されど少年と少女、逸れ者と鍵 …4
「腕、痛むのか」
うめきながら自身の左腕を抑える鈴に問いかける。
「い、いえ……。このくらい、どうってことないで……きゃっ」
虚勢を張る鈴の右腕を掴んで黙らせる。どうも鈴は責任感の強いところが仇となって自身を省みない節があるからな。まあ、鈴自身が強いわけだから強がるとか、そう言う言葉は当てはまらないかもしれないが。
簡易的な措置は施してあるようだ。正直、保険の授業で習った程度のことしか知らない俺には手出しできない問題ではある。
「巽野さん!? 何を……」
「黙ってろ」
後ろで梨菜が驚いたような声を上げるが、別に取って食う訳でもない。
そばにあったパイプ椅子に鈴を座らせ、左手を持ち上げ、捲かれた包帯を少しずつ、なるべく痛みの無いように剥がした。
「……」
症状は、正直見た目にもかなり悪い。腕の関節をへし折られたのだから、酷くて当然だがな。
使ってはいなかったとはいえ、戦闘の間、常に気を配っていると言う訳にもいかなかったのだろう。振り回された左腕は内出血によって足首の骨折よりも酷く赤黒い。ありえない方向に曲げられた腕はおそらく脱臼したのだろうが、もしかするとその周辺の骨が小さく折れているか、ヒビが入っているのかもしれなかった。
「無理しなくてもよかったんだぞ」
「無理なんかしていません。無理とかできるとか、そう言うことで済まされる問題ではないんです」
「ごもっともだな」
その言葉には否定せず、俺は包帯を巻きなおした。
「……わかった」
立ちあがり、急ごしらえの鞘に違和感がないかを確かめながら言う。
「一人で行くの? 巽野さん」
後ろで梨菜が不安げに言った。まあ心配なのは分かるが。
現に俺も勝機があるとは思っていないし。
問題は勝ち目があるとか無いとかじゃなく、行くか行かないか、だ。
「ああ。防衛は任せる」
「わかりました。梨菜、浅滅のタオルを替えてきてください」
うん、という返事と共に、梨菜が部屋を出て行く。どうやら水道は少しとはいえ機能するらしい。
……壁紙の剥がれ落ちたコンクリートの一室。
窓際で鈴は大鎌を抜くと、そのままこちらに背を向け、外の方を見た。
そして、右手で真横に向かって大鎌を一振り。空気が裂かれる鋭い音が響く。
「……何も言いませんよ。感傷は必要ありません」
最初に出会った時の様な冷たい声で、鈴が告げた。
「……そうだな。涙は帰った後に取って置くといい」
抜き身の小太刀を右手に。左手にはベレッタ。ただし銃弾はあと三発。
簡易な作りの鞘と、もう一振りの小太刀。心もとないが、これが限界か。
「じゃあまた」
「ええ」
振り返り、ドアをくぐる。
廊下の窓はほとんどが割れており、吹き抜けも同然の状態になっていた。
頬を風が撫でる。だがそれは生温かく、重い。
「……」
これで、いい。
最良だ。
そう自分に言い聞かせ、俺は階段を飛ばし飛ばしに降りて行った。