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Lost Days  作者: 陽炎煙羅
九章 Holy terror~そして憎悪は紺碧の空に~
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されど少年と少女、逸れ者と鍵 …9

————————————————Rin side


「ギャァァァァァ!!」

 耳元で爆発するような金切り声が炸裂する。

 だが、意にも介さずその中を走り抜ける。

 眼前数メートル先に数体の“恐鬼”が蠢いているのが見え、私は思わず舌打ちを漏らした。

 敵がこちらに気づき、奇声を上げながら体をよじらせる。

「あなたたちに構っている暇なんか」

 口から粘液を垂らしながら近づいてくる巨大芋虫のような“恐鬼”を見ながらつぶやく。

「ないんです、よっ——!」

 十分にひきつけ、間の距離が一メートルほどになったところで地面を踏みしめ、跳躍。

 獲物めがけてうねっていた“恐鬼”は目標を見失ってその場で混乱している。

 全力とまではいかないが、かなり力を入れて跳んだため、飛距離はかなりのものだ。

 自分でも能力の限界は測ったことがあるが、本当に全力でジャンプすれば八メートルは下らない。

 体の見た目や筋肉の量(鍛えているため引き締まってはいるが)は普通の少女と変わらないのに、どうしてこんな瞬発力が出せるのだろうか。原理はまだわかっていない。

 着地の際に体をねじり、使えない左腕に負担がかからないよう、やや右に体を傾けながら地面に降りた。

「……」

 急げ。響輝さんが出て行ってから既に一時間以上経過している。もし間に合わなかったりでもしたら……。


———————————————————十数分前


「危ない! そんなのだめだよ……」

 梨菜がかぶりを振りながら声を上げた。

「梨菜……。でも、私は行かなくちゃならないんです」

「どうして? 鈴は怪我をしてるのに。出て行っても勝てないよ!」

 確かにそうだ。今の状態の私が出ていったところで、“支配者”に善戦できるはずなどない。

 だが、私はこのままここにいることは出来ない。このまま響輝さんが戦っている中、怪我人であることを理由にのうのうと座っていることになんて、耐えられるわけがないのだ。

塗装が剥げてコンクリートが剥き出しになっている天井を見上げる。

「でも……」

「止めないでください。どの道、誰かが“支配者”を斃さない限りこの街は解放されない。なら、可能性のある限り私は抗いたい」

「……」

 鳩丘梨菜は口ごもり、顔を伏せた。

「……必ず、戻ってきてね」

「……はい。必ず」

 動く右手で鎌を持ち、立ち上がる。折れた左腕は痛まないように即席のギプスで固定してあるため、痛みに気を取られることはないだろう。

 それよりも、今の状態では左からの攻撃に対処のしようがないことの方が問題だ。

 右手で鎌の柄を強く握り、軽く八の字を描くように振ってみる。

 心許ないといえばそうだが、もうこちらの手札は相手に見せてしまっているのだ。変に奇策を練るよりも、今は響輝さんに追いつくことが先決だろう。

 ああ見えて面倒見のいい人だ、おそらく私が姿を見せたらすごく怒るだろう。だが……。

「それでも、私はあなたに……」

 死んでほしくは……無い。


—————————————————————。


 おぞましい魔物どもの群れを掻い潜り、戦闘を回避しつつ地を駆ける。

 少し先の道が開けている。

 そして、そこから天に伸びている大観覧車の支柱。

「……」

 背後から“恐鬼”が追いついていないことを確認し、レンガ敷きの広場に躍り出る。

「“支配者”は……!」

 ……いない!?

 ぐるりと辺りを見回すも、それらしい姿は見当たらなかった。

「……」

 周囲を警戒しつつ、少しずつ歩みを進める。

 “偽”との戦闘の際に破壊され、下の土がむき出しになっている部分を乗り越え、たくさんの錆びついた小太刀で串刺しになっている看板を避け、中央部に出た。

「……?」

 ふと、地面に違和感があることに気づく。

 何かが焼き付いたような臭い。少し先の地面に、折れた小太刀が一振り。

 折れた、小太刀……!?

「ッ!」

 思わずそこに向かって走る……が、思いとどまってもう一度周囲に神経を研ぎ澄ます。

 これが罠である可能性は否定できない。一人の人間を半殺しにして放置し、そこに来た人間を芋づる式に喰らい殺す。……“恐鬼”どもは人間の感情をも利用して人を狩ることもあるのだ。

 数十秒、その場で動きを止める。……敵の気配は感じられない。

「……」

 嫌な予感が胸を掠め、一歩、また一歩、折れた小太刀に近づく。

 そして、それを見下ろした瞬間、私の中を戦慄が駆け抜けた。

 小太刀だけではない。

 レンガの色で気づけなかったが、小太刀の落ちている部分を中心に半径一メートルほどの地面には、まだ乾ききっていない濁った赤い血がこびりついているのだ。

「響輝……さん……まさか」

 注意してみると、その乾いた血だまりから、一方に向かって何かを引きずったような跡が残っているのが見える。

 その先には小さな、おそらくこの遊園地が動いていたころは客が休むのに使っていたであろうファンシーチックな小屋があった。

 胸を突き上げるような焦りと慟哭にも似た感情がこみ上げ、私は駆け出した。

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