廻る支配と鎌と散弾と、そして …8
「ぁ……」
踏み出そうと決めた次の瞬間に、ひとつのことに気付く。
……足が、動かない。
「どう、して……?」
高峰緑という存在は確かに私の中でも大きな存在だ。原動力でもあり、悪い言い方をすれば、“支配者”と共に元凶と呼べる。
だが、ここまで影響するものなのか……。
自分で自分の心が分からない。人間、自分の身体の構造こそが最大の謎だとはよく言ったものだが、意志と反して動かないとは奇妙な感覚だ。
「ぐうッ!!」
一瞬の躊躇の間に、事態は進行する。
浅滅と“支配者”を囲むように浮上した“光球”が中心により、一瞬の間の後、
――爆発した。
「ッ!?」
熱風が身体を正面から打ちつけ、耐えきれないほどの熱さが襲う。思わず動く右腕で顔を防御するが、熱風の勢いに負け、身体が数メートル後ろに飛ばされた。
「がっ……」
左腕のせいでバランスが取れず、レンガ敷きの地面に背中から落ちてしまう。
激しい痛みが背中から伝わってくるが、怪我の有無を確認する余裕も無かった。
すぐさま起き上がり、状況を確認する。
「浅滅……」
爆発の中心地は大小さまざまなレンガや瓦礫の山となっていた。生きているのならば、どこかに埋もれているのだろうが、“支配者”もいる以上、迂闊には動けない。
その時、視界の端で瓦礫の一部が動いた。
「!」
すぐに眼を向けると、そこには黒づくめの長身……“支配者”がその身を重たげに持ち上げたところだった。
やはり生きていたか……ッ。
すぐさま鎌を振りかざして駆けだそうと足を踏み出したが、そこで思わぬところから激痛が走った。
「ッああああ!!」
思わず片膝を突く。痛みの出どころは……、左腕。
「ふぅ……うぐッ……」
息をするたびに、左腕から全身を貫く様な痛みを感じた。
「……今に、なって……ッ!」
一歩も踏み出せず、両足が震え始める。痛みに対する本能的な拒絶が、私のありとあらゆる行動を止めていた。
“支配者”はよろりと体をもたげると、一瞬こちらを見た。
体に纏っているローブは煤けてボロボロになっており、フードは敗れて色素の薄い金髪がボロ布のようになびいている。
「……大鎌、貴様は結局、この場には必要の無い駒だったのかもしれんな、フフ……」
足は動かない。緊張に瞳孔が開くのが分かった。
おもむろに、“支配者”が右腕を掲げる。
「……ッ!」
……ここまでか。
そう思い、歯を食いしばった。
……だが、“支配者”はその腕をこちらに向けることはせず、“光球”を手に浮かべると、上空ーー大観覧車の頂上ーーを見上げた。
……不味い。
“支配者”の行動の意味を理解した瞬間、脳内を危険信号が駆け巡った。
今頂上には響輝さんが向かっている。今の響輝さんの装備では不安定な足場での戦闘はあまりに危険だ。
ましてや、相手は宙に浮けるような存在。
「……」
声にならない嗚咽が喉を震わせた。
響輝さんが危険な目に遭おうとしているのに、私の両足は今だに動く気配を見せない。その事実に、言いようのない悔しさを感じた。
「……所詮は無駄な足掻き……だったのだ。いくら人間が食い下がろうとも、“我々”はいとも簡単に、それを……喰らう。だが……貴様らの始末は、後だ。今は、“鍵”が……最優先」
爆発の影響か、しゃがれたような声で“支配者”が言った。
あの“光球”の爆発は、万一の為に“支配者”が仕込んで置いたものだろう。それを使わせたということは、“支配者”の方も余裕を失っていたということだ。同士討ちに近いそれを使わせた上で、こちらに余力が残っていれば勝機はあっただろう。
だが、瓦礫に埋れているであろう浅滅は、立ち上がらなかった。
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「……」
ようやく痛みが和らぎ、私は脱力して両膝を曲げた。
「……響輝、さん……」
見上げたところで瞳に希望は映らない。“支配者”の上がって行った大観覧車の錆びて赤じみた巨大な骨組みが、無慈悲に見下ろしているだけだった。