そして始まる逃避行 …1
『この世界が歪んでいると云うのなら、まず自分が歪んでいることに気付いた方がいい』-響輝―
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下駄箱あたりに置き去りにしていたサブバッグを肩にかけ、その中のハーテッドに先ほどの一部始終を話しながら校庭を歩く。
自分にとっては短い出来事でも、話してみると案外短いもので、校門をくぐるころには“戌海琴音”が消えるところまで話し終わっていた。
『……ふむ』
「…………」
深くは聞かない。こいつの良いところNo.1だ。これは自信を持って言える。
真に理解力のある良い奴ってのは一を聞いて円周率を一万桁まで吟味できる奴のことを云うのさ。
極論だがな。
『……だが響輝』
「何だ?」
言っておくが、俺はこの街から逃げようなんて事は細胞核の半径ほども考えていないぞ。
今回のことで改めて理解したからな。俺は生きていてはいけない。
『そうか。……まあ、復讐を果たした時点でお前の人生は九割終わっていたからな。どうせこの際だ。冥府の果てまでついて行ってやろう。……だが、今はその話は置いておこう。我が言いたいのは、戌海琴音のことだ』
シグナルが点滅する。
……“戌海琴音”のことだと?
『いや、人間の方の戌海琴音だ。昨日我々の前に現れた戌海が既に偽物だったのだ。とすると、本物は中間テスト以前から学校から休んでいたことになるぞ』
それもそうだな。本物はまだ家で寝込んでいるのか、それとも……
「もう襲われて死んでいるか、だな」
『ああ。その可能性も否定できない。姿形が全く同じ偽物が本物と取って替わる最短の方法は、本物を消すことだからな』
the theoy of replacement、ということか。今日授業中に辞書を見てて正解だったぜ。
『勉強しろ』
「うっさい」
北区に入り、住宅街に差し掛かる。
無論、自宅に向かっているのだ。夕食を食うために。