とある部員の動画投稿
エガオ動画は、インターネットにある巨大な動画サイトのことである。
独特のコメントシステムを採用し、多数の人間と一緒に動画を見ているような気分になれるサイトである。
そのなかには、メカボの動画や歌を作っている人が新作を投稿したり、プロの音楽家が歌っていたりなど、非常に豪華な人たちを見ることも可能である。
そのほかにも、絵を投稿したり、アニメを見たり、生放送をしたりなど、さまざまなツールがあるのも特徴だ。
この動画でアカウントを所得することで、好きなように動画を見たり、実は投稿することも可能なのである。
「どうやってアカウントを取るの?」
「エガオ動画で検索、新規アカウント所得、で個人情報を入力すればOK」
「え、大丈夫なの?個人情報とか」
「住所とか入力するわけじゃないんだから…。メルアドだって、フリーメールのメアドとかにしちゃえばいいんだし」
「…………???」
「えっとね、こうして、こうしてー」
少しじゃなく、かなり呆れた顔をされたのだが、分からないものはしょうがないじゃないか……。
「~~~~~~~~♪♪」
「それ、なんて曲?」
下校中、優華が尋ねてきた。
いつの間にか口ずさんでいたようだ。
「音野くみのボウソウ」
「なにそれ?」
「…………前言ってた、新入部員の子が歌ってた曲だよ」
メカボだったかなんだか忘れたけど、私に説明ができるわけないからまぁその辺りは省く。
というか、いつの間にか覚えて口ずさんでしまっていたとは。
これではまるでオタクみたいじゃないか。
「………ま、オタクでもいいか」
「オタク?誰が?あんたが?」
「うん。なんかどんどんオタクになっちゃいそうだけど、友達でいてね」
「あ、当たり前でしょ、何言ってんの気持ち悪い」
気持ち悪い……この言葉は完全に余計だろ。
ま、彼女なりの照れ隠しなのだ、と思うことにしよう。
「っていうか、三日坊主のあんたが、オタクになんかなれるわけないでしょ」
「うぐっ、痛いところを突いてくるね」
さすがもう何年も一緒にいる友人なだけある。
というか、パソコン部を半年くらい続けている点は無視なんでしょうか?
「ま、そうかもしれないね」
「でしょ?第一、オタクになったところで、あんたの何が変わるわけよ。あんたは面倒くさがりで楽天主義で無気力なのは変わらないでしょ」
「…………とりあえず私に対するイメージだけは修正したいかな」
酷いイメージだ。
ま、これだけ私のことを理解?してくれる友人がいるのだから、オタクになっちゃってもいいか。
私はそう思ったのだった……。
―――部室―――
「おはよー」
「…………おはよ」
異常なくらいテンションが低い千夏。
「ど、どうしたの?」
「聞いてよー!!!!!」
彼女の話を聞いたものを総まとめすると……。
「家で作ってた新しい動画を投稿しようとしたら、パソコンがフリーズしてそのまま一日たっても動かないってこと?」
「そうなの……」
今にも泣きそうな顔をする彼女。
例えるなら、好きな料理を作っていざ食べようとしたら、作った料理を皿ごと床にぶちまけたみたいな感じだろうか。
せっかくの努力が水の泡だ。
ならば、そんな顔をするのも頷けなくもない。
「だったら、ここで作り直したら?」
「うん、そう思って、USB持ってきたけど……」
USBが何に使う道具かはよく知らないが、動画を作るのに必要なものなんだろう。
「でも、こんな個人的なことをして大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。第一、この部活って本当にすることなんてないんだから」
やるべきことができるのは、すばらしいことだと思う。
この日から一週間。
彼女は動画作りに没頭していた。
一週間も手間暇をかけているということは、かなりいい作品につながったのだと私は思っている。
そして……
「やったぁ~。完成したぁ!」
「やったじゃん!」
「うんっ。今回のはかなり頑張ったんだよー!」
彼女の喜びの笑顔がまぶしい。
よほどいい手ごたえを感じているのだろう。
「ねぇねぇ!見せてよ!」
「う、うん。いいよっ!ちょっと待って!」
せっかくなのだから、動画に投稿する前に見せてもらおうと、私は、動画を見ることにしたのだった。
『~~~~~~~~~~~♪♪』
「ほぇぇ……」
「ど、どう…?」
緊張しているのか、少し顔がこわばった感じの千夏。
私にどうかと尋ねるということは、私の評価を聞きたいということだろうか。
「すごいね。完璧だね!」
「えっ、完璧?」
「うん。だって、こんなに早口で一回も詰らずにこんなに歌えるんだもん。すごいよ」
この歌は、歌詞の中で最高速のスピードで歌わなければいけない個所があるらしく、おそらくメカボではないと出せないはずのスピードを、彼女は歌っていた。
「で、この動画を投稿するんでしょ?」
「うん。いっぱいいろんな人が聞いてくれるといいなぁ」
彼女の表情は、さっきまでの緊張から、一気に安堵、そして喜びの顔に変わっていったのだった―――――
「そういえば、気になったことがあるんだけど……」
「ん?」
「パソコン部の人たちの保存したデータって、このフォルダに入ってるんだよね?」
「うん。だと思うよ。ファイル名が『パソコン部』だからね」
わざわざデスクトップにショートカットを設置してあるくらいだから、きっとここにいろいろ保存されているのだろう。
まぁ、私はあまり見たことはないのだが……。
「このデータ、何か気にならない?」
彼女のマウスポインターの部分には、『小説』と書かれたフォルダが存在していた―――――