そして始まる逃避行 …3
隣家の中に入る。
ダイニングにも、キッチンにも風呂場にも、……誰もいない。
やはりもう……。
二階へ上がる。俺の家とほとんど対になっているのなら、このドアの向こうが戌海の部屋のはずだ。
『不法侵n……ぐはっ』
お前は黙っていろ。
ガチッ……
開かない。鍵がかかっている。
まだ中にいるのか……それとも、骸と化したか。
軽く二回ノックする。
か細い声が聞こえた。
「……誰?」
紛れもない、戌海琴音の声である。
「おい、戌海」
「……響輝君?」
少し声に明るさが戻った。人の感情の謎のメカニズムである。
「出てこい。行く所がある」
「……嫌だよ」
……何だと?
「もう嫌。お……ば君も、お母さんも、みんな、みんな……」
あの偽物女。俺に勝ち逃げしておきながら、やることはやってたのかよ、くそっ。
……もう壊れてしまったのか?なら、仕方ない。
「……じゃあ、いい。俺は行く」
そう言って、振り向こうとする。
「……それも嫌。一緒に居て」
開かれたドアから伸びた戌海の腕が、俺の腕を掴んでいた。
ドアの方に向き直る。
「何があった?」
「……知らないよ。でも、下から悲鳴が聞こえたから、多分……」
母親は偽魔女にやられたか。
「……行くぞ。迷っている暇はない。もうすぐ街は閉ざされる」
「行く……って。街を出るの?」
「そうだ」
「駄目だよ!」
は?