三話
俺が奴隷になってから一週間がたった
と言っても体内時計での計算だから一日ぐらいはずれてるかもしれない
まあそんなことは些細な問題だ。それよりもまずいことがある
…………ヘルプ、多い
一週間かけてようやく半分と少し
一日でも早くここから出ようとしてる俺にとってはゆゆしき事態だ
しかも一週間たった今、この牢での生活にすっかり慣れてしまった
ご飯は優先して食べられるし、寝るときは冷たい床が気持ちいいとさえ思えてきた
見周りの行動パターンは一週間かけてだいたいわかったし、見張りの位置もこの牢の古株のやつに聞いた
行動開始には後ヘルプを読み終わるだけなんだが……
どうするか悩んでいると、遠くから足音が聞こえてきた
飯の時間にしては少し早くないか?
そう思っていたら奴隷商が牢の前にやってきた
その傍らには黒髪の少女が立っている
肩まで伸ばした黒髪は乱暴な扱いでもされたのかぼさぼさで、目が完全に死んでいる
身長は小さく、14歳くらいだろうか。体中が傷だらけで痛々しい
「おら、入れ」
俺が来た時と同じセリフを言って傍らの少女を牢にほうりこむ
少女は俺たちが怖いのか怯えており、逃げ腰になっている
「おい譲ちゃん」
おっさんが俺の時と同じように声をかける
声をかけられた瞬間少女は体を震わせた
落ちつかせようとしたのか、少女に向かって手を伸ばすと少女は尻餅をついてそれでも尚後ずさりする
「いや……いや……っ」
「大丈夫大丈夫。怖くないから」
「おっさん台詞が完全に変態だぞ」
「なっ! 俺はただ落ちつかせようとしただけだろうが!」
おっさんが俺に弁解すると、その隙に少女は部屋の隅に移動してしまう
まるで自分の身を守るかのように縮こまり、うずくまる
「…………」
「おいショウ! 言っとくが俺は襲う気なんかさらさらないからな!」
少女を眺めていると、おっさんがまだ弁解してきた
「わかったから、座れ。息が臭い」
「なにをぅ!」
そんな俺たちのやり取りに牢の中が笑いで包まれる
少女の方を見るとまるでそこだけ俺たちの声は届いてないのか、塞ぎ込んだままだった
それから少しすると、奴隷商が飯を持ってきた
俺はいつも通りパンを1つと半分貰い、自分の定位置に戻って食べようとする
「ん……?」
いざ食べようとすると、例の少女が座ったままで飯を取りに行こうともしていなかった
俺は少女のもとまで移動して話しかける
「くわないのか」
「……いりません」
「食べないと死ぬぞ、ほら」
俺は半分のパンを少女の前に差し出す
「いりません!」
そう叫んで俺の手からパンをたたき落とす
それで俺の中の何かが切れた
「いいから食え」
「ふがっ!?」
俺は残ったパンを少女の口に無理やり突っ込む
少女はパンを出そうとするが、俺が押さえたまんまなのでそれもできない
「別にお前がどこで死のうとかまわんが、目の前で死なれるのは気分が悪いんだよ。黙って食え」
そう言うと少女は抵抗するのをやめた
俺の言葉に納得したのか抵抗しても無駄と悟ったのか
たぶん後者だろう。さっきのセリフは自分でも何言ってるんだと思った
パンから手を放すと、少女は小さくだがパンを食べ始めた
それを見た俺は、少女が叩き落とした半分のパンを拾う
そしておっさんがまだ飯に手をつけてないのを見つけた
「おーいおっさん。それとこっちのパン交換しようぜ」
「あん? 別にかまわんが……」
おっさんと飯を交換して食べる
そしておっさんが先ほどのパンを食べたのを確認する
「ああおっさん、一つ言い忘れてた」
「なんだ?」
「それさっき地面に落とした」
「ブフッ! な、なんつーもん食わせんだお前!」
衝撃のカミングアウトで噴き出すおっさん
俺がしてやったりな笑みを浮かべていると、まだ食べかけの飯を奪われた
「ああ! 俺の飯が!!」
「もともと俺のだろうが! このパンでも食ってろ!」
そう言ってさっき俺が渡したパンを突き返された
いくらなんでも落ちたパンを食べるほど飢えてないし……しょうがない、一日ぐらい昼飯を抜くか
「あ、あの……」
「ん?」
「これ……」
突然呼び止められて振り返ると、少女がそっぽを向いたまま残り半分のパンを渡してきた
これは……お礼のつもりか? 受け取った方がいいのか?
ぐ~~……
……うん、お腹すいてるしもらおう
欲望に忠実となった俺は少女からパンをもらい、その横に座って食べることにした
「…………がと」
「はむ?」
「……ありがと」
少女が相変わらずそっぽを向いたまま礼を言ってきた
俺はそのお礼に対してなにも言わず、ただ半分のパンを食べ続けた
それからさらに5日たった
未読のヘルプも残りわずかとなり、明日明後日には脱走を実行できそうだ
ちなみにあれから俺と少女の奇妙な関係が生まれた
俺が飯を持ってきて少女が礼を言う。俺にとっては何の得もない関係だ
かといって少女は自分から飯を取りに行こうとしないから放っておいたら飢え死にしてしまう
さすがに目の前で死なれるのは気分が悪いので、やむなくこの関係は続いている
そして今日も昼飯のパンを持って少女の隣に行く
食べる量は俺がパン1個、少女がパン半分だ
以前俺が食べていた量は1個と半分だったので、そこから半分のパンだけ渡すようになっている
少女に半分のパンを渡し、一緒に食べ始める
その時に遠くから足音がするのに気付いた
昼飯はもう来てるし、新しい奴隷でも来るのだろうか
そう思ったがどうやら違うらしい
何やら話し声も聞こえる。これまで奴隷をつれてくるときに奴隷商が会話をしていることはなかった
「お客様ずいぶんを運がいい! 実は先日上玉の娘が入りましてね」
「ほう、それは楽しみだ」
楽しそうな笑い声だ。楽しそう過ぎて虫唾が走る
上玉の娘って言うのは時期的に考えてこの少女のことだろうか
俺の知識では女の奴隷の使用目的は性奴隷だ
別に愛着がわいたわけではないが、何か横取りされる感じでこのまま買われるのは癪だ
実験も兼ねてこの少女を助けてやろう
「ほら、そこの少女です」
「どれどれ……ん?」
奴隷商と高そうな服をきた偉そうなおっさんが牢の前に来た
こっちのおっさんはおっさんBとでも名付けよう
おっさんBは俺たちには目もくれず、俺の横にいる少女をじろじろと観察する
しばらく眺めるとおっさんBは残念そうな顔をして奴隷商の方を向く
「悪いがわしの好みではない。また今度来るとしよう」
「そうですか、それは残念です……」
本当に残念そうに言うと、奴隷商とおっさんBはどこかへ行ってしまった
と思ったらおっさんAが近付いてきた
そしておっさんBと同じように少女をじろじろと観察する
おいおっさん、少女が怯えてるぞ
「ふーむ、この嬢ちゃんは俺が見た中でなかなか可愛い方なんだがな」
「俺がちょっと細工してみた。あのおっさんにはこいつの顔が中の下ぐらいの可愛さで見えるようにな」
「おいおいその嬢ちゃんだけかよ」
「安心しろ。少なくともおっさんなら金もらってでも買おうとするやつはいないから」
「お前最近俺に対してひどいな!!」
そのやり取りで牢の中が笑いで包まれる
俺とおっさんなら笑いで世界一になれるんじゃないのか……?
「ふふっ……」
横からの小さな笑い声
俺は思わず少女をじっと見てしまう
「? な、何か……」
「いや……始めて笑ったなと思って」
俺は少女が礼を言うところは何度も見たが、笑っているところは見たことがない
俺がそのことを言うと少女はうつむいて、少し考えてから意を決したように顔を上げた
「私……ここに来るまでずっと不安だったんです」
不安……まあそうだろう、だって奴隷になるんだから
しかも女の子となると性奴隷として買われるんじゃないかと思っても不思議じゃない
それは不安にもなるだろう
「でも、ここはみんな優しくて、ご飯も食べれて、楽しくて……」
そこまで言うと少女は泣き出してしまう
まるで今まで我慢していたものが崩れ落ちていくかのように
「ど、奴隷になる前よりも、今の方が、楽しいとか……思えて……」
それ以上は我慢できなかったのか、声をあげて泣きはじめる
今の方が楽しいと思えたって……奴隷になる前はどんな生活を送ってたんだ
「……なあおっさん、黒髪の人たちってみんなこんななのか?」
「え? あ、ああ……少なくとも楽しく生きているなんてやつはいないと思うぞ」
「そっか……」
つまりこの世界の人たちは、黒髪の立場を下にして優越感に浸って生きているのか
俺の大嫌いな考え方だな
誰かを下にして優越感に浸る。実に情けない話だ
前の世界では俺に逆らう力がなかったが、今は違う
この世界でなら俺は、十分すぎる力を持っているんだ
「みんな」
俺は立ち上がってみんなの顔を見る
「……明日、ここから脱出するぞ!」
しばらくの沈黙。突然すぎて何を言っているのか理解できてないようだ
そして理解した人が一人、また一人と増え
「「「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
感想、誤字脱字報告、アドバイスなどお待ちしてます