そして少年は呟いた …2
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戌海を乗せた自転車は、10メートルほど進んで止まる。いきなり押されたため、バランスをとるのに時間がかかったらしい。
もう、黒く赤い雲は、入り江の上に架かっている橋のすぐ上まで来ている。そして、
ハーテッドの言った通り、街から外側への、見えない、急速な空気の移動が起こる。
自転車から降りようとしている戌海も、当然その範囲に入っていた。俺が戌海を自転車に乗せて、思いっきり押したのもこの空気移動の渦中に戌海を放り込むためだ。
……そして俺は、それの影響の少ない範囲外から、それを見届ける。送り出す。
この死んだ街から、一人の少女を。
突風のような現象によって、街の外側の方に引きずられて行きながら、戌海の周りの景色が歪む。
彼女は、目に涙を浮かべていた。
……全く。泣いてばかりだな、お前は。もう少しメンタル鍛えろよ。そんなんじゃホラー映画も見れないぞ。
琴音が何かを叫んだ。一心に口を動かしている。
……すまないな、戌海。もう、お前は“外側”になってしまったんだ。お前の声は、もうこの空間には届いていない。
そして、例え街の外に出たことによって記憶を亡くしてしまっても、戻るべき街には入ることができない。
……ああ、解っている。今俺がしたのは、最低な仕打ちだ。期待を裏切り、見捨てたのと同義だ。人の所業とは到底思えないね。
それでも、だ。やっぱり、死んでしまうよりは、生きている方が得だろう?なあ、戌海琴音。
――俺は振り向く。後ろで空気が再び固定される。
街は閉ざされた。もう俺は、この地獄から抜け出すことは出来ない。
今の内に閻魔大王様がどんな顔してるか想像しておくか。これで舌を抜かれるまでの雑談には事欠かないだろうしな。
自分の罪をあの偽魔女が具現化させたもの――すなわち中華包丁――を構え、いまだざわざわと近づいてくる10体の黒い影と向き直る。
そして俺は面倒くさそうに、いつもの調子でため息をつき、こう呟くのだ。
「全く……何の冗談だ……」
と。