例えば少年の場合 …2
「私は“逸れ者”です。人間からほんのちょっとだけ逸れた存在。私にも、対応する“鍵”はいました」
もう、ずいぶん昔の話ですが。と鈴は付け加えるように言った。
「いました、ってことは……」
やはり、この街のように……。
「はい。私が住んでいた町も、この街のように……。そして、その時に私と対応する“鍵”であった親友は、あの男……“支配者”に取り込まれたのです。私が今この閉ざされた街にわざわざ入っているのも、あの化け物に報復するためという理由が大きいです」
「報復……」
報復。憎き相手に、自分の大切な人を奪った者へ、復讐の鉄槌を。
そう言う祗園鈴の無表情な顔は、酷く、哀しげに俺の目に映った。
……いや、過剰表現だな。
正直に言おう。俺は、この目の前の“復讐”という残留呪念に囚われている少女を、かつての自分に重ねていた。
その眼は何かを決意したかのように据わっており、武器を握る手はそれを目標へ振るう時を待ちながら震えている。
そうだ。こいつは、俺に似ているのだ。
そもそも、俺はそんなに人と関わらないタイプの人間だ。なのに、あの浜辺で俺はこいつと大して警戒することもなく話していた。
分かっていたのだ。いや、解っていたのだ。恥ずかしながら、歓喜に震えていたと言ってもいい。自分と同じ匂いがする者を見つけ、“俺”はこの歪みきった心のどこかで、安心感を得ていたのだ。
「……? どうしたんですか? 人の顔をじろじろと眺めて。舐めるように」
舐めるようには余計だ、誤解を呼ぶだろうが。
「あなたは、私と“同じ”です。纏っている空気、眼のくすんだ輝き、戦う時の挙動。すべてが、どこか共通している」
いいツーマンセルですよ、と少女は言った。
余計な御世話だ、と俺は言った。
「……気付かれましたね」
しばらくして、鈴が透明な窓から外を――それも、空を――見ながら、顔を歪ませた。
「飛行ができる羽を持った“恐鬼”です。あれは……あえて言うなら鳥人間のようなものでしょうか」
いまさらだが、俺達は見張りの係となっている。
残りの人数の中にも、戦闘意欲のある人が二、三人いたのだが、彼らには残りの非戦闘に属する人々に(こちらの方が多数である)付いてもらっている。
俺たちみたいなガキを信用出来るのか。
きっと彼らは俺達と出会ったときにそう思ったに違いない。俺も信用されるとは思っていなかった。
だが、彼らの目の前で祗園鈴がその華麗かつ残忍な鎌さばきで百足のような“恐鬼”数体を瞬殺した後は、誰もが俺達の話をまじめに聞くようになっていた。
俺達である。当然、何故か俺も含まれている。
全く、何の冗談だよ、頭痛が止まないぞ。
『響輝よ』
「何だ」
突然ハーテッドが話しかけてきた。
『お前は、どうするつもりなのだ。この際だから聞こう。聞いてやろう。……お前は、生きる気はあるのか?』
「無いね」
即答である。清々しいまでに。全然清くないが。
『では、なぜお前は今ここに要る?』
「居るからだろう?」
『答えになっていないぞ、誤魔化し馬鹿が』
馬鹿は余計だ。阿呆は認めよう。
「俺はな、ハーテッド。正直なところ、厭なんだ。この街が。こんな理不尽な世界が。だが、」
俺はそこで言葉を区切る。
「だから、見届けてやることにした。俺は戌海を逃がした。だから、俺はあいつがこの街で死ぬまでの時間くらいは生きてやろう、そう思っただけだ。これは、俺の意志であって、俺の意志ではない」
ハーテッドはそれっきり黙る。
呆れているのか、理解しかねているのか。
何にせよ、何も問うてこないことほど気が楽になることは、ないのだった。