それでも少年は冷酷で …11
くそ……。一応五年くらい古武術の道場に通っていたから、少しは自信があったんだが。
相手は人間じゃない。こちらの勝率なんて、いとも簡単に0をかけて無にしてしまう。
再びサバイバルナイフを構えた“戌海琴音”が駆けだす。
……かと思ったが、“戌海”はその足を止めた。
「……そろそろ時間切れになるかな。当初の目的も外れちゃったし、まあ……いいか」
“戌海琴音”が肩をすくめる。
勝ち逃げかよ、畜生。
「大丈夫。心配しなくたって、またすぐに遭えるよ。私は響輝君の恐怖なんだから。それに……」
“戌海琴音”の体が銀色の砂になって、横へ流れていく。
「……この街の人はもう支配者の包囲網からは、逃れられないんだよ……」
最後に頭の中にエコーを伴ってそう声を響かせると、それを形作っていた砂は消えてゆき、
ふと気が付くと、カラスの鳴き声が響く、いつもの夕方の教室が戻っていた。
――――――――――――――――――――――Re:HIBIKI side
体をどっと疲労感が襲う。
……前言撤回だ。あんな“奴”とは二度と会いたくない。思う存分、勝ち逃げしててくれ。
思い自分の体を引きずり、洗面所に行き、思いっきり吐いた。
ああ、さらば俺の昼食(冷凍食品と白飯)。
……二年前と同じだ。あの後もこうだった。
俺だって理解はしていたし、小説やら本で見て知っていた。
復讐の後には何も残らない、残るのは虚無感だけだ……と。
まさしくそうだった。でも、止められなかった。刑務所から釈放され、のうのうと道を歩くあの男を見た瞬間、心的負荷のりミッターを悠々と超える嫌悪感と殺意が身体を支配したのだ。
姉さんの敵を殺した後、俺は近くの溝川に向かって吐いていた。
“戌海琴音”の前では二人殺した、などと強気でほざいていたが、人間なんて本質的にはそんなものだ。心や感情なんてものを持ったばっかりに、同種の命を奪うだけで、自分に不快を示す。死にたくなる。
……それでもこうやって片手に握った中華包丁を捨てないのは、生き物の性なのか、はたまたいまだうっすら心に残る自らへの嫌悪感の成せる業か……。