そして事実は語られる …4
黒い砂のようなものとなって空中に霧散していく“狗”の遺骸をしり目に、少女が街の方を向く。
「さて、そろそろ行動を起こさなくてはなりません。あなたは……、いつまでも『あなた』ではしっくりきませんね」
だったら出会った瞬間に名乗り合えばよかっただろうが。
「俺は巽野響輝、方角の巽に野原の野、響くに輝くだ」
少女何故か怪訝そうな表情をしたが、しばらくして、
「……私は祗園鈴です。祇園精舎の祇園と鈴で読ませます」
祗園、鈴か。珍しい名前の奴もいたもんだな。
「あなたが如何にして“逸れ者”に選ばれたのかは知りませんが、今は戦力は多い方がより優位に事が進みます。私も同じ“逸れ者”、境遇に共通のものがある以上、きっとあなたとはいつかは交わる運命にあったのでしょう」
少女は、それに、この街では“狩り人”でもない限りは二人以上で行動した方がいいのです、と言うと、少し表情を緩めた。
―――――――――。
「……なあ、祗園」
「鈴でいいです。名字で呼ばれるのは慣れていないので」
数時間後、俺と祗園鈴と名乗る少女は、街を北上しながら歩いていた。
「じゃあ、鈴。お前はどうしてその“逸れ者”になったんだ?」
俺がこうして他人の事情に踏み入るのも珍しいが、状況が状況だ。さっきから人の死体やらたまに空を駆けていく人の顔をした鷲みたいなのを見させられているのだ。
うん。何だか、気が狂いそうである。
「……。さっきから言おうと思っていたのですが、私は一応あなたより年上ですよ?」
……え。
「……いや、だがな、その身長じゃいささか……」
「身長で人を判断するんですか? あなたは。最低ですね」
そこまで言うか!?
「私は明治の中期ごろ、中部の山間部にある村に、祗園家の長女として生まれました。箱入り娘のような生活をしていましたが、あるとき屋敷の敷地に迷い込んできた少女に会い、外の世界の楽しさを教えてもらったのです。その子の名前は、高峰緑。のちに知りましたが、彼女も“鍵”だったのです」
明治中期……。今何歳だよ。冗談にするにしてももっと上手い奴をだな……。
「“鍵”を宿して生まれてくる人間が無作為に選ばれるように、“逸れ者”も“鍵”にとって最も身近な人から選ばれます。“逸れ者”と成った人間は本人の意思に関係なく身体が強化され、寿命が延びるのです」
……いま、何て言った?
「それじゃあ、俺も……」
「そうですね。今回の“鍵”の力は今までの中でもトップクラスです。支配者が血眼になって捜すくらいです、よほどのものなのでしょう。それの“逸れ者”であるあなたへの影響も、ひときわ強いのではないでしょうか」
……確かに、思い当たる節が無い訳ではない。よく考えてみれば、海に落ちて漂流した人間が生き残る確率自体そんなに高くないのだ。だが俺はこうして生きている。
少女が目の前に現れたゾンビのような恐鬼の首を手に持った大鎌で掻っ切る。
一体何年、いや何十年闘ってきたのかは知らないが、よほど鎌の扱いに手慣れているらしい。
「長い時間使い続けていれば、木の棒だって立派な大量殺戮兵器になりえますよ」
「そんな物騒な事を言うな」
しばらく歩き続け、俺達は東区の入口を抜けた。