そして少年は含み笑う …3
“戌海琴音”が正面でにこっと笑う。
「さあ、早く諦め――」
“戌海琴音”が言葉を止める。その首元には、中華包丁の刃が当てられていた。
そのまま、包丁をかっ裂いた。
はずだった。
思い切って振り下ろした刃は、“戌海琴音”の胴体をすり抜け、俺の体ごと地面にぶち当たった。
「……っ!」
反動で、振り下ろした腕と腰が痛む。
二歩飛び下がって左手で倒れこむ身体を支えながら、“戌海琴音”の方を見上げる。
……くそっ。どうして切れなかったんだ。
「……無駄だよ」
ふふふ、と“戌海琴音”が嗤う。
「響輝君が“私”を恐怖している限り、響輝君には“私”を斃すことは出来ないよ」
俺がこいつを恐怖している、だと……?
「どうして解らないの?人間は自らの恐怖を拭い去ることは、決して、出来ないのに……」
知ったような口をきくな。
まあ、本丸は斃せないということは分かった。
……ああ。これで踏ん切りはついた。
俺にとっての最悪の、それでいて現在においては最善の、選択肢を選ぶ決意がな。
「賢い響輝君なら、解るよね。もう、逃げ場がないってことくらい」
ああ、そうだな。まさしく絶体絶命というやつだ。
「それに、アフターサービスに、追い打ちもかけてあげるよ」
カツーン、カツーン……
コンクリートをかたい靴でゆっくりと歩いているような、そんな音が聞こえてきた。
“戌海琴音”が微笑んだその向こう。
先ほどの“戌海琴音”と同じようにして、“そいつ”は濃い霧をぬって現れた。
全身を黒いローブで包み、一昔前の聖職者のような格好をした男。
「……やあ、『はぐれ者』。私と遭うのは、初めてかな?」
落ち窪んだ目には鋭い眼光。眼前に並ぶ化け物たちとはまた違った、只者ではないと感じさせるオーラを身にまとい、男は俺に呼びかけた。