されど少年と少女、逸れ者と鍵 …6
>誰もいなくて、いい。
>隣に居るべき人など存在しない。
飛び散る血飛沫。怪物の断末魔が耳障りだ。
刀が振られる。
>俺は、孤独だ。
>孤独ゆえに、誰も悲しまない。
飛び散る身体の一部。空中からの急襲にも柔軟に対応する。
刀が振られる。
>……本当にそうだろうか。
>俺の事を必要としている人が、誰かいたような気がする。
>……まあ、いい。俺の気持ちなんて、この戦いには関係ない。今は“支配者”を斃し、“鍵”たる戌海琴音を奪還することだけを考えれば、それでいいはずだ。
刀が振られる。
血だまりにまた、遺骸が増えた。
―――――――――――――――――RIN side
「ふう……」
少し眠っていたらしい。気がつくと座って体重を壁に傾けていた。
窓――といってもガラスは割れているが――の外を見る。
相も変わらず、赤と黒の混じった不気味な空が広がっていた。
響輝さんが出て行ってから既に四十分弱の時間が経過している。時折何を思ったか飛来してくる“恐鬼”数体を迎撃しつつ、私は浅滅の回復を待っていた。
「祗園のお姉ちゃん」
気がつくと、ドアが開けられ、空になった洗面器を持った鳩丘梨菜が立っていた。
「……浅滅の様子は」
分かりきったことだが、一応聞く。
「まだ眼を覚まさないよ。たまにうなされてるから、多分意識が戻らないなんてことはないと思う」
「そう、ですか……」
「どうしたの? 浮かない顔して」
「いえ……」
梨菜が心配そうに聞く。まあ心配するのも無理はないだろう。
「大丈夫です。“恐鬼”の飛来はそちらの方でも警戒してください。私の索敵にも漏れがあるかもしれませんから」
「分かりましたっ」
敬礼するような動作をすると、梨菜は部屋を出て行った。浅滅の看病をまかせっきりにして申し訳ないと思っているが、今は人が足りない。にしても、あの子には危機感がないのだろうか……。
「……」
壁にもたれて天井を見上げる。
心には、小さなしこり。
「私は……自分に嘘をつきました……」
誰に言うでもなく、口を衝いて出た言葉は、何とも頼りない声色だった。
そう。私は嘘をついた。
腕が折れようとも、例えどれだけの負担があろうとも、最終目標たる“支配者”を斃しに行くのには同行するべきだったのだ。後悔は先に立たない。
それに、響輝さんのことも心配だ。なんだかんだ言っても、彼も結局は一人の人間だ。
達観したような、文字通り冷静沈着な性格だから時折忘れてしまうが、彼は今変わっている最中なのだ。
今まで、“支配者”の痕跡を追いかけて、日本だけではなく時には世界に出たりもした。手続きが面倒だから二度と行きたくはないが。
今までに二度、“支配者”がどこかの街を隔離している現場にたどり着いたことがあるが、二回とも“支配者”には逃げられていた。この“街”での戦闘を経験して、それがおちょくられているだけだった、ということも理解したが。
「……」
だが結局、私は“逸れ者”とか役目とか云々よりも自分の心に正直であるべきだったのだろう。
おそらく今の響輝さんでは、“支配者”に勝てない。
そもそもが勝算の薄い、異形の化け物との戦いだ。それは分かっている。
だからこそ、私はたとえ足手まといでも戦うことに従じて……ああ、面倒くさいッ!
思考がまとまらず、堂々巡りを始める。
つまるところ私は使命とかを抜きにして、響輝さんと共に戦いたかった。それだけなのだ。
「それよりも気になるのが……」
……“黒”。“漆黒”。
呼び名は様々だが、そもそもが現象である以上、正確な名称は存在しないだろう。
響輝さんには説明する暇も必要も無かったから言わなかったが……そう、あれは現象なのだ。
私とて、いつも一人で行動していたわけではない。たまに同業者に出くわしたりもしていた。
そう簡単に出会えるものかと思うかもしれないが、同じものが標的であるからか、“逸れ者”同士、“狩り人”同士が戦いのさなかに出会うことは特に珍しくない。
私も数十年前にある村で“恐鬼”と戦っている最中に、ある“狩り人”に出会った。
そしてその時に、“漆黒化”のことも知ったのだ。
ついでに、その現象を目の当たりにしたことも、その出来事が鮮明に記憶に残っている要因だろう。
だからこそ言える。
……あれは、抗えるような代物ではない。ましてや、自らの中に抑え込むなんて芸当、出来るはずもないモノなのだ。