そして黒い空は闇に沈む …10
「戌海ッ!」
傾れ込むようにゴンドラに入った俺を見て、困惑するような表情を浮かべた。
「怪我はないか?」
「……」
戌海は表情を変えずに頷く。変なところは見当たらないな。ならば行動に移すのみだ。
「行くぞ、遅れていては何が起こるかわからない」
「……うん」
敵も無い。これ以上の伏兵もなさそうだ。
それも当然か。あの“クエレブレ”以上のものはさすがに配置していないだろう。“支配者”もまさか“クエレブレ”が斃されるとは考えていないはずだ。
それよりも、この状態の戌海がこの大観覧車から降りられるかだな。……いや、“恐鬼”と戦闘になるよりははるかにましか。
落ち着いて、確実に。ここでしくじっては元も子もない。
「戌海、敵が来ないうちにさっさと行くぞ。下に仲間がいる。降りてしまえば、もう安全だ」
そう言いつつ、怯えた様に立ち竦んでいる戌海に背を向け、俺は扉が壊されているゴンドラの入り口から真下を見下ろした。下での戦闘が終わったかどうか、マズルフラッシュの有無だけでも確認したかったのだが、さすがに最頂部からは地面の様子は見えない。僅かに灯っていた街灯の光が届いていないのを見るに、おそらくこの周辺はあの霧が薄くかかっているのだろう。
落ちていった鈴や、戦闘していた浅滅が心配だ。なんとかして素早く降りることは出来ないものか。
そう思考しつつ、扉が取り付けてあったであろう鉄でできた枠を掴んで体を支えてもう少し目を凝らす。……だが、思った通り下の方ではうっすらと黒い霧のようなものが漂っていた。確か、あれの白いやつには何体かの“恐鬼”が潜んでいたはずだ。だとすると、同じ様に下にある霧にも“恐鬼”がいると考えて間違いないだろう。
ともかく、状況が悪化しないうちに大観覧車を降りる。話はそれからだ。
「……?」
思考と下を見るのに集中していて気が付かなかったが、ふと後ろを窺うと、さっきまで狭いゴンドラの奥に立っていた戌海が俺の背後に立っている。
どうかしたのかと思い、枠を掴んでいた手を放して後ろを振り向いた。
「……どうした?」
俺の方が身長が高いため、必然的に戌海の表情は前髪に隠れて見えない。
返答が無いため、もう一度呼びかけようと手を伸ばそうとした。
……次の瞬間。俺の身体はとんっ、と前に突き出された戌海の両腕によって、背後に広がる夜の闇に放り出されていた。