そして事実は語られる …3
「こいつは……」
俺はとっさに腰のポーチに手を突っ込む。
……まずい。そういえば、中華包丁はあの時偽魔女の気を引くのに使ったんだった。
仕方なく、バタフライナイフを取り出し、刃を開く。
「“あれ”は支配者の狗です。狩り場を駆け巡り、見聞きした情報を脳から直接主人に送ります。もう私がこの街に入り込んでいる事も、あなたがまだ生きている事もあの男の耳に届いているでしょう」
少女は身の丈ほどもある大鎌を構えて、うなり声を上げている“狗”の方を見据えている。
横から見ていても分かる、鋭い眼光。俺が通っていた古武術の道場の師範に勝るとも劣らない、いくつもの死線をくぐり抜けた、強者の眼だ。
……こんな俺と同世代くらいの少女が何故そんな眼をしているのか……。気にはなるが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「あなたは下がっていてください。ナイフ一本で勝てる相手ではありません」
少女がそのほとんどと言っていい程無表情な……違うな、冷たい表情を浮かべている顔を俺の方に向けて言う。どうやら俺の手にあるバタフライナイフを見て言ったようだ。
「だからって何もないよりは数倍マシだ。お前こそ、そんなでかい鎌で戦えるのか?」
鎌というものは、刃を目標に当て、それから引くことによって切るものだ。ましてや、そんな大きな、それこそ死神のような鎌では、ろくに戦えるはずがない。
だが、俺はその時は忘れていた。
この目の前の白装束の少女が、なぜ街を閉ざした張本人を知るほど内部事情に精通しているのか。それがすなわち、幾度か恐鬼と交戦したことがあるということであることを。
「はあ……。全く、そんな強がりを言っている場合ではないでしょう。いくら“逸れ者”でも、数時間海水に浸かって漂流した後では、体も鈍っているはずです。……あと、鎌はれっきとした武器です。馬鹿にしないでください」
そこまで少女が言ったところで、“狗”が吠えた。
だんっ、とその大きな後ろ脚で飛び上がり、突風のような勢いで少女の喉笛を狙い、大口を開ける――――。
―――が。
「空中に飛び上がるのは、敵に料理してくれと言っているのと、同義です」
すぱん、という良い感じの音を聞いた気がした。
次の瞬きの後には、白い砂浜の上にどす黒い血だまりが広がり、肩部から上を失った“狗”の遺骸が転がっていた。
「…………」
え?などと声を上げることも出来ない。
何のことはない。ただ、目の前の同世代の少女が手に持っている大鎌を振りかぶったかと思うと、それがまるでただの軽い棒であるかのように、飛びかかってくる“狗”の首を切り裂いたのだ。
……。
「鎌……だよな、持ってるの」
「当然です」
一度大きく鎌を振って刃に付いた血脂を払い、少女がその端正な顔を俺に向けた。
……相変わらず、無表情に近い冷やかな表情は浮かべたままだったが。