それでも少女は求め続ける …3
「な、何が起こって……」
その場で硬直する。
何かのいたずらか!? いや、いくらなんでも鏡に細工をするなんて大げさなことをするような奴はこの署にはいないはず……。
あんぐりと大口を開けて見ているはずなのに、鏡の中の自分は能面のように無表情だった。
振り返る。誰もいない。
前を見る。自分が無表情で立っている。
“それ”は全くもって異質だった。異形でもあった。
鏡の中の“それ”が自分ではない、とはっきり認識できた。ふいに無表情を貫いていた“それ”の両眼が怪しい光を放った。
そして表情を一変させ、口の端を引き上げて笑ったのが見えた。
ふと、頭の中でドッペルゲンガーという都市伝説を思い出した。
自分の姿をした自分とは違う存在。しかし、自分の目の前のものは明らかな悪意を持っていた。
同時に、自分の心に何か不穏なものが溢れてくるのを感じた。
それは、紛れもない『恐怖』。それは急に自分の心を浸食し、またたく間に意識が蒼白に染まった。
まるで、魂を抜き取られてしまったかのような空虚だけが残った。
意識を失いそうになる刹那、“それ”は流れるような動作で両手を伸ばしてきた。
鏡の、平面から実体化してきた腕が自分の頭をがしっと掴む。
次の瞬間、驚くような速さで自分の身体が鏡に引き込まれていくのが分かった。
鏡は割れもせず、それを受け入れる。
トイレの蛍光灯が二、三度輝き、消える。
しばらく男子トイレの中は暗闇に包まれていた。
音の無い静寂が続く。
しばらくして天井の蛍光灯がバチッと音を立てて点き、トイレの中に明かりが戻った。
青白い照明に照らされ、そこには何事もなかったように“守宮洋”が立っていた。
“それ”はしばらく身じろぎもせずに鏡の中の自分を見つめていたが、やがて、踵をかえし、男子トイレを出て行った。
長い廊下をぎくしゃくした動作で、まるで歩くのに慣れていないかのような“それ”の影は、不穏を纏っていた。