そして少年は到着する …2
俺の名前はは巽野響輝。たつみやひびきと読ませる。
そして俺の横でひっくり返っているのは俺の親父とその仲間が子供のころから友達を一切作らなかった俺のために作ったプロトタイプの人工知能を内蔵した端末、試作品「hearted」。まだ一般販売するほどのものではないらしい。といっても俺がこいつを貰ってから既に五年近く経つため、もっと性能のいいやつが実用化しているらしいが。
「ところで、そろそろ龍ヶ峰市に入ったんじゃないか?」
『そうだな』
俺の引っ越し先は龍ヶ峰市という田舎でも都会でもない中途半端な街だ。北、東、南、西の四区にわかれている。
―――――――――――――――――HIBIKI side
「本当にありがとう。響輝君!」
二十分後、俺の目の前にはなぜか同世代の少女がいた。
どうしてこうなった。一体全体何が起こったのか。
何の因果関係でこうなっているのか。人と関わりたくない俺に対する神の当て付けか。
話は十五分前に遡る。
前で運転していた母がふと外を見ると、こいつが横を通り過ぎようとしていたらしい。
何気なく通り過ぎようとすると、こいつが何もないのに転んだというのだ。それも派手に。
そこで心配性の母は今時大きなお世話にしかならないというのに車を止め、そいつの家が俺が引っ越すところのすぐそばだと聞きだすと、ただでさえ段ボールと俺とで人口(?)密度の高いトラックに招き入れ、運ぼうというのである。
全く、何の冗談だ。とんだ迷惑だ。骨折り損のなんとやらである。
もうひとつ問題がある。
何というか、この目の前の生き物は俺とテンションおよびテンポが違うのだ。いや、違いすぎる。
一番重要なのはそもそも俺は明るくなく、こいつは明るいことだ。会話と空気に溝が生じる。
ああ、早くこいつと話す時間が終わってくれないものか。
だれか標準テンションの高い奴、俺と代わってくれ…。
トラックは龍ヶ峰市の四つある内の一区、北区へと入り、そのさらに北端にある閑散とした住宅街で停まった。
積荷が運び出され、それと同時に俺と少女が降りる。
……あっちまだ名乗ってすらないぞ。
なんだか腰の辺りが重い。
ふと見ると腰に付けた端末から『おえっぷ……。ちっ揺れすぎだ』と聞こえた。
黙れ低能。お前にそんな感覚受信機能はないはずだ。
『ま、まあ……、なかなカ、良、よい家でハ、ないか』
「やめろ、なめらかな電子音声に重低音を混ぜるな」
そういえばこの前ハーテッドをアップグレードした時に親父が揺らしすぎるな、とかなんとか言ってたような気がする。まずったか。
そう思いながら玄関の扉を開ける。
「ほんと、おしゃれでいい感じだね」
……ちょっと待ってもらおうか。
「なぜ、お前がいる?」
なんで住人になるはずの俺より先に新家に上がっているんだ、この女は。
「なぜって……。お隣さんなんだから、ちゃんとごあいさつしないといけないかな、と思って」
「……は?」
お、お隣さん? 今こいつお隣さんって言ったか?
「そうだよ、あなたは巽野。私は隣の戌海。わかった?」
少女は自分はお隣さんなんだからいいんだもーん的なことを言うと、先にダイニングに行った俺の母のほうへ歩いて行った。
そして俺はいまだに玄関で突っ立っていた。
「……さて。ハーテッド」
『何だ』
「戌海を日本語訳してくれ」
『勘違いするな。コンピューターは辞書ではない』
そうだろうとも。
「……ああ、お前が俺のところに来てから俺の思うコンピューターの定義は崩れっぱなしだよ」
『妥当な意見だ』
しばし突っ立つ。何やってんだろ俺。
『ちなみに、“いぬかい”だ』
暗殺された昔の首相がどうした。
『いや、“戌海”はそう読む、と言っている』
「犬でも飼ってそうだな」
『漢字が違うだろうが』
即座に突っ込まれた。
まあ、立ち話してても仕方あるまい。
とりあえず、二階の自室に行くとするか。