稲辺春香の謝罪 〈4〉
今回は長いです。
「………おはよ」
「おっ、今日は学校に来れたか」
木曜日、昨日の言葉を信じて、学校に出ることにした。
まだ怖いところはあるが、いつまでもくよくよしてるだけではいけないと思う。
意を決して出てきたのだが……。
「沙夜ちゃん…月曜日から学校に来てないらしい…。向こうも出てこないと、話もできないよね」
「とにかく……。まずはどっちかを説得させないとね」
「説得っていうか……話し合いだけどね」
あくまで、私が加害者であることには違いはないのだから。
と、いつものように自然に下駄箱に手をのばs
「………うぇ」
汚いゴミが大量に私の下駄箱に押し込められていた。
誰かの嫌がらせ。
しかも高確率で誰だか予測可能なもの。
「…………夕貴ちゃん、だよね」
夕貴ちゃんはあのとき、何もできずに立ちすくんでいた。
でも、止められるような状況でもなかったのだが、それ以前に、彼女は明らかに沙夜ちゃんの味方であった。
「とりあえず、一度夕貴ちゃんにどうしたらいいか聞いてみよう」
「…………うん」
「夕貴ちゃん…」
「…………」
夕貴ちゃんのいるクラスに行くと、夕貴ちゃんが席に座って本を読んでいるのが分かった。
そこに声をかける。
「…………なに?」
「あの……沙夜c」
「何!?また沙夜に何かしようっての!!?」
「えっ……」
夕貴ちゃんの敵意むき出しの視線が私を貫いた。
完全に私は敵の認識だった。
恐怖だが、私もここは頑張らないといけない。
「…っ…、私……、沙夜ちゃんに言いたいことがある……」
「無駄よ。犯罪者の子どものいうことなんか誰が聞くのよ。さっさと謝罪だけして私の前から消えて」
ばっさり。
とてつもないくらいにばっさりと私の要件を切り捨てる。
「…………私は……お父さんとは…違う、もん……」
「違う?…………誰を殺したかも知らずに…。自分の身内が、誰を不幸にしたかも知らずに!のほほんと生きてきたような人間が!そんなの…!私たちからすれば…殺人と一緒だよ!!」
「………いい加減にしなさいっ」
静止させたのは、優華だった。
「とにかく……このことはまた今度。もうすぐホームルーム始まっちゃうから」
「………っ」
意志が伝わらない悔しさが、私を締め付けていた。
くやしい……くやしい……。
私の意志が伝わらないことへの悔しさが、このうえなく私を締め付けた……。
そしてとうとう、何もできずに放課後まで来てしまった。
いつものようにパソコン部の部室を覗いても、夕貴ちゃんも沙夜ちゃんもいなかった。
いつものように動画再生をしている千夏ちゃんと、特に何をするまでもなく適当にサイトを巡っている上野先輩がいるだけだった。
「……最近夕貴ちゃんが来ないけど…何かあったの?」
千夏ちゃんが心配そうに私に尋ねてきた。
やはり心配なのか……でも、今起きていることを伝えるのはなんとなく気が引けた。
これは、被害者と加害者の問題であって、他の人間が入るべきものではない気がしたからだ。
「……いや、大丈夫、だよ」
「そうか…?顔色が悪いから少し心配だからな」
今日一日、顔色もあまり優れなかったらしい。
担任の先生に、保健室に行けと促されたくらいだった。
気分がいい状態でないだけなので、なんとか健康体アピールをし、ここまで来たのだ。
「ま……。妹さんのことでなんか忙しいのかもな」
「……! そ、そうですね」
妹と聞き、少し反応してしまった私。
「どうした?沙夜ちゃんに何かあるのか」
「い、いいいいいえ、別に何もないですよ!?」
「…………」
こうして、ぎこちないパソコン部の時間が過ぎていった―――――
「夕貴ちゃん、ちょっといい?」
その日の放課後、優華は茶道部にはいかず、他の場所に行っていた。
それはなんと、夕貴ちゃんの教室。
ちょうど夕貴ちゃんが帰る準備をしていたところだった。
「…ん。また何か用?もう春香はおことわr」
「私一人だよ」
「…………でもどうせ、春香のことでしょ?あんたたち夫婦みたいに仲良いもんね」
しかし、夕貴ちゃんは、優華に対しても冷たい反応をしていた。
優華が春香の味方であることに気付いていたからだ。
「夫婦に見えるか見えないかはさておき…。春香の言葉……。一度でいいから、聞いてあげることできない?」
「……沙夜が学校に来なくなった。あの日のことがトラウマのようによみがえるらしいんだ。そのたびに沙夜が泣いてるんだ」
「…………」
「それが全部…………春香のせいだって思うと……。あの犯罪者の子どものせいだって思うと…。憎くて憎くて仕方がない…。そんなやつのいうことを聞けっていうの?」
「夕貴ちゃん……。あなたは春香のことで、2つ間違いがあるわ……」
優華は、夕貴ちゃんとは違う、強いまなざしで夕貴ちゃんを見返す。
憎悪のこもった夕貴ちゃんとは裏腹に、熱意のこもった眼差し。
それは対抗するに十分だった。
「1つ……朝あなたは言ってたよね。『自分の身内が、誰を不幸にしたかも知らずに!のほほんと生きてきたような人間』って。春香はそんな子じゃない」
優華は、私の昔話をし始めた。
「あの子はね…。小学3年生からいじめを受けてた。理由は『犯罪者の娘』だから。あんたたちと一緒。で、そのいじめがあまりにもひどかった。暴力なんて日常茶飯事…。見るに堪えないようなことも平気でされてた」
「でもね……。彼女は『嫌だ』とか『やめて』って、一度も言ってなかった。代わりにいつも、『ごめんなさい』って繰り返してた」
「私は聞いたの。なんで彼女にいじめがあるのかって。そしたら
『だって……私…………犯罪者の子供なんだもん……。みんなとは違うんだもん…………。犯罪は悪いことだもん……だから。だから私も、悪いんだもん』
って言うんだよ」
「春香は、自分が何よりも、『加害者の子ども』であることを理解してた。自分の親のせいで、他の誰かが泣いたんだって。理解してたんだと思うよ。だから、4年間も……ずっと辛いいじめに耐えたんだ」
「そして、2つ…。悪いのは、彼女じゃない…。春香の父親なの。だから、犯罪者の娘だどうだなんて、関係ないから」
ここまで彼女は、一切夕貴ちゃんに話させることなく言い切っていた。
「で、でもっ……。あの子は…っ! 沙耶はまだ苦しんでるっ!7年経った今でも……。ずっとずっと!!」
「…………でも。春香にその憎しみを投げつけるのはよくない。彼女は無関係だから」
「だったらっ!!どうしたらいいのっ。私が慰めてあげるだけじゃ……。沙夜は立ち直らないんだ…」
本当は、自ら元気づけてあげたい…そうしたいのはやまやま。
夕貴ちゃんはそうなのだろう。
「でも………もしたとえ………、春香ちゃんに憎しみを投げつけて解決するなら…!それでいい!! 沙耶が闇を背負ってる姿なんて…私は見たくない!!」
夕貴ちゃんだって、心底はただの妹思いの優しい姉だ。
別に本気で憎みたいわけではない。
「それがだめなんだったら…………。だったら……どうすれば……っ!!」
「だったら―――――」
「ねぇ。本当のこと、話してよ」
上野先輩が用事があると先に帰り、千夏ちゃんと二人っきりになったとき、千夏ちゃんが話しかけてきた。
「本当のこと…?」
「……沙夜ちゃんと夕貴ちゃん……。何かあったんでしょ?」
千夏ちゃんが何かを確信したかのように見てくる。
彼女の目は真剣だった。
というか、彼女はこんなキャラだったっけ?
「……実は……」
全て話した。
できる限り、客観的視点になるように話した。
だって、この件で一番大切なのは、加害者ではない、被害者だからだ。
「………なるほどね」
「どうしたらいいと思う?」
「…………沙夜ちゃん。本当に、春香ちゃんに恨みがあるだけだと思う?」
「……?」
「私…、それだけじゃないと思う…」
私にはわからなかった。
「……春香ちゃんのお父さんに、自分のお父さんを殺された。でも…、あなたは、そのことについては知らなかった。沙夜ちゃんが怒った。だって9歳の女の子にそんな詳しい説明なんかできるわけないよ」
「でも……。向こうはそれを知ってた。だから沙夜ちゃんは、悲しみを胸に、ずっと生きてきたんだよ。お父さんを失った悲しみを、しっかりと記憶して」
そうか……悲しみのためでもあるのか…。
私を憎むのは………心に、お父さんを失った悲しみを、まだ抱え込んでいるから。
彼女の心にある悲しみを解くためには…………。
悲しみよりも、強い気持ち、強くて、そして明るい感情で溢れさせればいいんだ。
「「だったら……パソコン部で、思い出をいっぱい作ればいいじゃない!!」」
私は、急いで優華に電話した―――――




