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家族との再会


 辰巳とカルセドニアは、サヴァイヴ神殿の礼拝堂で再びベーギル司祭と対面していた。

「……誠に申し訳ありませんでしたな、《聖女》殿、《天翔》殿。そして、寛大なお心で我らをお許し下さり、村民に成り代わり改めてお礼申し上げまする」

 深々と頭を下げるベーギル司祭。

 ガルドーとその仲間たちが辰巳たちに仕出かしたことは、下手をするとこの村全てが消え去っていたかもしれないほどのことなのである。

 ラギネ村及びその近隣の地域は王領である。つまり、王家であるレゾ家の領地なのだ。

 そのレゾ家の領地内に存在する村の住民が、国という枠組みには組み込まれていないとはいえ、ラルゴフィーリ王国にとって重要人物であるジュゼッペ・クリソプレーズの身内に無礼を働いたのだ。

 もしもジュゼッペが今回のことをバーライドに抗議すれば、バーライドがその責任としてこの村の住民全てを処刑する、と言い出すことは十分あり得たのだ。

 もちろん、バーライドもジュゼッペも温厚な人柄であることは辰巳もカルセドニアもよく知っており、そこまでのことをするとは彼らも思っていない。

 しかし、処刑とまではいかなくても、税が重くなるなどの処罰はあり得るだろう。

 バーライドとしても、サヴァイヴ教団の最高司祭の身内に無礼を働いた者を、そのまま罰も与えずに放置しておいては他の村や町、そして何より神殿に対して示しがつかないからだ。

 確かにあのガルドーという男とその仲間たちの態度は、辰巳にもカルセドニアにも耐え難いものがあった。だが、だからと言ってこの村全体を巻き込むことまではしたくない。

 もしも罪を償わせるなら本人たちのみで。

 それが辰巳とカルセドニアが下した結論だった。

 もちろん、サヴァイヴ神の神官である辰巳とカルセドニアに、直接ガルドーたちを裁くことはできない。

 そのため、今回の件は王都に帰ってからジュゼッペを通し、バーライド国王に報告することにした。




「それでカルセ。あのガルドーという男は何者なんだ?」

「ガルドーについては、儂から説明しましょう、《天翔》殿。あやつはこの村の村長の息子で、次の村長になることが決まっておる者でしてなぁ」

 ガルドーは生まれつき体格に恵まれ、彼やカルセドニアたちの世代のリーダー格だったらしい。

 また、村長の息子ということもあり、大人もガルドーには強く言うことができず、そのため昔からやりたい放題だったとか。

 父親である村長もたった一人の息子、それも跡取りには極めて甘く、ベーギル司祭や村人たちが抗議しても、息子を戒めるようなことはしなかった。

「……その結果、自分の取り巻きたちを引き連れて、今でも好き勝手しておりますわい」

 さすがに物を盗んだり壊したりまではしていないが、それでも仕事もせずに一日中村外れの廃屋で(たむろ)しているという。

「しかも更に間の悪いことに、あやつはトガにおられる代官様とも村長を通じて顔馴染みでしてな。特に代官様のご子息であられるディグアン様とは昔から気が合うらしく、何かと便宜を図ってもらっているようでして」

 つまり、多少の悪事はディグアンを通じ、父親である代官に揉み消してもらっているということか。

 そう理解した辰巳の脳裏には、なぜか「悪代官に『山吹色の菓子』を献上する越後屋」の図が浮かび上がっていた。

 もちろん、「そちも悪よのぉ?」「いえいえ、お代官様ほどでは」というアレな台詞も一緒だ。

「どうやら、ガルドーの奴はカルセ……いや、《聖女》殿に目をつけたようですわい。《天翔》殿、奥方の身にはくれぐれもご注意くだされ」

 ベーギル司祭に言われて、辰巳は先程ガルドーがカルセドニアに向けていた粘つくような視線を思い出して、その顔をはっきりと顰めさせた。

「はい。カルセは……妻は自分が守ります。ところで、例の病気についての話を聞かせてください」

「うむ。儂があれこれ話すよりも、実際の病人を見た方が早いでしょうな。ご足労ですが、病人の元までご一緒願えますかな?」

 そう言ったベーギル司祭は、複雑そうな表情でじっとカルセドニアを見ていた。




 その家は、決して裕福とはいえないラギネ村の中でも、かなり粗末な部類に属するだろう。

 細い柱に板を打ち付けただけといった感の壁や、同じく板を乗せ、風に飛ばされないように重りの石を乗せただけの屋根。

 当然ながらあちこちに隙間が存在し、家の中はさぞ風通しが良いに違いない。

 家の前には小さな畑。その畑も、農業に関しては素人の辰巳が一見しただけで、決して肥えた土ではないことがはっきりと分かる。

 立地も村外れと言っていい場所で、唯一の長所はすぐ傍を小さな川が流れている点だろうか。

「この家の、今年十四歳になった娘が例の病気の患者でしてな……」

 立て付けの悪い扉をがたごとと音を立てて押し開けながら、ベーギル司祭が家の中に向かって声をかける。

「サヴァイヴ神殿のベーギルじゃ。邪魔するぞ」

 家の中に入っていったベーギル司祭に続き、辰巳も家の中に足を踏み入れようとした時。

 彼は隣のカルセドニアが呆然としていることに、ようやく気づくことができた。

「…………カルセ?」

「……この家……十四歳の……娘……?」

 カルセドニアの顔色は冴えない。もともと白い肌を病的にまで白くさせ、ただただ開け放たれた玄関の向こうを凝視している。

「もしかして……この家は……?」

「は……い……ここは……この家は……私が生れた家……」

 カルセドニアの唇から、辰巳の質問への返答の言葉が零れ落ちる。

「じゃあ……例の病気に罹っているのは……カルセの妹……ってことか……?」

「おそらく……私がこの村を出てから……生まれたのだと思います……私も自分に妹がいるなんて……今日まで知りませんでしたから……」

 カルセドニアが呆然と見つめる家の中。家の中は薄暗く、扉の外からでは中の様子を窺うことはできない。

 だが、ベーギル司祭と家人らしき人の会話は、途切れ途切れながらも聞こえてくる。

 辰巳は表情を引き締め、カルセドニアの手を取るとぎゅっと力一杯握り締めた。

「行こう。患者がカルセの妹なら……尚更早く治してあげないと」

 真剣な表情で自分を見つめる辰巳に、カルセドニアはゆっくりと、しかし、力強く頷いた。

 そして、二人は家の中に足を踏み入れる。

 彼の右手と彼女の左手が、しっかりと握り合わされたまま。




 辰巳とカルセドニアが家に入ると同時に、家人らしき男女の視線が彼らへと向けられた。

 薄い茶色の髪の男性は、四十歳半ばだろうか。身長は辰巳よりも高いが、どこか痩せている印象を受ける。

 淡い金髪の女性の方は、男性より少し年下の四十前後。こちらもやはり痩せ気味だが、その容姿は辰巳のよく知る女性ととても似通っていた。

 二人は家に入って来た辰巳とカルセドニアを、訝しげに見つめている。

 それもそうだろう。

 今の辰巳は全身黒一色の鎧姿で腰には剣を佩いている。カルセドニアもまた、魔封具であるローブを纏ったままだ。

 そんな二人が突然家に入ってくれば、誰だって警戒するに違いない。

「安心しなさい、二人とも。こちらの方々は、リィナの病気を看るために王都より来て下さった神官だ。この二人の身分は儂が保証する」

 ベーギル司祭が二人を安心させるように言うと、家人たちもようやく安心したのかやや緊張が和らいだようだ。

 それでも、中年の域に差しかかった夫婦は、じっと辰巳たちを見ていた。

 いや、彼らが見ているのは辰巳ではなく、その隣のカルセドニアだ。

 最初こそ訝しげに辰巳とカルセドニアを見ていた二人だが、その視線は次第にカルセドニアに集まるようになった。

 カルセドニアと、カルセドニアの母親は実によく似ている。誰が見ても、二人の間に血縁があることを疑うことはないだろう。

 だから、二人は気づいたのだ。

 突然現れた、王都から来たという二人の神官。その内の一人が、かつてこの村から追い出した自分の娘であることに。

 その証拠に、夫婦の目が徐々に大きく見開かれていく。

 同時に、辰巳の右手に伝わる小さな震動。それはカルセドニアの身体と心が小刻みに揺れ動く震動だ。

 辰巳は右手に更に力を込めて、カルセドニアの左手を握り締める。

「……カルセの気持ちは分かる。でも、今は……俺たちに与えられた役目を果たそう」

「…………はい、旦那様」

 カルセドニアの方を見なくても、辰巳には分かる。

 今、彼女が自分を見て、にっこりと微笑んでいることが。

 そして、もう辰巳の右手が小さな震動を感じることはない。辰巳の一言が……いや、辰巳の存在そのものが、カルセドニアの心と身体を安定させる。

「王都レバンティスのサヴァイヴ神殿より参りました、タツミ・ヤマガタ司祭といいます」

「……同じく、カルセドニア・ヤマガタ司祭です。早速ですが、患者を診せていただけますか?」

「え?……え? ヤマガタ……? 二人とも同じ……? って、せ、姓がある……っ!?」

 カルセドニアの父親が、驚いた顔で辰巳とカルセドニア、そしてしっかりと繋がれた二人の手を順に見比べる。

 このラルゴフィーリ王国において、姓を持つのは貴族だけである。二人が同じ姓を名乗ったことで、二人の関係を把握し、そして姓を持っていることで更に驚いたのだろう。

「こちらのお二人は姓を持ってはおられるが、決して貴族というわけではない。そもそも、神官となった時点で貴族の籍からは抜けることになるので、二人とも必要以上に緊張する必要はないぞ。それよりも、お二人に早く患者を診せなさい」

 ベーギル司祭に促され、中年夫婦ははっとした表情を浮かべる。

「は、はい……っ!! か、患者は……娘は、奥にいます」

 カルセドニアの母親が、そう言って家の奥を指し示した。




 カルセドニアの父親はベックリー、母親はネメアという名前らしい。

 そして、問題の患者の名前はリリナリア。今年で十四歳になったカルセドニアの妹に当たる少女で、やはりカルセドニアがこの村を出てから生まれたらしい。

 それらの情報を、辰巳は隣に立つベーギル司祭から聞いていた。

 今、カルセドニアは、大きな寝台に横たわる少女の傍らに跪いている。

 少女一人が寝るには大きすぎる寝台。おそらく、この寝台で親子三人が一緒に寝ているのだろう。

 辰巳がカルセドニアからやや離れているのは、患者である少女をカルセドニアが診察しているからだ。

 少女のスカートを大きく捲り上げて問題の足を診察しているため、辰巳は少女の気持ちを慮り、やや離れた所からカルセドニアの背中を見守っている。

 辰巳のいる場所からはよく分からないが、カルセドニアは患者の足をじっくりと診察し、二言三言患者と言葉を交わしているようだ。

 果たして、あの少女は自分を診察している女性が実の姉だと分かっているだろうか。

 両親はカルセドニアのことに気づいているようだが、そのことを妹に話した様子はない。また、カルセドニアとも診察に必要なことだけを事務的に話しているだけ。

「…………なんとか……してやりたいな……」

 十数年振りに、再会した家族。だが、彼らの間に家族としての会話はない。

 確かに、カルセドニアの両親が彼女をこの村から追い出したことは、辰巳も怒りを感じる。

 しかし、それもこのような辺境の村では致し方のないことだったのも、理解できることだ。

 ベックリーとネメアとて、喜び勇んでカルセドニアを追い出したわけではなく、苦渋の選択だったはずだ。もしも彼らが喜々としてカルセを追い出したのならば、旅の神官に預けるのではなく奴隷として売り払っていただろう。

 そして結果だけを言えば、ベックリーとネメアがカルセドニアを村から追い出したからこそ、彼女はジュゼッペの養女となり、辰巳を異世界から召喚することに成功した。

 更には、父親と母親、そして妹という家族構成は、かつて辰巳が失ったものと全く同じで。

 だから、余計にカルセドニアには失わせたくないと思ってしまう。

 両親と共に。妹と共に。カルセドニアが心から笑えれば、それが一番に違いない。

「…………なんとか……してやりたいな……」

「では、タツミ殿が声をかけておあげなされ」

 再び小声で呟いた独り言に、返事があったことに驚いた辰巳が隣を振り返れば。

 年老いた司祭が、優しげに目を細めて辰巳を見ていた。

「我がサヴァイヴ神は結婚の守護神。結婚とは、個人と個人だけではなく、家と家、家族と家族の結びつきであるとも言えましょう。ならば、家族の安寧もまた、我が神が求め守護するもの。カルセドニア殿とご結婚された以上、あの家族はタツミ殿の家族でもあるはず。あなたにもあの中に加わる資格は十分にありますぞ」

 老司祭に諭され、辰巳は一度大きく目を見開いた後、ゆっくりと老司祭に向けて笑みを浮かべる。

「……そうですね。ベーギル司祭の言う通りだと思います」

 ベーギル司祭に向けて一礼した辰巳は、妻の名を呼ぶ。

「どうかしましたか、旦那様?」

 名を呼ばれ、立ち上がって夫の元へと近寄るカルセドニア。

 そのカルセドニアを、辰巳はいきなり柔らかく抱き締めた。

「え? え? だ、旦那様……っ!?」

 突然目の前で展開された熱い抱擁に、それまでカルセドニアを複雑そうに見つめていた彼女の両親と、彼女が実の姉だと知らない妹までもが、顔を赤くしながら目を白黒させる。

 もちろん、突然抱き締められたカルセドニアも軽いパニックに陥っている。

 しかし、その彼女の耳元で、彼女の──彼女にとっては唯一無二の英雄は優しく囁いた。

「忘れたのか、カルセ? 旅に出る前に……二人で話しただろ?」

 辰巳の言いたいことは、カルセドニアも覚えている。二人で共に故郷の村へ赴き、そこで自分の両親に結婚の報告をする。

 辰巳は、カルセドニアに確かにそう言ってくれた。

 そして、彼女も夫のその言葉に頷いたのだ。

「だから……それを今からやろう。そして……俺もカルセたちの家族に入れてくれ」

 カルセドニアを腕の中から解放し、そのまま彼女に優しく微笑みかけた辰巳は、驚いた表情で自分たちを見ている義理の家族へと向き直った。

「お()()さん! お()()さん! 挨拶が遅れて申し訳ありません! 俺は……いえ、自分は、お二人の娘であるカルセドニアと結婚しました、タツミ・ヤマガタと言います! まだまだ未熟な若輩者ですが、これからは家族として、よろしくお願いしますっ!!」

 辰巳が両親に対して深々と頭を下げると、カルセドニアも改めて姿勢を正した。

「お……お父さん……お、お母さん……わ、私……じ、実はね……け、結婚したの……」

 最初こそぎこちなかったカルセドニアの言葉は、次第にその力強さを増していく。

 自分が結婚した男性を、十数年振りに再会した家族に誇るように。

「私は……お父さんとお母さんの娘のカルセドニアは……タツミ様と結婚して、今、凄く幸せです……っ!!」

 と、彼女は両親に胸を張って報告した。

 蕩けるような、幸せそのものといった笑顔と共に。


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