廻る支配と鎌と散弾と、そして …1
――何ッ!?
「戌海!」
完全に油断していたため、身体に力が入らない。俺の身体はゆっくりと仰向けに倒れて行く。
――偽物か?
一瞬の間に思考が交錯していく。だが、さっき掴んだ戌海の腕は間違いなく人のものだった。それに、纏っている空気も戌海そのもの。今倒れて行く俺を見下ろしているのは、見まごう事なき本物の戌海だ。
何より、“鍵”の位置を知ることが出来る鈴がこの大観覧車の頂上部に居ると言っていたのだ。“支配者”はまだ浅滅と戦闘を続けているはず。他に隠れる場所も無いし、何より俺自身がこれは戌海琴音本人だと即座に判断していた。“逸れ者”の効果がだんだんと濃くなっている所為か、その感覚は以前よりもはっきりしていた。
そして、俺が今見ている存在が戌海だと断言できる最大の理由は、戌海琴音のスカートの、ベルトを通す部分に引っ掛けられた、一つの黒い帽子だ。
……あれは、俺がウェストブリッジで戌海を“街”から出す時にかぶせてやったもの。
奴らが戌海の姿をコピーしていたとすれば、それは街から逃げる以前の戌海の姿を模した“偽”からさらに映し変えたもの以外にありえない。勿論、俺だってこの戌海琴音が偽物であるかもしれないという可能性は心に留めていた。帽子のつばの綻びまでしっかりと確認したからこそ、俺はこの戌海が本物だと考えたのだ。
なのに、どうして……。
突然のことにどうしたらいいのかさっぱり分からなくなった。頭は散々働くというのに、結論も理由も、ましてやこの状況の打破の方法も思い浮かばない。
視界がゆっくりと上を向く中、俺を見下ろす戌海の顔は、何故か嗤って見えた。
―――――――――――――――――――――――。
「がはっ!」
理由も状況も分からぬまましばらく落下し、少し下にあったゴンドラの屋根に背中から落ちる。激痛が走り、身体が麻痺したように動かない。
そのまま張り付く事も出来ず、ずるずると俺の身体は丸い形をしたゴンドラから滑り落ちようとしていた。
「く……っそ……」
どうして戌海があんな真似をしたのかはさっぱり見当もつかないが、状況は最悪だ。だが、まだ諦めるわけにはいかない。戌海が何らかの方法で操られているという可能性もある。
最頂部に“恐鬼”をあえて配置せず、支配した戌海で俺達を欺く。“支配者”なら考えそうなことだ。
油断したが、ここで終わるわけにはいかない。戦況は悪化するばかりだが、まだだ。
身体が今にもゴンドラから再び落下しかけたところでようやく腕が動く。とっさに素早く腰から小太刀を抜き、ゴンドラの壁面に突き刺した。
「ぐ……」
だが、残念なことに小太刀や刀と言った武器は刃が鎌などとは違い、反り返っているのだ。よって、壁面が弧を描いているゴンドラにそれを突き立てたところで、気休め程度。
とっさの機転も虚しく、すぐに小太刀の刃が突き刺した壁面から抜け、俺の身体は夜闇に投げだされた。
「ッ――――!」
もう手はない。どうする、どうすればいい……!