されど少年と少女、逸れ者と鍵 …7
つまるところ、巽野響輝の一番の異常性はそれだ。
何が原因かはわからない。彼が特殊な人生を送ってきたことは確かだが、それが“漆黒化”の疑似的な制御に関わるとは考え難い。性格も難ありだが、はたして人格程度のことで法則が揺らぐだろうか。
……いや、法則というよりは定義に近いだろう。光より速いものはない、とは定義であり物理的計算式に用いられる法則だ。かといって、この世に光より速いものが存在しないとは断言できない。そんな感じだ。
「……」
矛盾、と言えるのだろうか。
“恐鬼”に対抗するにはまず強靭な精神、つまり心が不可欠だ。奴らの醜悪な外見や接触に恐怖を抱けば、すぐに心を喰われる。
“恐鬼”に打ち勝つには心が不可欠。だが、私は今自分の心に逆らっている。
「はあ……」
思考はこんがらがるばかりか、複雑さを増していく。
堂々巡りですね、と独り言を漏らすと、答えるように遠くで銃声が響いた。
――――――――――――――――HIBIKI side
いくら歩いただろうか。
いくら斃しただろうか。
いくつの遺骸を踏み抜いただろうか。
ようやく俺は濃い霧を抜け、大観覧車の根元にあるレンガ敷きの広場にたどり着いた。
地面にはそこかしこに戦闘の後であるえぐれた痕や、粉砕されたレンガが転がっている。
「この上、か……」
はるか上空にはもう動いていない観覧車の頂きが見えるはずだが、“街”の雲は低いらしく、観覧車の頂上部ですら、赤黒い雲に呑まれて見えなかった。
なぜ戌海があんな行動をとったのかはいまだに理解できていない。だが、そこに本物の戌海が居る以上、俺は行かなければならないのだ。
血がこびりついた小太刀をふと見る。刃先が怪しく光ったように感じ、同時に俺は覚悟を決めていた。
……いる。
改めて辺りを見回し、自分の周りを絶大な圧迫感が覆っていることに気付く。
「姿を見せないつもりか?」
虚空に問いかける。相手からの返事はもとより期待していない。
しばらくあたりを見回していると、ふと、聞き覚えのある靴音が耳に響いてきた。
かつーん、かつーん……。
「まさか貴様一人とはな、“逸れ者”」
薄闇の中から姿を現した“支配者”が悠々と告げる。
「生憎様だな。ソロプレイ中だ」
憎々しげにその方向を向いて答えると、
「せっかく貴様らの数字に合わせて少し仕込んでおいたというのに、」
という声が背後から聞こえ、俺は素早く振り向いた。
「ッ!?」
前と後ろ。“支配者”が二人いる。
「これでは、まるで袋叩きではないか」
さらに、右方から声。
「……分身の術でも覚えたのかよ」
背筋を厭な汗が伝っていくのを感じながら呟く。語尾はすこし震えていた。
「もとより“我々”はそういう存在だ」
そういうと、三人の“支配者”は同時ににやりと笑った。