亀山千夏のインターネット講座【初級編】
新入部員が一人入ったおかげで、ようやく暇な時間が、楽しい時間に変化しつつあった。
「そういえば、春香ちゃんはどうしてパソコン部に入ったの?」
「え、特に理由はないよ」
「えっ、理由もないのにパソコン部に入ったの?」
「うん、適当に何か部活動でもしようって思ってさ―――」
これは、一年生の四月の出来事。
「そういえば、そろそろ入部希望の募集締め切りねー」
「そういやそうだね」
「春香は部活入らないの?」
友人との何気ない会話だった。
普段からやる気に欠けていた私は、中学校の三年間全くと言っていいほど何もしなかった。
学校に行っても適当に授業を受け、家に帰っても勉強なんかそこそこにゲームとかをして遊んでばかりだった。
友人がこの高校に行く、というので、「あんたがそこに行くなら私もそうするー」という軽いノリで受験した。
そして見事に受かり、今ここに通うことができている。
しかし、高校生になっても同じことになるのだろうか。
「まー、家に帰ってもどうせゲームしかしないだろうしなー」
「勉強しなさいよ、勉強」
「……お母さんみたいだね」
本当に勉強を家ですればいいのだろうが、勉強なんてやる気になれないし、第一全く楽しくないだろう。
がり勉というか、優等生の人たちにとっては勉強は楽しいことなのかもしれないが、私はそれが理解できなかった。
「部活動をやるって言ってもなぁ……。運動するのとか、マネージャーとかは面倒だしなぁ」
「あんた、学校を何だと思ってんの」
私は中学生のときからこんな感じだっただろうが……。
まぁいいか。
「だってさー、体育でも体を動かすわけなのに、どうして放課後にまで汗水流さなきゃいけないわけ?そんなことしたら、私死んじゃうよ?」
「死なないよ、そんなことくらいじゃ。あんた自分の身体のことを弱く判断しすぎだよ。人間もっと丈夫にできてるもんだよ」
「まぁそこはどうだっていいよ。なんにせよ、私運動部独特のノリとか大嫌いだから、そんなのに入るのは嫌だからね」
「あ、ああ。ま、あんたがそういうんだったらそうなんだろうね。で、運動部嫌、マネージャー嫌、となると、あとは文化部になるわけだけど?」
「うん、でさ、文化部って何があるっけ?」
「えっと、茶道部、華道部、放送部、演劇部、パソコン部、文芸部?くらいじゃない?」
「あと6つか。それならちょうどこれが使えるね」
私は制服のポケットから、とある物を取り出した。
「サイコロ……。あんたまさか……」
「そ、いま思ってる通りのことをするつもりでーす」
サイコロを片手で軽く握りしめると、その腕を振る。
サイコロが腕の中でくるくると動くのがわかる。
「1が出たら茶道部、2が出たら華道部、3が出たら放送部、4が出たら演劇部、5が出たらパソコン部、6が出たら文芸部ね」
「本当にそんな運任せに決めちゃうの?」
「それでいいじゃん。特にやりたいことがあるわけでもないから、なんだったら、優華の部活もこれで決めてあげようか?」
「私はもう茶道部にするって決めてあるのよ」
「そっか」
そうして、私はサイコロを机に転がしたのだった―――
「で、そのときに出た目が5だったわけ」
「またそんな適当に決めて……。それでこんなに毎日暇な時間を過ごしてるなら、友達と同じ部にすればよかったのに」
「ううん。全然いいんだよ。今の部で」
むしろ彼女に依存しすぎるのは――
「そういえばさ、せっかく一人じゃない部活動になったんだし、何か一緒に活動しない?」
パソコン部初のまともな活動が、できると予感していたのだ。
「じゃ、なにする?私はどうしたらいいのかわからないよ?」
当然、千夏はこの部に入ったばかりなのだから、何をしていいのかわからないのは当たり前なのだが……
「あー。そういや、何しようか」
私自身も、一体何をやればいいのかが、検討していなかった。
だいたい、パソコンを使った活動って何をすればいいのだろうか。
パソコンって、インターネットを使って遊ぶために存在するものなのだと本気で思っている私なのだが……。
「…………ま、いつものようにインターネットで遊ぼーっと」
「……それじゃ家でやってることとあまり変わらないけどね」
千夏の家にはパソコンがあるらしい。
なんて贅沢品、あ、情報社会の現代でネットを持ってない私の家の方がおかしいのか……。
「ーーーーー♪」
「そういえば、その歌って、『音野くみ』の曲だよね?」
「うん。よく知ってるね」
「で、その、『音野くみ』って、何?」
彼女は、パソコンの液晶画面を私にも見えるようにした。
「『音野くみ』っていうのはね、メカボって言われている種類の機械音声の一種で、音程と発音を組み込んで音楽を作る機械のいわばイメージキャラクターなの」
「……??」
「えっと。も、もっと分かりやすく説明すると――――」
困ったように、どう噛み砕いていいのかもわからないように、少し困りながらも、必死で説明してくれる千夏は、なんというかかわいらしかった。
「ようは、インターネット内だけで流行している架空のアイドルの名前が『音野くみ』で、その実態が、なんかよく分からない方法で作ってある機械だと。だから彼女が歌った音楽はどうも機械音っぽくなって発音が聞き取りにくいと……」
「そんな感じだよ。あと『音野くみ』だけじゃなくて、『神谷汐音』とか、『鈴野鏡太』、『鈴野鏡子』、『AME』とかいう名前のキャラもいたりするんだよ」
「ふぅーん」
ネットだけで通用する架空アイドルか。
確かに音野くみは、見た感じ14、5歳の少女で、髪の毛が自然の色ではなかったりとなんだかアニメのような感じなのだ。
ネットのアイドルと言われるのも頷ける。
で、千夏はそんなアイドルの歌っていた曲を歌ってみたということだろう。
「歌ってる人っていっぱいいるんだね~」
「そうだね~。普通にアニソンとかオリジナルの歌とか歌っている歌い手も含めたら、本当にいっぱいいるんじゃない?何人いるかは知らないけど」
彼女はそんな中の一人だということか。
「ま、これからも歌い手の活動は続けるつもりだから、もしもまた投稿したら聴いてよ。今度はエガオ動画で」
「エガオ動画…?」
「……君は今までネットで何を見てきたんだ」
最後に呆れたような言葉を残し、再び千夏ちゃんのネット講座が始まったのだった―――――