それでも少女は求め続ける …2
――七月未明、樵芽市警察署。
その建物の中の長い廊下を、守宮洋警部は足早に歩いていた。
……面倒なことになった。
実は最近数週間の間に、全国で異様な怪事件が起こっているのである。
その名も、『日本全国各地、記憶喪失者多発事件』。
始まりは、ささいなことだった。
ある政治家が、ニュース番組の絡みの中で、ふと漏らした言葉。
……自分の出身地が、思い出せないんですよ……。
その政治家の話では、ふと自分の出身地がどこだったかを思い出そうとしたが、思い出せないという至ってシンプルなものだった。
自分も年なのか、なんにせよ、何かの勘違いであることに間違いはないだろう、と言って、政治家はその場を締めくくった。
だがその後、各地で同じような現象に陥っている人々が現れたのだ。
ある人は虚ろな状態で、ある人は健康な状態で。
共通しているのは、皆がそろって関東方面のなまりがあること。
そして、全員が自分の出身地を忘れている、ということだ。
記憶喪失者であったり、そういうたぐいの人間はよく保護されるのだが、今回の事件は異常の一言に尽きる。
全国の警察、いや、日本警察のほぼ全体で対策本部なるものが作られていたのだが、状況も原因も、先ほど述べた事実以外は共通する部分も無い。
まあ、自分の警備する市ではそのような被害者もおらず、自分の所属する署は関係しないだろうと思っていたのだが。
――現れたのである。
昨日、郊外の山道で保護された少女。名前は戌海琴音。
彼女の場合は少し特異なケースだった。
彼女は、自分の出身地から出た理由が思い出せないらしい。
しかし、彼女の話はいささか現実的には考えにくい話で、少々精神が混乱しているものと見られる。
何日か様子を見ることにしたはいいが、下を向いて沈んだように何も話さない少女を見ていると、なんだかこちらも鬱な気分になってくる。
だが、この少女から話を聞かないことには何も進まないのだ。――戌海琴音という少女は、今回の怪事件のカギになってくる少女だと俺は考えている。
そう考えながら、俺は男子トイレの中に足を踏み入れた。
しかし、何も分からない状況だということを除いても、厄介な事件であることに変わりは無いだろう。
そう、考えた時だった。
ふと、目の前の鏡が眼に入った。
違和感。
そして、気付く。
……今俺は手を洗っている。だが、この鏡の中の俺は、手も洗わずに、俺を冷やかに見つめているのだ。