そして少女は錯誤する …2
私はその場でぽかんと口を開ける。
「宿命? ……何の? 何が?」
「お前は忘れてなどいない。……いや、忘れることなどできないはずだ。奴らの時間錯誤は“鍵”には影響しない」
“鍵”……? でも、私は現にこうして生まれた街から出た理由を覚えていないのに。
「お前がその身体の中に宿しているモノのことだ」
男はそう言うと、ロングコートの内ポケットからスキットルを取り出す。
「“鍵”であるにも関わらずお前が“街”のことを忘れているのであれば、それは奴らの所為ではない。お前の心が思い出すことを拒んでいるのだ」
言いながら、スキットルを仰ぐ。中にはおそらくお酒が入っているのだろう。
……電車の中って飲酒オーケーだっけ?
「お前を“鍵”と知ってか知らずか、いったん街の外へ逃がした奴には感謝している。……覚えていないのか?」
私を街から逃がした?
何のために?
誰が?
「あの、竜ヶ峰市はそんなに悪いところじゃないですよ……?」
そう言うと、男は少し目を見開き、そのあとで「はあ……」とため息をついた。
「そこまで拒絶するほどの何かがあったのか……。お前を逃がそうとした奴が目の前で殺されでもしたか。……お前、恋人はいるのか?」
「……。……えええ!?」
いきなりそんなことを聞かれても……。
「……いません」
「……ますます分からんな。お前を街から逃がした奴はよほど歪んでいるのか? ……まあいい」
電車がゆっくりと減速していき、停まる。
濁りがかかった車掌のコール。
終点だ。
また、……また、無かった。
男が立ちあがる。
「俺達は行かねばならない。お前は“街”に呼ばれているのだ。……救いを求める、閉ざされた街にな」
でも、路線の中に『竜ヶ峰』の文字は無かったのだ。
「そこで立ち止まってどうする? お前の代用はこの世に存在しない。お前がお前である限り、その宿命からは逃れられない」
「でも……」
「知らないことは罪だ、と古き時代の人々は言った。逃げてばかりでは何も解決しない。……お前が街を出た理由を思い出せないのであれば、それを思い出す事がお前自身の闘いとなるのだ」
言ってることは難しくてよくわかんないが、確かにそうだと思った。
……どうして私は街を出たのか。その理由を忘れてしまったのか。
それを思い出すために、私は行かなければならないのかもしれない。
……私が生を受けた、ぬくもりに溢れた、あの街に。
扉が閉まり、電車が動き出す。
私とロングコートの男はしだいに小さくなっていく電車のライトを眺めている。
……だが、私はそれが思い出してはいけない、呪念と歪みと復讐の炎に焼かれた一人の少年を破滅させてしまう原因になってしまうとは、夢にも思っていないのだった。