されど少年と少女、逸れ者と鍵 …5
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「……」
灰色の建物を後にして、赤と黒の混じった空にそびえる観覧車を目指す。
……ずいぶんと離れたところに隠れたもんだな。
まあ、そうでもしないとすぐに居場所を突き止められて終わりだが。
“支配者”は浅滅との戦闘でかなりダメージを受けているらしい。直接肉体に攻撃できるチャンスを最大限に生かした結果だ。あの“狩り人”の執念には感服せざるを得ない。
「……。」
あまり疲れがたまらないように軽く走っていたが、それが災いしたらしい。気がつけば、周りに濃い霧の壁が出来ていた。
姿は見えない。だが……“いる”。
「おとなしくしていればいいものを……ッ」
“支配者”との戦闘中は邪魔にならないよう近づいてこなかったようだが、今は違う。
物量作戦か。ある意味最も単純かつ最も恐ろしい戦法だ。
気持ちを落ち着ける。……心を乱すな。一瞬でも恐怖すれば心を持っていかれる。
醜悪さに怒りを抱け。邪悪を許すな。
手に持った一振りめの小太刀を構える。
次第に周りの霧が、俺を飲み込もうと狭まってくる。
まだ姿は見えないが、わかる。
血に飢えた、恐怖を欲する化け物どもの、
声。声。……声。
「……は、はは」
少し、笑いが漏れた。
おかしいと自分でも分かっている。この街は異常だ。
その異常さはどんな方向にだって作用する。恐怖を抱かないようにしていれば、自然とそうなる。
そして、過度にそうしていれば、逆に恐怖も危険も察知出来なくなるのだ。
今の俺は、異常だ。
戦いを前に……心を躍らせている。
双頭の人狼の様な“恐鬼”の首を二つとも切り裂く。
続いて足元を這ってくる百足の様な化け物に飛びかかって踏みつけ、ジャンプした勢いで前方から迫っていたゾンビの化け物を脇から斬り上げた。
ぐちゃりと気持ち悪い音を立てて化け物の遺骸が地面に崩れ落ちる。
斃された“恐鬼”は証拠隠滅の為に少し時間をおいたのちに、黒い霧となって四散するのだ。
現に今も、俺の足元では遺骸の内臓と異臭のする液体に交じって黒い霧が立ち上っている。
身体はまだ万全ではないはずなのに、心には何の負担も感じなかった。
そうだ。俺は一人で生きてきたんだ。周りのすべてを拒絶して、壁を作ってきたじゃないか。
そう、そうだ。何も迷うことはない。
隣には誰もいない。それでいいじゃないか。鈴はまともに戦えない状態だ。無理は言えない。
これは闘いだ。戦争なんだ。だから俺のわがままは通らない。
誰もいなくても、きっと俺はこうしていたはずだ。
「失せろッ!」
いらだちをぶつけるように、刀を振るう。
振れば体液が飛び、内臓が飛び散る。奴らは人海戦術で向かってきているようだが、もはや無意味だ。
対象が一人であればいくら数が多くても、囲む輪を縮めれば縮めるほど一度に攻撃に移れる個体の数は減っていく。
全方位に敵が居るとはいえ、俺はその輪を崩すためにある一点に向かって集中的に攻撃していればいい。
……誰もいなくても?
ふいに先ほどの考えに覆いかぶさるように別の疑問が湧いた。