but 少女は善と悪に乱れ …1
男は、名を浅滅燎次と言った。
彼の話は長いうえに分かりにくかったのだが、要約するとこうだ。
――――今、私の住んでいた“街”はおよそこの世と呼べる位置には存在していないらしい。
そして“街”は現在進行形で“恐鬼”という化け物に支配されようとしている、というのだ。
私はその“街”に住んでいる人の内の誰かに“街”から逃がされたらしい。
本当なら私はその人のことを覚えているはずなのに、何故か思い出せないのだ。
――これが私の中の一つの鍵。
浅滅の話によれば、私の身体の中には“鍵”というモノが宿っており、その“恐鬼”達はそれ――すなわち私――を狙っているらしい。
「正確には、お前の中にあるモノを“鍵”と呼ぶのだが、お前が死んでしまうと“鍵”も消滅するため、お前自身も“鍵”と呼称されるのだ」
少し前を歩いている浅滅燎次が呟く。
「でも、私が狙われているのなら、わざわざ竜ヶ峰に戻らなくてもいいんじゃ……」
「だから言っただろう。“支配者”は仕掛けをしていやがったんだ。お前が再び街を訪れない限り、街が永遠に救済されないようにな」
支配者……ルラーというのは、“恐鬼”の中でも上位に位置するものの内の一個体を指すらしい。
そいつの話をする時の浅滅の顔を見る限りでは、かなり手ごわいらしいのだ。
「俺が今すべきことは、お前を“街”に連れて行き、それで且つ“支配者”を斃して街を解放することだ」
そう言うと、浅滅は近くを走り過ぎようとした一台のタクシーを呼びとめる。
「お前にもお前の闘いがあるのだ。恐怖に打ち勝ち、それを忘れるな」
タクシーは浅滅と、後から乗り込んだ私を乗せ、数日前まで“竜ヶ峰市”が存在したであろう場所へ向け、走り出した。