だから少年は冷たく歪む …4
姉さんとの距離が1メートル程にまで縮まる。
鉄の柱に沿うようにして手と足を縛られ、まるで十字架ならぬ1字架に架けられたような状態の姉さん。その目には絶望の色も、悲しみの色も無い。
俺の右手に被さっている狂人の手に力が込められ、俺はその手に導かれるままに、包丁を振り上げた格好になる。
イヤだ。嫌だイヤだ厭だいやだ嫌だ嫌だいやだ厭だイヤだ……。
眼を瞑った次の瞬間、
手には確かな手ごたえ。顔にかかる血飛沫。
嫌な音がした。眼を開くと、視界が赤に染まっていた。
包丁、自分の手に握られていた中華包丁は、姉さんの腹部を服ごと切り裂いていた。
ねえさんの内蔵が見える血溜まりがひろがる狂人の狂笑がきこえる。ねえさんの悲鳴がきこえる
きこえるきこえるきこえるきこえるきこえるきこえるきこえる。
狂人が俺を束縛から解放する。
口のガムテープを剥ぐ。血と油のこびり付いた中華包丁がからん、と地面に落ちる。
目の前には言葉で説明することが出来ないほど酷い光景が広がっていた。
……俺はその場で吐いた。吐いた。そのまま血を吐いて死にたかった。
なにも考えられない、何も聞きたくない、
俺が姉を殺したのだ。
そう思った時だった。
口の端から血を流して俯いていた姉さんが、急にぐいっと顔を上げた。
その目から、まだ生気は失われていなかった。
姉さんは、既に外れていた縄から瞬時に手と足を抜き、腹を深く斬り裂かれていたにも関わらず、そのまま一歩で距離を詰め、狂人にぶつかった。
そのまま二人が地面に傾れ込む。
そして、姉さんは力の限り叫んだ。
「今です!」
ふと廃工場の入り口に目を向けると、開け放されたドアから、重装備の警官隊が工場内に傾れ込んでくるのが見えた。
……俺と狂人は入口に背を向けていたが、向かいの姉さんには、入口からなかを窺う警官が見えていたのだ。
それに、狂人は俺を逃げられないようにしたうえで、手に中華包丁を握らせていた。自分が縄を抜けても、すぐに俺が殺されてしまうと判断したに違いなかった。
だから、姉さんは自分を犠牲にした。