかもしれない。




 目の前にいる《天翔》や《聖女》、《自由騎士》といった、二つ名を持つ魔獣狩りたち。

 そして、二つ名こそないものの、上質の装備で身を固めたジャドックとミルイル。

 そんな彼らを、ミーラは羨望の眼差しで眺めていた。

 彼らが装備する武器や防具と比べると、自分の装備はどれほど劣るのかを痛感する。

 これまで頼りにしてきた愛用の戦斧が、何とも頼りなく思えてしまう。

 果たして自分は今回、彼らと共に鎧竜狩りに参加していいものか。単なる足手まといではないのか。それこそ、今の自分が最も毛嫌いする役立たずの「寄生」のようで、ミーラはしょんぼりと肩を落とす。

 その落ちた肩を、姉貴分であるシェーラがぽんぽんと叩いた。

「落ち込まないで、ミーラ。あなたがいてくれたからこそ、モルガーナイク様やカルセドニア様、そしてその仲間の方々がこうして動いてくださるのだから。あなたは決して役立たずではないわ」

 数日前までは、自分の手で鎧竜を狩るつもりでいた。しかし、今は状況が大きく変わり、自分よりも遥かに強い魔獣狩りたちが、鎧竜を狩るために行動を起こしてくれた。

 彼女から無駄な気負いが消えると、次に彼女の心に湧き上がってきたのは、強敵と戦うことへの恐怖だった。

 目の前に鎧竜が現れた時、果たして自分はいつも通りに動けるのか。しっかりと大地を踏み締めて、その腕で愛用の戦斧を振ることができるのか。

 その心配が、更なる恐怖となってミーラの心を縛り付ける。

「シェーラ姉さん……私……ミルイルたちと一緒に戦えるかな……? 私なんかが、一緒に戦ってもいいのかな……?」

 不安そうな顔の妹分の身体を抱擁しながら、シェーラは優しい声と表情で諭すように告げる。

「確かに、今の貴方はモルガーナイク様たちより全ての面で劣っているわ。でも、いつかは彼らに並び、そして追い抜けばいいの。今日はそのための勉強だと割り切りなさい」

「……勉強……」

「あなたが無理をする必要はないわ。今回、こんなにも頼もしい方々が、私たちの里のために集まってくださったのだから。あなたはあなたのできることで、皆様の力になればいいの」

 シェーラがその抱擁を解いた時、もうミーラの双眸には不安の影は見当たらない。

「分かったよ、姉さん。私は私のできることをする。ミルイルたちにもそう言ってくるよ」

 明るい表情でそう言うミーラの背中を、シェーラは後押しするようにぱんと叩いた。




「今回、私は雇い人と同じ扱いでいい」

 辰巳やカルセドニアたちの前で、ミーラははっきりとそう宣言した。

「エルフの里から出る報酬の分け前もいらない。鎧竜の素材もいらない。道中の雑用も何だってする。命じられたことには絶対に従う。だから……みんなの……いや、皆さんの傍で、その戦い方を見せてくださいっ!! 勉強させてくださいっ!!」

 と、ミーラは深々と頭を下げた。

 そんな彼女を、辰巳は当惑した表情でじっと見る。ふと隣へと目を移せば、彼の妻もまた困惑した様子でじっと自分を見ていた。

「私からもお願いします。どうか、ミーラの好きなようにさせてあげてください」

 頭を下げ続けるミーラの横で、シェーラもまたゆっくりと腰を折った。

「いいんじゃない?」

「アタシも、別にそれで構わないわよン」

 ミルイルとジャドックは、早々にミーラの言うことを受け入れていた。

「例え今回は金銭的な報酬はなくとも、今後の糧となるものは何かしら得られるだろう。魔獣狩りとはそうやって学ぶものだ」

 モルガーナイクもまた、ジャドックたちと同じ意見らしい。

「ミーラさんご本人が納得しているようだし、いいのではないでしょうか?」

「まあ……本人が納得しているなら……」

 強制したわけでもなく自分が言い出したことなのだ。これ以上他人がとやかく言うこともないだろう。

 そう判断した辰巳は、群青から青へと染まりつつある空を見上げた。

 間もなく、日も昇るだろう。そろそろ出発の時刻だ。

「よし、ミーラさんのことは本人の希望通りにしよう。それより、今は出発だ」

 辰巳の言葉に全員が頷く。

 辰巳とカルセドニアは、それぞれのパーロゥに騎乗する。

 ジャドックは辰巳所有のオークであるパジェロが牽く猪車の御者台に腰を下ろし、ミルイルはその隣。ミーラとシェーラの二人は、猪車の荷台の上だ。

 今回は、モルガーナイクも自前のパーロゥを連れてきている。

「モルガーさんもパーロゥを持っていたんですね」

「一人で狩りに行く時は、猪車の方が何かと便利だからな。正直、普段はあまり構ってやれないので、今回はこいつを連れ出すことにしたのさ」

 苦笑を浮かべたモルガーナイクが愛騎の首の辺りを撫でてやれば、彼のパーロゥは気持ち良さそうにされるがままでいる。

 どうやら、かなりモルガーナイクに懐いているようだ。

 パーロゥの羽毛の色は雀のようなカラーリングなのが一般的だが、モルガーナイクのパーロゥは全身が灰色の羽毛で包まれている。もしかすると、いわゆる「レアカラー」なのかもしれない。

「モルガーさん、先導をお願いします。シェーラさんのエルフの里の場所は知っていますよね?」

「もちろんだとも。先導は任せろ」

 颯爽とパーロゥに跨り、モルガーナイクは愛騎を駆る。その後を辰巳とカルセドニアのパーロゥ、そしてジャドックの操る猪車が続く。

 太陽が完全に顔を出した頃、三騎のパーロゥと一台の猪車は街道を軽快に駆け抜けていった。


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