そして少年は含み笑う …2
“戌海琴音”がふふふ、と笑う。
「響輝君、“鍵”をどこにやったの?」
鍵……だと?何のことだ、それは。
「そう。それと知らずに外へ逃がしたんだ。……ねぇ」
“戌海琴音”が髪を結んでいたリボンをほどき、若干長めの髪がざわざわと揺れる。
「知らないことは、罪だよね……?」
そう言って天使のように微笑んだ奴の左右の脇から、赤い眼光が一対ずつ軌跡を残してこちらに向かってくるのが見えた。
瞬間、両腕に裂傷特有の激痛が同時に走る。
「ぐぁぁっ……!」
痛みに顔をしかめた。またこのパターンかよ。しかも今度は二体だ。
橋の骨組に一体、街灯の上に一体。二体の“黒蜘蛛”が身体を震わせ、それぞれの眼に紅い光を灯す。
厄介な相手だ。特に速さのある黒蜘蛛は、真っ先に仕留めないといたずらに体力を削られるだけだ。
それに、いまだにこちらに向かってゆっくりと体を引きずってくる影が六体。
そして、偽物。
9:1.対比にすらする価値の無い程圧倒的な戦力差だな。
……だが何となく、ずっと頭に引っかかっていることがある。
俺の目の前、二十メートルくらいの所で微笑んでいる、戌海琴音の姿形と全く同じ、化け物。
こいつは明らかに、他の蜘蛛やら影やらとは一線を超えた不可思議さを持っている。上位種なのか。G級なのか。
「それは愚問だよ」
“戌海琴音”が言う。いちいち心を読むな。
「最初の時に云ったじゃない。『巽野響輝』の記憶は歪み過ぎているって。“私たち”は人の記憶の中に潜む恐怖や負の感情から生み出される。それはつまり、その人が恐怖している対象の因果が歪んでいればいる程、“私たち”の中でもイレギュラーな存在が現れる、ということなんだよ」
“戌海琴音”がゆっくりと前に歩き始める。
「響輝君の過去だって、特に何もなく人生を終えていく人々にとっては相当歪んで見えるはずだよ。自分でもわかっているじゃない」
だんだん距離が狭まっていく。
くそっ、これでは教室の時の二の舞だ。