そして少年は含み笑う …4
男がささやくような、それでいてエコーを伴った奇妙な声で語りかけてくる。
「……小僧。“鍵”を街の外に逃がしたのは意図あってのことか?」
だから“鍵”って何なんだよ。そこから説明してくれ。話が全く見えないだろうが。
「そうか。知らずに成し遂げるとは、何の因果か、はたまた偶然か……」
そう言うと、男は目を鋭くし、こう続けた。
「何にせよ、お前にはここで死んでもらうがな」
その眼を見た瞬間、背筋に寒気が走った。
こいつはやばい。そこの偽魔女なんかとはレベルが違う。
「『なんか』とは酷いなぁ」
“戌海琴音”がけらけらと嗤う。
「……小僧、お前は危険だ。“鍵”と最も近づいていただけに、どのような影響を受けているのか分からない。危険なのだ」
あいにく俺は何年も前から人殺しの危険分子だよ、悪かったな。
とはいえ、これではもう本格的に勝ち目は無い。
気は進まないし、限りなく運と神の判断に命を委ねることになるが、まあ、どちらでも構わないか。
男が“戌海琴音”の方を向き、くいっと顎で指す。
“戌海琴音”はにやりと笑うと、右手にサバイバルナイフを持ち、こちらを向いた。
橋の左右に止まっている、“黒蜘蛛”が一瞬身震いする。
「響輝君、……さようならッ!」
“戌海琴音”がサバイバルナイフを構え、風のような速さで俺の方に突っ込んでくる。
それと同時に、二体の“黒蜘蛛”もこちらに飛びかかってきた。
「くそッ!」
その“戌海琴音”に向かって、俺の投げた中華包丁が飛んでいく。
「……ふふっ」
“戌海琴音”が一瞬その場で止まり、首を傾け、包丁を避ける。
主人が危険に晒され、二体の“黒蜘蛛”も空中で一時停止する。いまさらだが、糸を到達地点の近くに飛ばし、移動していたようだ。
「そんなことして、何にな……」
その一瞬で十分だった。
“戌海琴音”が言葉を止めるのも当然だ。少し目を離した隙に、人が橋の手すりの上に立っていたら、化け物だって驚くだろうよ。
「まさか、響輝君……」
「ほう」
“戌海琴音”と男が呟くのが聞こえる。
それを聞き流しながら、俺は、
「……はあ、全く。出来ればやりたくなかったんだかな」
橋の上から、下の海に向かって、飛び降りた。
「……くっ!」
ヒュン、と“戌海琴音”の投擲したサバイバルナイフが俺の頭の上をかすめる。
ざまあみろ、一本取ってやったぜ。
『……一本だろうが二本だろうが、どうでもいいのだが。これ、生きるか死ぬか、正直五分五分だと我は思うぞ』
……ああ、確かに。それが唯一の問題だな。
と考えたところで、俺の身体は海面を突き破るようにして、海中に落ちていった。
薄れゆく意識の中で、俺は含み嗤った。