しかし少年は苦悩する …3
さて、今俺は一人、河原の上の土手をゆーっくりと歩いているわけだが。
いざ周りに人(若干名人工端末)が居なくなると静かになるもので、話している時……。まあ、戌海琴音のほぼ前衛的な会話だったが。……には聞こえなかった虫やら鳥のさえずりやらが俺の心を和ませてくれるのだが。
脳内では昨夜のワンピース骨女が路上に立っている風景がゆらゆらと浮かんでいる。
しばらく歩いていると、急に後ろで自転車のブレーキ音が聞こえた。
……妙に嫌な予感がする。
振り向くと、そこには背の高い色白の少女が自転車を跨いで立っていた。
「ねえ、君、隣に越してきた巽野君よね。」
「ああ……、はい」
……うわあ。
想定できる限りでは最悪の状況だ。まさかご当人に遭遇するとは。
俺の目の前で立っているのは松阪久美。戌海側とは反対の隣家に住む例の家族の長女だ。確か俺より一つ年上だったはず。
それをそうだと認識した瞬間、昨夜の風景がより鮮明に脳裏に映し出されたが、努めて顔に出ないようにした。
松阪久美は涼やかな目で俺を見ている。
そして、さらっとこうのたもうた。
「昨日、窓からこっちの方を見てたでしょ」
「……!」
なっ……。あの時、隣家は完全に寝静まっていたと思ったのに……。
これでは俺が引っ越して早々深夜の隣家を窓から見つめる変人になってしまうじゃないか。
冗談じゃない。
「……ああ、ええっと…、はい……」
我ながら情けない。普段ならこんな反応はしないはずがないのだが。
「あの時道に立っているあれ、見えた?」
「……はい」
「やっぱり……」
そう言うと、松阪久美は急に目線を逸らし、俺より少し速いくらいのスピードで自転車を押して歩き始めた。
……ふむ。これはまずい。実にまずい。俺が流されている。流す側ではなく。
まあ、どうやら話はここで終わりらしい。
ああよかった。心からそう思う。
「……どうしたの?いかないの?」
違ったか。まあ、そうだよな。
いや分かっていたさ、畜生め。
どうやら歩きながら話そうということらしい。
断る理由もなく、俺は少しペースを上げて歩き始めた。
「……あれね、母なんだ」
またさらりと言いやがった。
こともなげにそう言う横顔を妙に遠く感じる。
「……お母さんがどうして?」
聞かずにはいられなかった。それほどまでに俺は動揺していたに違いない。
「母はね、死んだの。でもね、戻ってきた……。だから、家に入れないんだ」
今更だが俺はいまだに自分の見間違いであることを願っていた。情けない限りだ。
「それってまるで……」
……まんま幽霊じゃないか。
「そうね。幽霊みたいって思うでしょ。……ううん、多分そういうものなんだ。だから、私には見えてるのに、私の父には見えてない。そこにいるのって指さしても、全然」
俺は立ち止まった。
彼女も自転車を停める。