されど少年と少女、逸れ者と鍵 …1
―――――――――――――――――――――――HIBIKI side
――眼が覚めると、俺は見覚えのある場所に立っていた。
“ここは……”
辺りを見回す。そこに立っているような、立っていないような、不自然な感覚だ。
だがここは見たことがある。
ここは、俺の通っていた高等学校の屋上だ。見えているのは、昼の龍ヶ峰市の全景。前に言ったことがあっただろうか、高校に転校して一週間程度、飯を食う場所を捜した末にたどり着いたのがここだった。
解放されているとはいえ、わざわざ屋上に昼飯を食べにくるのは一部のグループだけらしく、滅多に人は来ない。
現に、今この屋上には俺一人しか立っていなかった。
“どうしてここが……”
特に思い入れがあるわけでもない。確かにここは俺にとって癒しとも言える場所だったが、どうして……。
――――と。急に頭がふらつく感覚。
“っ……”
急なめまいは一瞬で、すぐに意識は覚醒した。
“……”
……景色は一変していた。
鼻につく、錆ついたような臭い。眼に映る、赤と黒。
先ほどの景色とは一変、辺りは地獄絵図と化していた。
場所こそ変わっていない。ここは高等学校の屋上だ、間違いない。
だが、何もかもが違った。同じなのは場所だけだ。
眼に映るのは、腕、頭、ねじれたような足。人間だったもの。それのパーツたち。
胴体だけがのこったものもある。足元に落ちている眼球が周りの肉をつけたまま、こちらを向いて転がっていた。
一目で理解出来た。これは、“街”が閉ざされ、“恐鬼”どもが闊歩し始めた時の状況だろう。突然の変化だ。朝起きて学校に行こうとしたら、そこは地獄だった。
……笑えねえ。
状況を確認したく、捩じ切れてもはや役目を果たしていない鉄柵の前に立った。
いたるところから煙が上り、あちこちからエンジン音、人の悲鳴が聞こえてくる。自分の事に夢中になり過ぎて、俺の耳には聞こえていなかった音達が頭の中に、濁流のように流れ込んできた。
“……くそッ”
頭を振り、後ろを振り向く。思考を削除して、この景色から眼を逸らしたかった。
まるで、お前が見ていないところで人がこんなに死んでいるんだぞ、と責められているような感覚。
だが、振り向いた瞬間、俺はさらに戦慄を味わった。
“ッ……!”
……俺の背後には、うつむいて表情の見えない、戌海琴音が立っていた。
どういうことだ、気配すらなかったぞ。
“おい、戌海……”
“……で”
“?”
俯いたままの戌海が何かを言った。相変わらず表情は分からない。
……。
……おい待て。何だかデジャヴを感じ……
“死んで”
そう静かに呟いた戌海は、唐突に両手を思い切り突きだした。
“ッうあ……”
至近距離だ、当然俺は突き飛ばされた事になる。
背後には壊れた鉄柵。そして、ここは屋上。
一瞬の浮遊感。
唐突に重力にひっぱられ、俺の身体ははるか下の地面に吸い寄せられていく――――
―――――――――――――――――――。
「ッ……!!」
急に身体が浮上するような感覚と共に、脳に神経が繋がる。
視界に映るのは、ボロボロな、壁紙すら張られていないコンクリートの天井。
「また夢、か……」
疲労のせいだろう。そろそろガタがきているらしい。
ガタがきていると言えば……。
唐突に記憶が戻り、俺は自分の身体を見下ろした。
見ると、右腕と胴体に包帯が巻かれていた。きつくもなく、ゆるくも無い。手先の器用な人が施したものだろう。
「……」
そして、今更のように違和感を感じた。
俺は戌海に突き落とされ、最終的に地面に激突したはずだ。なのにどうしてこんなところで眠りこけていたんだ?
それより観覧車の下で繰り広げられていた戦闘はどうなったのだろうか。一度に思考が展開され、俺は再び頭を抱えてしまった。
頭が動かないなら身体を動かすべきだ、という結論に至り、俺が寝かされていた小部屋を出ようとしたことは当然のことだと言える。
“街”を出ていない以上、まだ俺にはやることがあるはずだ。
そう思い、部屋の扉の取っ手に手をかける。
最初はゆっくりと隙間を開け、前に誰もいないのを確認し、扉を開けた。