それでも少年は冷酷で …5
おかしい。そもそも、俺は戌海に「姉が居た」ということさえ、言ったことは無いぞ。
……何かがおかしい。どう考えたっておかしいぞ。
まさか、いや……。
……こいつは、戌海琴音では、無い……?
恐怖は人の判断力を鈍らせるが、時に火事場の何とやらを発動させたりする。
急に力を取り戻した腕を振り、俺に絡みついている琴音を突き飛ばす。
「きゃっ」
大げさに尻もちをついているが、そんなことを気に留めている場合ではない。
「なっ、何?響輝君……」
「…………」
俺はいつもの表情で戌海琴音を見下ろす。
「……そう、怖くなったんだ。でも、大丈夫。その恐怖も全部私が――」
そして俺は、いつものようにそいつの言葉を流し、こう、一言一句はっきりと、言った。
「お前は……誰だ?」
……と。
「……誰って。何を言ってるのかな、響輝君。私は『戌海琴音』だよ、見てわからない?」
「俺の知ってる戌海琴音は、俺の過去のことも、姉さんのことも、何一つ知らないはずなんだがな」
“戌海琴音”が少し眼を見開く。
そして床に手をつき、ゆらりと立ちあがった。
「……そう、か。言ってなかったんだ。……残念」
何が残念なのかさっぱりだな、全く。
「……はぁ~あ。でも、悪いのは響輝君だよ」
そう言うと、“戌海琴音”はスカートから埃を払った。
……俺が悪いだと? 何のことだ。
「『巽野響輝』の記憶は歪みすぎてるもの。おかげで、墓穴を掘っちゃった」
「ざまぁ」
俺はそう言い、ようやくまともに働いてきた脳味噌で思考を始める。