稲辺春香の謝罪 〈2〉
注)暴力描写ありです。
「えっ、なんで春香ちゃんがここに…?」
「夕貴ちゃんも…?」
姉妹両方が、私の前に現れた。
しかし待ってほしい……彼女の名字は、「岡崎」だったはずだ。
「沙夜のほうの父親が、優斗なんです。深い事情があり、知り合いの家に養子として出しています」
「……養子……」
この前夕貴ちゃんが言っていた、深い事情。
それは、「沙夜ちゃんは過去に親を殺された過去を持つ」ということだったのだ。
それも、「私の父親によって」である。
「…………叔母さん…。まさか………私のお父さんを殺したのって…………」
「そうよ。あそこにいる娘さんの父親。それよりも……知り合いなの?」
「……うん……。友達、だよ…」
しかし、私の方を見た瞬間、その表情で、私は察した。
彼女の心には、大きな影が広がっていた。
友人がまさか、自分の知り合いが、「親の敵」だと知ったからだ。
本来は憎むべき相手なのだ。
憎しみを持って対処すべき相手なのに。
その相手がまさか……姉の友人だったのだ。
「…………春香、ちゃん……。本当なの…?」
沙夜ちゃんよりも、戸惑いの多い目で見つめているのは夕貴ちゃん。
それは、妹を守らなければならないという思いと、私のことを信じていてくれているのが、揺れているのだろう…。
「うん。本当…。私のお父さんは…、高山優斗さんを………」
「なんで…何で黙ってたの…?」
「………ごめんなさい…。私も、聞かされてなかった………」
夕貴ちゃんの目から、だんだんと私に対する憎しみが浮かび上がっていた。
隣の沙夜ちゃんも同じようだった。
どんどんと憎しみを浮かび上がらせて、怒りを満ち溢れさせている。
「なんで……………なんでっ!!!!」
「!!?」
「私が……7年間、私がどれだけ苦しい思いをしてきたと思ってるのっ!!!!」
今まで小さな声でしか喋らなかった沙夜ちゃんが、私に大声を張り上げた。
その目つきは、苦しみと怒りと憎しみと……。とにかく負の表情で溢れかえっていた。
「私が苦しんでる間にっ!!あんたは、何も感じずに生きてきたのかっ!!!!!」
「ち、違う…! 申し訳ないって思ってたよ。でも、相手が誰だかは聞かされてなかったの」
「聞かされたなかったんじゃないでしょ!!?興味がなかったんでしょ!!!?自分の親が殺したやつのことなんてどうでもいいって!!!そう思ってたんでしょ!!!」
「………………」
隣の夕貴ちゃんは、何も言わなかった。
言わなかったが、その目は激しい怒りに覆われていた。
彼女も私のことを、「妹の敵」として認識してしまった。
「ごめんなさい…。でも…私だって、大変なm」
「犯罪者の子どもが、平凡に生きられるわけなんてないじゃない!!!」
「…!!?」
「犯罪者のくせに!!ずっと騙しつづけて、私たちを騙しつづけてきたんだ!!!」
「……違う…」
思い出してしまいそうだ。
小学生の時に行われた激しいいじめを。
激しい虐待を…。
トラウマがよみがえると、激しい震えが私の体に襲いかかる。
震えが止まらなくなっていたが、彼女の怒りはとどまらなかった。
「私のお父さんじゃなくって、あんたが死ねばよかったんだ!!!私のお父さんは無関係だったのに!!!!」
「……っ!!!」
「あんたなんかが!!あんたなんかが!!生きてるなんて許せないっ!!」
次の瞬間……彼女は私にとびかかってきた。
私は押し倒されるような形で転がり、壁に頭を激突させた。
沙夜ちゃんはそのまま私の上に乗りあがり、
「死んじゃえ!!死んじゃえ!!死んじゃえ!!!」
「ぐっ…、うぐぅ……」
私の顔面を、殴りつけた。
怒りのこもった拳が、遠慮もなしに私の顔を襲いかかった。
「お父さんを返せっ!!優しかったお父さんを返せぇえええっ!!!!」
「うぅ………」
「返してっ…!私の、私のお父さんを…!!」
「………ひぐっ」
きっと今の私の顔は、あざだらけだし、もしかしたら血だらけだろう。
鼻から何か温かいものが流れてきてる。
口の中にも、鉄の味が充満している。
視界が半分くらいしか開かない…。
「かえしてぇっ……。かえしてよぉぉ…」
「ごべんだざい…、ごべんだ、ざい」
沙夜ちゃんの涙が、私の顔にポトリと落ちる。
拳の力もなくなり、私の顔を叩くだけ。
それでも、彼女の感情は嫌なほど伝わる。
彼女だってわかってるのだ。
今私を殴ったって、お父さんが帰ってくるわけではないなんてこと。
それでも……それでも……殴りざるを得なかったのだ。
「はぁっ……はぁっ……」
「ぅ、うぅ…………」
彼女は殴るのをやめた。
倒れこむように、地面に落ちた。
彼女はずっと顔をうつむかせ、泣いていた。
「…………春香。そろそろ…お暇しよう……」
先ほどの一部始終を見て、おじいさまは帰ろうと言った。
とてもじゃないほどの怒りがあったことは、見てすぐわかるのだから。
「………もうしわけ…ございません……でした………」
こうして、高山家から私たちは去った。
沙夜ちゃんと夕貴ちゃんに、とんでもないくらいの怒りを残して―――――
二日後の月曜日―――私は学校に行かなかった。
否、行けなかった。
私の顔には、いくつものあざができ、いくつもの傷ができていた。
こんな顔で行くのが嫌だったのも一つだが…………、沙夜ちゃんに会うのが怖かった。
私を殴っているときの沙夜ちゃんの顔は、とてつもなく恐ろしい表情をしていた。
本当に私を殺そうとしていた、そんな目つきだった。
日曜日、優華に昨日あったことの一部始終を話したのだ。
彼女もあまりのことに言葉を失ったようで、しばらく口を開くこともできなかった。
最後に彼女が言ったのは……。
「私にも、協力できることがあったら言ってね。私はいつでも、春香の味方だから」
涙が止まらなかった。
優華の優しい言葉が、再び私の傷を癒していた。
小学6年生の、あの日のように―――――




